第15話 恐怖

◆ 九条 太陽・八木 久



 三階廊下。

 そこにいたのは、少年が一人と少女が二人。

 立っている者が二人と、背負われている者が一人。


「久、先輩に傷付けられなかったか?」

「ああ。軽口の叩き合いをしている内にお前が来たんだよ」

「そうか。良かった良かった。姫に殺されないで済む」

「……姫君、太陽にもそんなこと言ったの?」

「いや。あいつならそう言いそうだと思ってな。大切にされてんだぞ、お前」

「うっさいなあ。……ほら、もう着いたぞ」


 久は乱暴にそう言って、目的地である女子トイレの入口の淵を叩く。何の躊躇いもなく太陽は入り、次いで奥の個室を開ける。そこには本来使用する性別に合わない少年、三山悠がいた。彼は未だに眼を開けていなかった。


「で、どうする? 個室二つ使うのか?」

「迷うよな。三山を起こすか」

「ああ、この知らない人か。もう必要ないのか?」

「ないな。結局邪魔になったし、もうお帰りになってもらおう。っていうか、死んでいると思われていた人が生きていたらどうなるか、それも気になるからな」

「お、それはあたしも気になるな」

「まあ、そんなわけで、姉貴には自分で生き残ってもらおうとするか」

「ちょっと待って?」


 久が眉をぴくりと動かす。


「こいつ、カザ姉ちゃんのクラスなのか?」

「そうだぞ。俺らのクラスの応用で生き残ってもらおうかと思ったが……まあ、結局はオレ一人だけ身内を助けようとするのは話が良すぎた、ってことだ」

「諦めるのかよ!」

「それを相談しているんだよ。落ち着け」


 背負っていた葉良を降ろし、彼女の制服のリボンで後ろ手を縛りながら話す。


「葉良先輩を、この個室で腕を吊るした上に真っ裸にさせて、トイレから動けなくするのは確定だ。この人をもう一度野に放す訳にはいかないからな。で、そんな女性の肢体を見せつけられた三山は、多分自分の服を着せて、もしかしたら解放もするだろう。それじゃあ意味がない。だから、どうするかって訊いているんだよ」

「その言い方だと、この、三山って奴は自由にさせるってことか?」

「そうだよ。この人、別に悪いことしていないしな。水もなしに閉じ込めるってのはひどい話だし、オレもしたくない」

「それはそうだけど……」


 俯く久。彼女も流石に罪のない人にきついことを押し付けるような真似はしたくないようだ。


「じゃあ、起こすしかないじゃん」

「だな。よし」


 太陽が渾身の力を込めて縛り終えると、葉良の口から「う……」と小さく声が漏れる。


「あ、こっちが起きちゃったか?」

「……あら、手首が痛いわね」

「おはよう先輩」

「おはよう後輩。あら? 可愛い女の子が太陽君になっているわ」

「あたしもちゃんといますよ」

「そう」


 眼を閉じて、葉良は悟ったように口元を緩める。


「あたしは、負けたってことね」

「そうですよ」

「まさかあそこで、時間を止める能力を彼女に使われるとはね。百八発までは避けたんだけど、そこからは読み切れなかった」

「妄想出来るほど元気ですか」

「冗談よ。でも実際、私はどうして倒れたのか覚えていないわ」


 淡々と喋りながら、彼女は後ろ手のリボンを取ろうと必死に動かす。


「オレが目いっぱい縛りましたから、絶対に外れませんよ」

「本当。血が止まっているんじゃないかと思うくらい、きつく縛ってあるわ。腕が使えなくなってしまうわよ。そうなったらどうしてくれる?」

「知りません。腐って落ちればいいのです」


 太陽は冷たく言葉を吐き捨てる。それに対し、床に転がりながら葉良は微笑を浮かべる。


「あらあら、太陽君は怒っているの?」

「怒っていますよ。当然です。先輩は死んでもいいと思っています」

「それは悲しいわね。私は君のこと、それなりに好きだったのに」

「うるさいな。また眠らせますよ」

「あら、怖い」


 くすくすと葉良は笑う。その表情には余裕さえ浮かんでいる。


「先輩。オレを嘗めてません?」

「いいえ。嘗めていないわよ。どうして?」

「余裕ぶっこき過ぎですよ。状況判っているんですか?」

「判っているわよ。こうして身動き取れなくさせられているのだから」

「ああ、それだけだと思っているんですか? それは残念でした」

「え?」


 そう葉良が驚きの声を上げるのと同時に。



 ――ゴキリ。



「あああああああああああああああ」


 葉良が身体を反らせて叫び声を張り上げる。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」

「そりゃ痛いでしょうね。肩の骨を外されたのですから」

「た、太陽君、あ、あんたあああああああああああああああ」

「もう片方」


 まるで触っただけのように軽く、太陽は葉良の肩を曲げる。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い死んじゃう死んじゃう死んじゃう!」

