第45話 エピローグ

◆ 体育館  ???



「これで終わり、か……」


 体育館の隅。

 太陽の放送を聞いて【たー君】はそう呟いた。

 皆の意識は壇上の二人に向いていたため、彼の落とした言葉を耳にしたものはいない。


(……まあ、案外持ったな。まさか俺も、洋がここまで実行するとは思っていなかったけれどな。――このノートに書いてあること)


 彼は壁に寄り掛かり、背中にある物質の感触を確かめる。


(拳銃は入手ルートを新しく書き込んであげたとはいえ、きちんと交渉まで済ましているしな。あの段階で挫折すると思ったが……まあ、それは全員に言えることなんだけどな)


 周囲を見回す。

 彼は全員の名前と顔を知っている。

 だが、彼が放送係だったことは、誰も知らない。


(あいつら、信用し過ぎだよな、このノートに書いてあること。ま、ビデオを作ったから、信用したのかもしれないけどさ。だからといって、書いてある通りに、知らないアドレスにメールで脱落について連絡して、顔も知らない奴に放送係を任せるのは、ちょっち馬鹿だよな……って、俺もか)


 自虐的に彼は笑う。


(大量の金が入った鞄の隠し場所が書いてあるメモとこのノートが落ちていたからといって、これはこの中にある計画を実行しろってことだな、って勝手に思い込んで、面白そうで無理そうなこの計画を実行させるように動いたんだからな)


 そこで思い出したかのように、彼は小さく首を振る。


(……そういや、三年生の教室に突っ込んだ懲罰委員の奴に、太陽を封じ込める策を吹き込んだのって、誰なんだろうな。つーか、あいつの話聞いていると、タイミング良く、すぐに適切な対応取っていたらしいから、太陽のことをよく知り尽くしている奴じゃないとそんなことは出来ないだろうし……)


 顎に手を当て、彼は眉を潜める。


(……ってか、三年五組の奴が殺されたっていう連絡以前に、太陽が三年五組に来たって報告すらないのに、どうしてあいつに吹き込んだ奴はそれを知っていたんだろうか? 簡単に外には出られない状況だから、様子を窺うなんてことは到底無理なはずなんだが……)


 そこまで考えた所で、彼は頬を掻いて微笑する。


(ま、どうでもいいか……)


 ポケットに手を突っ込み、カチリ、と音を立てる。


(これで放送室の器具からは、通信の証拠は残らないはずだ。例え外側を物理的に壊されていたとしても、のはずだけど……これで消えていなかったら、いざとなった時のハードディスクの中身抹消装置も働かないことになるから困る。まあ、今の所は苦情も来ていないから大丈夫だと思うけど……やっぱり、一度八木に見てもらうかな?)


「おーい、もう戻るぞ」


 その声に、彼は顔を上げる。


「ああ、もう洋に説明は済んだのか?」

「聞いてなかったのかよ?」

「ああ。遠くで聞こえなかったしな」

「じゃあ近くに来いよ。まあ、結論から言うと」


 口の端を吊り上げて、得意そうに久は言う。


「特定の人物以外犯人じゃないことになった。勿論洋も――犯人じゃないってことだな」

「そっか」


(……甘ったれめ)


 表面上は安心したように微笑みながら、心の中で舌打ちをする。


(というか考えが甘いな、こいつら。どうせ犯人グループ全員の名前を知っている奴が逮捕されるから、そいつの口から全員ばれるだろうに。……いや、罪を軽くするために妄言吐いていると思われるだけ、という予測でそうしたのかもしれないな。いずれにしろ洋は常に逮捕されるかもしれないというリスクを背負うことになる……まあ、自業自得ではあるが)


 人の口に戸は立てられぬ。

 逮捕された奴から芋づる式に次々と検挙されるのは想像できる未来だ。

 それでも、犯人グループの人々にそのことを微塵も悟らせずに解決させた。

 協力させた。


(……さすがだよ、太陽、一姫)


 この結末を導いたであろう、この場にいない二人に対し、心の中で賛辞を送る。

 そう。


 表面上とは裏腹に――に導いた二人に。


(しかしこうなると、流石にもう洋は使えないか。こんな結論になった時点で、この学校の奴らも使えないだろうし……しょうがない。別のターゲットを捜すか)


「どうした?」

「おう。どうもしないぜ。しっかし……太陽と一姫は何処にいったんだろうな?」


 そう話を逸らせると、久は思案顔になる。


「さあ? 太陽は放送室に犯人を捕まえに行くとしか言わなかったから。……どうして姫君を連れていったのかも判らないし……」

「ここのことは一姫には言ってないだろ? ってことは、太陽と一姫は、俺達に隠れて何かやっているんだろう? 多分だけど、危ないことだから心配掛けないようにって所だろうさ」

「放送室で危ない、か……」

「ま、心配ないだろうさ。ああいう風に放送があったんだしな」

「だよね。姫君の声が聞こえなかったけど、あんな放送があったから大丈夫。うん、大丈夫」


 久が力強く頷く横で、彼は思考する。


(――おそらくは、あいつらは俺を突き止めようと放送室に行ったんだろうな。待っていたら現れるって。……ならば、行く必要はないな。俺も犯人じゃない、のだからな)


「……って、おい。また呆けているな。ほら、もう出るぞ」


 気が付くと眉を潜めた久が目の前にいた。彼は慌てて取り繕う。


「ああ、ごめん。安心しすぎたかもしんねえな。つーか、疲れてぼーっとしてやがる」

「それはあたしも同じだ」

「嘘つけ。体力有り余っているだろ?」

「精神的に疲れたんだよ。あー、気晴らしに国交省でもハッキングしようかな?」

「軽く言えることが恐ろしいぞ」

「ん、そうか? お前にも出来ると思うぞ」

「俺は、情報工学はそこまでじゃないんだって……あ、そうだ。お前に見てもらいたいプログラムがあるんだけどさ」

「何? どんなやつ?」

「スイッチ一つでハードディスクの内部を完全に破壊するプログラム」

「おいおい、危ないやつじゃないだろうな?」

「ああ、大丈夫。悪用できないようにしてあるから。ネットに流させないようにしているし、ライセンスも付けているし……まあ、そこら辺も含めて見てほしいんだけど」

「別にいいよ。……って、まさかお前、あたしを連れ込んで厭らしいことをするつもりだな?」

「お前、俺がお前のこと好きだと思っているのか?」

「いいや、全然。だけど男は狼だって、兄貴が言っていた」

「それは正しいが……下心はねえよ。つーか、一姫のモノを奪うなんて怖いことはしねえよ」

「ひ、姫君のものだなんて、そんな……」


 久は赤面して、顔を逸らす。


「と、とにかく、まあ、学校にそのプログラム入れたCDかUSB持ってこい。完璧にしてやるから」

「おう、サンキューな」

「気にすんな。――じゃあさ、もう誰もいないか一応確認してきてくれ」

「了解」


 久は彼に背中を向け、体育館から退館しながら、彼に声を掛ける。



「じゃあ、後はよろしくな。――



「おう」


 そうして一人体育館に残された少年――万屋武【たー君】は、


「……さて」


 唇を舐め、密かに口元を歪めた。




「次は、どの計画を実行させるかな?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エゴイストの愉悦 狼狽 騒 @urotasawage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