第七章 大罪の栄冠(2)

 銃と刀の乱舞はそれからしばらく続いた。

 白銀の円弧と、黄白色の火花が、宙を裂き大気を焦がす。


「…………」


「…………」


 相変わらず防戦一方だが、疑問点も浮かび上がってきた。なぜ奴は接近してこないのか。ずっと遠距離からの銃撃と、投刃しかしてこない。

 おかげでこちらはもう慣れた。意識を集中し、能力に任せていれば、負けることはないだろう。不意打ちはもう通用しないし、通常の攻撃に対しても奴が発射する前にこちらの自壊命令が素早く通るようになってきた。

 じり貧なのは向こうではないか。

 優勢を感じつつも、一種の違和感が拭えない。奴の挑発に乗って、直接死ねと命令した時だ。空間が歪んで擦れたらこんな音がするのではないか、という異音を出し、奴は絶命を回避した。

 その手段だけがわからない。


「!」


「っ」


 試しに突進する素振りをしてみせると、奴は慌てたように後退した。

 間違いない、奴は接近戦を嫌っている。

 だが、それはなぜだ?

 何かに誤魔化されている気がする。

 すさまじく派手な攻撃だ。対処を誤ったら全身に刃が生えるか、もしくは蜂の巣にされるだろう。

 もしも、もしもそれしかできない理由があるのだとすれば?

 例えば刀。

 なぜ奴は、僕とまともにかち合おうとしない? 投刃が無意味なら、斬りかかれば

いいじゃないか。銃の乱射が無意味なら、精密射撃に切り替えればいいじゃないか。

それを避ける理由。


「でたらめだな」


「ふふふ、そうでしょう。わたくしの罪もなかなかの能力でしょう」


「ああ。でも能力だけじゃない。あんた、ほんとはでたらめに撃ってるだけだろ?」


 ぴたっと、カンブの攻撃が止まった。

 僕も、刀と銃弾を殺すことに意識を集中していたので、こちらの防衛行動も自然と停止した。

 双方に静寂が訪れる。


「わかったよ、あんたの弱点」


「…………」


「でたらめな攻撃に目がくらんで、気づくのが遅れちまったよ。銃刀法違反があんたの罪だったな?」


「そうですが、それがどうかしましたか?」


「所持は無数なんだろうな。けどな、いっちばん大事なもんが欠けてたんだ。そいつだけを仮に数値化して測りあったとしたら、僕だけじゃなく後ろの二人にも勝てないだろうよ」


「……それは?」


「経験」


「気づかれてしまいましたか」


 そう、この男の攻撃には精密さが微塵も感じられなかったのだ。精密さは、技術の

領域。技術とは、経験の領域。経験が浅く、技術は未熟で、精密さがないからこその飽和攻撃なのだろう。

 そして、その飽和攻撃が有効ではなくなり、技術での戦いに推移しようとしている今が、この男の分水嶺なのだ。


「わたくしの決闘は、実に美しくない。醜悪の極みだと思っております」


 笑顔の仮面は外さないまま、カンブは訥々と語りはじめた。


「最初こそ、我こそが最強だと謳い、決闘を申し込み、圧勝していました。ですが、名も知れぬ相手と戦い、接近戦にまで持ち込まれた時、初めて気づいたのです。自分がいかに弱いか……急に怖くなってがむしゃらに相手を刺しまくりました。返り血を浴びて気づきました……自分がいかに醜いかを!」


 自分は醜い。そう言った時、カンブの仮面は歪んだ。

 しかしすぐにそれは元に戻った。


「そんな時でした、とても美しい決闘を見たのです。たったひとつの単語を口にしただけで、その御方は勝利してしまったのです。その姿はどこまでも白く、無垢で……まるで」


 そう言って、カンブは天を仰いだ。


「まるでこの満月のようでした」


 そのままぽつりと呟いた。


「わたくしの負けです」


 突然、男が喀血した。

 赤黒い液体が、真っ黒な僕の浴衣に染み込んでいく。

 僕は、両手の武器を手放して、倒れかかってきた男の肩を持った。


「どう、やら、を、切られた、ようです」


「おい、しっかりしろ!」


「無駄なのは、あなた様も、よくご存じ、のはずで、がはっ」


「あんたは……いや、きみはこんな結末で満足しているのか!?」


 それに対する言葉はなかった。

 何かを口にする前に、彼は力なく膝を崩し、地面に突っ伏してしまったたからだ。

 少し離れた場所から、白がこちらにやってくる。その眼は、わずかな橙色と月光の不気味な純白を含み、獲物を見定める獣のごとく爛々としていた。

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