エゴイストの愉悦

狼狽 騒

第0話 学校崩壊

◆プロローグ



 九条くじょう太陽たいようは眠っていた。


 太陽という名前は、明るい子に育ってほしいという両親の願いから付けられ、彼はその期待通りに育った。運動全般が得意な太陽だが、特にサッカーが好きで、サッカー部に入部しているにも関わらず、昼休みになると急いで昼食をかけこんで友人達と校庭に駆けて行くという姿が日常となっていた。かといって彼は劣等生ではなく、むしろ授業中にも寝ずにきっちりとノートを取り、そしてその分だけきっちりと点数を取る、優等生の部類に入る人間であった。元気で真面目という、教師がインタビューで理想の生徒像に挙げるような人物が、彼なのである。だからといって彼はそれを鼻に掛けたりはせず、ほとんどを快活な性格で解決してしまうその包容力に多くの人が惹かれ、友人が男女問わず多くいた。

 そんな彼が、学校で眠っていた。

 現在の時刻は九時半。従来ならば一時間目の授業の最中である。

 先に述べたが、彼が授業中に睡眠を取ることない。加えて本人曰く「そんなことでみんなと遊べる機会を減らすなんて勿体ない」とのことらしく、校内で寝るということもほとんどない。

 この姿を目に入れた人は、珍しい光景だと感想を述べるだろう。

 しかし、誰も述べてはいない。

 何故か。

 その答えは、校舎の二階に位置する、この一年二組の教室を見れば明らかである。


 寝息。

 ここにいる全員が――寝息を立てていた。


 皆が机に伏せている、異様な光景。

 学級崩壊。

 その言葉が相応しい状況が、その教室では起こっていた。

 全員が眠っている。

 生徒も。

 そして、教卓にいる――教師までもが。

 これは、既に学級崩壊ではない。

 学校崩壊。

 授業すべき教師が共になって睡眠をしているとなると、明らかに学校の体制が崩壊していると言える。

 そのように嘆くものが誰もいない中で、



 ジリリリリリリリリリリリリリ



 突如、けたたましい警告音が教室上部のスピーカーから響く。

 その音によって皆は眼を醒まし、反射的に耳を塞ぐ。


「な、何なんだよこの音っ!」


 太陽のその叫びは轟音に掻き消され、耳を塞いでいる人々に彼の言葉は届かない。

 やがて、警告音が止まる。

 同時に、スピーカーから音声が流れる。


『オハヨウ諸君。起コスタメニ音ヲ鳴ラシタノダガ、マダ寝テイル愚カナ者ハイナイダロウネ?』


 聞こえてきたのは、機械で作られたような無機質な声。

 その声が良く響くほど、室内――いや、校内は静まり返っていた。


「なんだよ、これ……」


 誰かがそう呟いた。

 だが、その疑問に答えられる者はいない。

 答えられるとしたら、ただ一人――


『サテ、全員ガ起キテイルト仮定シテ話スガ、トリアエズ、君達ガコレカラヤルベキコトヲ伝エテオク』


 抑揚なく淡々と言葉を落とすスピーカーからの声は、そのままの調子で、次のように続けた。



『三分ノ二程度、人数ヲ減ラシテモラウヨ。――殺シ合イニヨッテ』

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