第六章 運命の時(3)

 その後、空いている椅子にふらふらと腰を落とし、僕は沈黙した。

 ちょうど他にもいくつか椅子が空いていたので、ゴエモンがまず左隣に座り、右隣にミンコがちょこんと座った。


 うなだれる僕に、ゴエモンが確認を取る。


「いいな、開くぞ」


「頼む……」


「い、いったいどうしたんです!?」


 ミンコには悪いが、説明をしてやれるだけの余裕は、僕にはなかった。

 弱々しく頷いた僕を見て、ゴエモンは書状を広げた。


『はじめまして。わたくしどもはあなた様の考えには賛同いたしません。よって僭越ながら決闘を申し込ませていただこうと思い、筆を執らせていただきました。つきましては、第六十六番広場にてお待ちしております。

 追伸、わたくしどもの盟主はそれほど気の長い御方ではございませんので、お早くおいでください。右取り急ぎお詫び申し上げます』


「……かしこまった感じが不気味だな」


「うむ、慇懃無礼とはまさにこのことであろうな」


「アキラさん、ゴエモンさん、いったいどうしたっていうんです!?」


 僕は天幕を仰いだ。


「何もかもが順調だと思っていたら、とんだどんでん返しが待っていたんですよ」


「ミンコ女史……最悪の場合、この祭りは戦場と化すかもしれぬ」


「それって、どういうことですか?」


「簡単な話です。僕らとは正反対の勢力があったんですよ。僕らは今まで互いに見て見ぬふりをしてきた……いや、こっちが見ようとしなかっただけなのかもしれない。そんな奴らがいるはずがない、ってね」


「そ、そ、そっ」


 ミンコは言葉に詰まって、声にならない様子だった。


「そいつらがにっこり笑いながら、提案してきたんですよ。まどろっこしいのを抜きにして、そろそろ殺し合いましょうよ、ってね」


「…………」


 僕はどうしようか迷いつつ、ずばり結論を口にした。すると、ミンコはうつむいて黙ってしまった……。

 ふー、と一息吐いて、僕はゴエモンに向き直る。


「残りは二人だったな」


「うむ……。ちょっぱやが署名していったからの。受付嬢の話と照らし合わせれば、そうなる」


「盟主、ね……」


「送り主の勢力は完全な支配体制にあったと見ていいじゃろうな……」


「あなた様ってのは嫌味で書いたと思うか?」


「ここに至っては楽観的と言わざるを得ぬな」


「悪いほうにばかり推論がはかどるな」


「うむ、すなわち――」


「だ、だいじょうぶですよ。お二人ともお強いですもん! 向こうが同じ人数なら、負けるわけがありません!」


 と、ゴエモンの語りが途中で遮られた。

 がばっと顔を上げ、努めて明るく振る舞ってくれるミンコが、けなげだった。

 嬉しくもあり、くじけたくもなる。


「ここに来るまでに引っかかっていたことがあったんだ」


「それはなんじゃ?」


「初日と比べて、明らかに人数が減ってる」


「確かか!? これだけの規模と人数じゃぞ!?」


「僕は殺人罪が顕現した存在だ。そのせいなのかわからないけれど、一度見た顔なら忘れることはないんだ……、逆に言えば違和感の正体は、何度か目にしたはずの顔がない。顔ぶれが見当たらない」


「…………」


「チョッパヤが言ってただろ。白いぼさぼさ頭で、白い浴衣を着て、体格は僕と同じくらいのやつが居たって」


「ああ……」


「僕はそんな奴を見かけた覚えはないぞ。つまり、隠密にあちらは行動していたんだと思う。こちらは派手に動き回ってたっていうのにな」


 まるでこちらの状態を、あちらに教えているように。

 むこうさんは、僕らの行動を、おもしろおかしく見ていたのかもしれない。僕らがまだ署名をしていないことも筒抜けなのだろう。署名をしてしまったら、決闘を申し込むこともできなくなるのだから。


「ミンコさん」


「は、はい!」


 ミンコはびくーんと、座ったままの姿勢で飛び跳ねた。


「同じ人数なら負けないと言ってくれて、嬉しかったですよ」


 僕は腹をくくって、ミンコに笑顔で返した。


「どのくらいじゃ?」


 ゴエモンが深刻そうな顔で僕に問うてきた。


「ゴエモンが気づかなかったくらいなら……、最低で百。最悪で五百だ。それ以上、目減りしているようならさすがに気づくだろ?」


「じゃろうな……」


「ひゃくとか、ごひゃくとか、アキラさんたちは何のお話をしているんです!?」


「敵さんが決闘で喰った参加者の数ですよ」


「…………」


「……っ」


 残酷な推論を突きつけると、ミンコは手を口に当てて、悲しそうな顔を浮かべた。


「……受け付けの姉ちゃんに何か使えそうな景品がねえか聞いてくるわ」


「我が輩もゆくぞ」


「あれ、ばれてた?」


「ミンコ女史は騙せても、その程度では我が輩は騙せん」


 やれやれ、と僕は肩をすくめた。

 正直、二人には残ってもらって、ひとりでこのまま決戦に挑むつもりだった。

 どんな形でもいい。単体なら最強の矛である僕が突撃して、ゴエモンや他の参加者がミンコさんを護ればまだ活路はあるかもしれない。


「我が輩も貴殿にお返しをしておこう」


「?」


 僕は首をかしげた。


「貴殿は考えていることが表情に出やすい。覚えておるか?」


「……そういえばそんなこと言ってたな」


 僕らは、なけなしの可能性を頼りに、受付嬢のお姉さんから話を聞くことにした。ひょっとしたらまだ眠っているかもしれない、戦力に期待して。

 泣いているのだろうか。

 ミンコだけはその場から立ち上がろうとはしなかった。

 僕は、彼女の悲しんで流す涙なんて、見たくない。

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