第六章 運命の時(1)

 それから数日が経過した。

 いや、正確には数日が経過したと思われる。

 なにしろ、時間やら時刻を測るすべがまったくないのだから、大雑把な体感時間に頼るしかない。時計くらい景品にあってもいいものだが、屋台にも設営本部にもそれらしい物品は見当たらなかった。念のため、他の人たちを説得するついでに、聞いてみたが、見かけたという話は聞けなかったので、存在しないのだろう。

 祭りの会場となっている広場や参道、中心部の大広場は、相変わらず活気に満ちている。夜闇に浮かぶ満月の下で、橙色の提灯が煌々と灯りを放ち、会場を色鮮やかに

染め上げる。まるで、人々の着飾る浴衣に、風情を醸し出しているかのようだ。各々が踊ったり、食べたり、飲んだり、しゃべったり、それはそれは楽しそうである。


「これでぜんぶかな?」


「うむ。念のため、設営本部で確認を取るとしよう」


「もう脚が棒ですよぉ」


 殺人罪が人の形を成した存在である僕、アキラ。

 道路交通法違反が人の形を成した存在である小柄で地味な少女、ミンコ。

 詐欺罪が人の形を成した存在である精悍な偉丈夫の青年、ゴエモン。

 僕らは三人で行動を続けていた。


「人づてがなかったらと思うと、ぞっとするね……」


「あの韋駄天の小僧が存外に役立ったということだろう。我が輩たちが計画について話を持ちかける以前に察しておる者も多かったようじゃぞ」


「…………あの、ほんとうにわたしでいいんでしょうか?」


「まだそれ言う?」「まだ言うか」


 ミンコの問いに、僕とゴエモンは揃って、おいっ、と言い返した。

 赤信号を無視して渡っちゃうミンコ以上……いや、この場合は未満だろうか。まあそんな存在が他に見つかれば、その人に優勝してもらうことも考えられた。


「ミンコさんよりも罪が軽そうな人が見つからなかったんだから、諦めてください」


「その点に関しては、我が輩は最初からあまり心配していなかったがな」


「お二人の罪がうらやましいですよ、ううう……」


 うらやましがられても、こちらも困る。

 ただでさえ小柄なのにさらに頭を抱えて縮こまってしまったミンコの様子を見て、僕とゴエモンは軽く嘆息し合った。


「仕方ないでしょう。仮に僕が勝ってしまったら、人間界から殺人罪が消えちゃうんですよ?」


「我が輩が勝った場合は、強盗罪が消えるな。どちらにせよこのような……」


 そう言って、ゴエモンは楽しそうに過ごす周囲の人々を見回した。


「このような、楽しげな光景は失われるであろうな」


 ゴエモンの言うとおりだ。

 この祭りの本質は、いかに罪の浅い者を勝たせるかにある、と僕らは考えている。しかし罪を起源とする能力を駆使して競い合う、いや殺し合う決闘において、これは困難を極める。なぜなら、罪の大きさと能力の強さが比例しているからだ。


「ゴエモン」


「なんじゃ?」


「僕は、本当に勝てるのかな。最強なのかな……」


「貴殿は、我が輩との戦いを愚弄するつもりか?」


「そうだったな」


 僕は思い出す。

 ゴエモンが僕に決闘を挑んできた時のこと、決闘の内容を。彼の主張を。


「行こうか」


「うむ」


「はい」


 僕らは互いの顔を見合って、頷き、設営本部のテントへ向かった。


「?」


 ふと、違和感を覚えて、僕は後ろを振り返った。


「どうした、アキラよ?」


「アキラさん?」


「あ、いや何でもない」


 初日はもう少し人がいなかっただろうか。

 そんな疑問が、脳裏をかすめた。

 冷たい風が吹いた。

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