第七章 大罪の栄冠(1)

 互いに決闘の合図を口にしても、周囲にはさほど変化はなかった。

 強いて言えば、提灯の発光が抑えられ、代わりに満月の輝きが増したといった具合だろうか。橙色の提灯が映える薄暗い夜という情緒は完全に失われ、広場の隅々まで見渡せるほど、月光が不気味に照らしている。

 この第六十六番広場に来て、最初に抱いた感想が僕のなかで更新された。墓場だ。

僕らの陰で無数の屍を築き上げてきたものたちの怨嗟、あるいは鎮魂を唄うための場所になったのだ。

 僕らの見てきた景色が祭りの光なのだとしたら、ここは光によってできた影の空間と呼べるかもしれない。


「舞い踊れ!」


 カンブが叫ぶと同時に、無数の武器が彼の周囲に展開された。

 ナイフ。

 ダガー。

 包丁。

 鎌。

 それらの刃が月光の銀を照り返し、殺到してきた。


「ぜんぶ殺す!」


 僕は右手に加わった重量の正体を確認することなく、それを振り回した。こちらも月光の銀を照り返し、幾重もの半円を軌跡として残し輝いた。それは、風に揺られるプリズムの円盤にも似た現象だった。

 ぎゃりんぎゃりん、と金属が衝突をするたびに、黄色い火花が散るのを視界の端で捉え続ける。

 カンブから放たれたそれらすべてをたたき落とす、いや殺しきった頃、超常の激突で熱を持った右手の先に伸びる武器は、白い煙を出していた。

 僕が最初に喚び出した武器、いにしえの殺人道具である刀が、対象を獰猛に喰らい尽くしたとばかりに白い息を蒸気させている。ほぼ瞬間的に、だが断続的に発生した摩擦によって、大気中の水分が気化していったものと思われる。


「見事ですね。一合もった相手は久しいですよ」


「生憎と、僕には負けられない理由があるもんでね。必死さ」


 先手を打たれた格好になったが、どうにか防ぎきることができた。念のため背後をちらりと見ると、ゴエモンが小太刀を両手に持って、ミンコの前で構えていた。

 事前の打ち合わせどおりだ。

 もし戦闘になった場合は、ゴエモンがミンコを守護する。武器は事前に僕が作っておき、ミンコがぬいぐるみを収納している巾着袋に仕込んでおく。イメージしたものが入っていれば、いつでも取り出せるという優れものである。問題があったとすれば巾着袋の持ち主であるミンコが、危ない物を入れないで、と駄々をこねたことくらいだろうか。

 戦術が機能している手応えはある。


「じゃあ次はそちらからどうぞ」


「なに?」


 カンブは棒立ちになり、そんなことをほざいた。


「あるじゃないですか。『殺人罪あなた様』が誇る破格の能力が」


 ある。

 今回は規約で縛られたりしていない。

 だが、この男のこの余裕はなんだ?


「何を企んでいる……」


「わたくしは純粋に死合いがしたいだけですよ」


 カンブは貼り付けた笑顔の仮面を、ずっとつけっぱなしだ。表情から読み取ることはできない。だが、何かあるのは確実だ。


「幻惑などはございませんよ。の弱点らしい弱点と言えば、認識した対象にしか作用しないくらいですし」


「だが、これを使ったら……あんた死ぬぞ?」


「そうしてください。それとも、これで彼女の頭を撃ち抜かれたいですか?」


 カンブはそう言って、どこからともなく出現させた拳銃を手に持ち、射線を僕からややずらして構えた。ぞっとして、振り向くと、射線は完璧にミンコの額に向かって伸びていた。

 ゴエモンは強盗罪が顕現した存在だ。戦闘力は実際に闘った僕が身をもって知っている。それでも、手にしている二本の小太刀で飛来する銃弾をさばけるか、と問われたら…………ゴエモンも小さく首を振っている。


「そうか。わかったよ…………カンブ、悪いが……、死ね」


 僕は観念して、必殺の言葉を口にした。

 これを使うのは二度目だ。一度目は、最初に戦った詐欺罪を絶命させたときのみ。あまりに強力すぎて手加減もへったくれもないので、以後の戦闘では使っていない。死ねと言えば対象は絶命から逃れられない、最凶の一撃……のはずだった。


 ギイイイィィィンンンン!!


