第九章 終焉と終演(1)

「優勝者が決定いたしました。これにて祭りは閉宴とさせていただきます。参加者のみなさまお疲れ様でした……ってあの!?」


 どこか聞き覚えのある――設営本部のお姉さんの声を遮って、それは割り込んだ。


「あーあー、うん。みんな聞こえる? おつかれさま。最後にひどいイレギュラーがあったからね。後味の悪い気分の人も多いと思うんだ。だからみんなが希望するなら後夜祭をこれから開催しようと思う」


 最初に祭りの開催宣言をした声だった。

 僕は、ミンコの肩に軽く手を乗せて、一緒に続きを待った。


「参加を希望する人は眼をつぶって。それ以外の人は開いたままでいてね。じゅう」


 僕は、ミンコと向き合い、二人で頷き合った。


「きゅう、はち、なな…………」


 カウントが進んでいく。

 僕らは目を閉じた。


「いち……ぜろ」



* * *



「なっ」


「どこでしょう、ここ」


 そこは祭りの会場ではなかった。

 地平線の果てまで続く青い水面。夜明けを思わせる薄い藍色。空も大地もどこまで広がっているのかわからない。青き世界だった。


「さあ。ぼくもここがどこなのかは知らないよ。強いて言えば、異界の中枢かな」


 後ろから水を蹴る音と、声がした。

 僕らが振り向くと、声の主はにこりと、笑っていた。

 声の主の姿は、一言で表せる灰色だった。灰色のぼさついた髪の毛、灰色の浴衣、灰色の光彩を持つ瞳……体格は僕と同じくらいだった。


「アキラさんとそっくり……」


 ミンコがそう言ったので、僕ってこんな顔をしているのか? と声の主である少年の顔をしげしげと見てしまった。

 いや、待て。それ以上に、もっと最近、というかさっきまで似た顔を見ていた気がする。


「っ!」


 そうだ、自分と同じ罪を起源に持ちながら、正反対の思想で最後まで死闘を演じたあの男……ラデスにそっくりなのだ。

 警戒して、ミンコを身体の半分で隠し、右手に刀を……


「でないよ。ここは祭りの会場じゃないからね」


 灰色の少年が、僕に起きている現実を口にした。

 まあまあ、と少年は僕に落ち着くよう、促した。


「きみたちだけをここに喚び出したのは、少し話がしたかったからなんだ」


「話だと?」


「そう、どこから話せばいいかな……まずはぼくが今回の祭りの主催者だってことはいいかな?」


「確認のしようがない」


「ですねえ」


 僕が半眼で灰色の少年を疑い、ミンコも同意した。

 灰色の少年は、こほんと咳払いをひとつした。


「ぼくは神だ!」


 どやっ!

 と言った様子で、小っ恥ずかしいことを叫んだ。


「あー、はいはい」


「そうですかあ」


 僕とミンコは、苦笑を浮かべた。


「くっ、調子に乗るんじゃなかった……」


 羞恥にもだえる灰色の少年を見て、発言を聞いて納得した。うん、主催者だ。この異様な青い世界にまったく動じている気配がないことも、それを主張していた。


「ごほんっ!」


「……」

「……」


「と、いうわけで、今回の主催者としてお話をさせてもらいます。まずは道路交通法違反のきみ、優勝おめでとう」


「あ、ありがとうございます」


「そして殺人罪のきみ、苦しい闘いをよく生き残ったね。正直、最後はどちらが勝つのか、ぼくでもわからなかったよ」


「観てたのかよ」


「まあ神ですから、という冗談はさて置いて、下をよーく見てごらん」


「下だと? 青い水面しか……、!」


「ア、アキラさん!」


 僕と同様に、ミンコも水面を見て気づいたようだ。それは、上空から見たらこんな感じであろう、祭りの景色だった。こうして眺めてみると、とんでもない広さであることがよくわかる。


「まあ、ここから観ることもできるし、最初と最後の宣言みたいに、声を流すこともできるよ」


 改めて、と少年の声音に真剣さがうかがえる。


「では語ろうか。終焉と終演のお話を」


 僕らは灰色の少年を正面に見据えて、話に耳を傾けた。

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