 あたかも、空間そのものが悲鳴を上げているような、音が響き渡った。

 そして。


「お、おお。生きてます。わたくし生きていますよ盟主!」


 カンブに呼ばれた白い少年は、くつくつと笑っていた。まるで、成否のわからない実験が成功したといった様子だった。


「なにをした?」


「わたくしは答えてもいいのですが……、ああ駄目なようです」


 カンブがそう言って、白い少年のほうを振り向くと、少年は挑発的な笑みを浮かべたまま首を振って否定した。


「では続きを。心の準備はよろしいですか?」


「くっ」


 再び、殺戮兵器の乱舞が再開された。


「これはいかがですかな?」


 カンブが召喚したのは……銃の類いだった。

 様々な色や形をした拳銃――ハンドガン。

 同じく小銃――ライフル。

 同じく短機関銃――サブマシンガンに、機関銃――マシンガン。

 一斉に銃口が火を噴いた。

 すさまじい硝煙と、橙色のマズルフラッシュが周囲を埋め尽くす……

 その前に僕は叫んでいた。


「銃弾よ、死ね!」


 銃たちに向かって自壊命令を出すには、わずかながら遅かった。瞬間的に僕は思考を切り替え、ならば弾丸をそらすべく叫ぶ。

 僕らの前から消えろ、と念じながら、縦横無尽にあらゆる刀を振り回す。何がどう動いたのかすらわからない。発言した事象を実現すべく、身体が勝手に動く。左にも重みやら反動が加わっている気がしたが、とにかく無我夢中だった。

 いくつかの銃弾は僕が言葉にする前に発射する気配があった。蒸気を振りまく刀は途中で折れたらしく、半円のプリズムの半径が変動する。刀は命令を実行すべく自身の判断で僕の手から離れ、前方でいくつかの銃弾を受け止めて回転したようだった。

短くなった銀の円が宙をしばし舞って、粉々に砕け散った。

 だが、時間稼ぎには充分すぎた。

 僕は右手に新たな武器、おそらくまた刀を生成し、銀円を描き続ける。左手が時折はじけたように引っ張られて、身体がねじ切れそうになる。

 視認できるのは、銀円と、ばかでっかい線香花火が入り乱れるような黄白色の火花

だった。黄白色の火花は、銀円に負けじとばかりにスパークを繰り返した。


「これもしのぎますか。ですが、お連れ様はいかがでしょうかな?」


 言われて、僕はばっと振り返った。

 最悪の状況を想定していたが、どうやらミンコは無傷のようだった。ミンコを護るために動きが制限されたゴエモンは、浴衣の端がぼろぼろになっていた。だが、深い傷はないようで、心配するなと眼で訴えてきた。


 ドンッ!


 轟音が響く。

 意識せず、とっさに右手が振り上がり、月を斬るような銀の円弧が宙を裂く。


「てめえ……」


「不意打ちも効果はなしですか、なるほどこれは難しい」


 認識しなければ効果は現れない。カンブがご丁寧に自分で解説してくれた弱点を、憎たらしいほど見事に突いてきた。

 ドンッという音に聴覚で反応したのではない。

 マズルフラッシュによる視覚と、大気をえぐりながら進む弾丸による微振動を感じとって、能力が反射反応してくれたのだ。

 銃弾に対する意識を保ち続けていなければ、やられていたかもしれない。

 僕の右手には、刀が握られている。

 そして遅まきに左手の重みの正体を知った。長筒だった。こちらも同じく銃。どうやってあの嵐のような銃弾の連射についていったのかは謎だが、銃弾に銃弾を当てるという現実味のない方法で防ぎきったようだった。黄白色の火花は、銃弾同士が衝突した際の発光だろう。

 銃撃戦を物語るように、よく見れば地面にところどころ穴が空いていた。おそらくはじかれた銃弾がめり込んでいるに違いない。


「さあ、まだまだいきますよ」


「くそっ」


 僕らは防戦一方を強いられた。

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