「何を甘えたことを。肩ぐらいでガタガタ言うな」


 冷たい眼で見下しながら、今度は平然と股関節を外す。葉良の叫びがさらに高音になる。


「このまま全身の骨を外そうか? オレなら出来るぞ」


 葉良は喘いでいるだけで答えない。太陽は一つ溜め息をつき、葉良をうつ伏せにさせて指を持ち上げる。


「先輩。オレを嘗めすぎだと自覚したでしょ?」


 ポキン、と小気味よく音が鳴る。

 既に痛覚がマヒしているのか、彼女は全く声を上げない。


「答えてくれないのか。そうかそうか。仕方ないね。まだオレを嘗めているってことか」


 葉良から小さく「ちがう……」という声が聞こえたが、太陽は無視をする。


「なあ、先輩。人を殺してきたあんたがここで死ぬのには別に異論はないよな」

「……ええ。そうね」


 絞り出すように、葉良は額に汗を浮かべながら強気に微笑する。折れた心が戻ってきたようだ。プライドが本当に高い女性だ。


「君が……私を殺すの?」

「まさか」


 太陽は首を竦める。


「オレは甘いですからね。人を殺すなんてことはしませんよ」

「何を……」

「殺さないですけれどね」


 太陽は大きく口元を歪ませる。


「先輩。死ぬのは怖いですか?」

「怖いわ。だけど、それ以上の人を死に追いやってきた私が言っていいことではないわね」

「お? その余裕は、既に覚悟を決めているってこと?」

「……ここまで痛めつけられたら、もう死にたくもなるわよ」

「そう思ってくれたのなら大成功だな。……ねえ先輩」


 囁くように、耳元で太陽は言葉を吹き掛ける。


「死にたくないなら殺そうと思いましたが、死にたいのなら、仕方ないですね。生かします」

「まあ、それはありがとう」

「但し、当然、条件があります」

「条件?」

「ええ。先輩を五体満足で返すと危ないですから」

「……十分に両腕は痛めつけられていると思うけど。痛くて痛くて、今は痛みに慣れて落ち着いているけどね」

「骨は折っていないけどね。ただ、関節を脱臼させただけだから、何とかすれば元には戻ると思うよ。アフターケアはしないことに決めているんで」

「最悪の店ね」

「骨は折らないですよ。道具ないから斬れないし……だから、うん、まあ、結局は五体満足のままってことですね。――でも、それじゃあ、やっぱり駄目ですよね」

「……はあ?」


 汗を流しながら眉を顰める葉良の肩を太陽は踏みつける。葉良は唸り声を上げるが、相変わらず無視して語りを続ける。


「というわけで――【】で返さないことに決定しました」


「な……何を、言っているのよ……?」

「うん。つまりね」


 そう言うと太陽は後ろ方へと回ると、葉良の背中を足で思い切り踏みつける。葉良は太陽の思い通りにさせるものかというように必死に声を押し殺そうと唇を噛み締める。だが、太陽は彼女のそんなプライドを踏み砕くように、前髪を後ろから掴み上げて、真上から言葉を落とす。


「ねえ、想像してみてよ。先輩。死んだらどうなるかな?」

「し、死んだら……そのままじゃない? そ、その先に何もない。お、思うことも、ない」


 前髪を吊り上げられている形により背筋に全力を注ぎながら答えなくてはいけないため、葉良はかなり辛そうに答える。それでも、やはり太陽はお構いなく淡々と言葉を紡ぐ。


「ですよね。オレもそう思います。だからそれって罰にならないって訳だ」

「ぐっ……」

「で、オレ、一所懸命に考えたんだけど」


 そう一つ間を置いて、太陽は悪魔の言葉を並べる。


――――――――ああ、。痛覚に負けるかもしれないけど。あ、匂いも残すから、二つか」


「な……何を言っているの……?」

「つまりはね、先輩」


 髪を掴んでいる左手をさらに上げて、右手でじゃんけんのチョキの形を作り、葉良の眼前に突き付ける。


ってことさ。そうなっても多分、生きていると思うんだけどさ、どう思う? あ、舌の大量出血だけが心配だけどね」


「な、何を……」

「――それくらい」


 低く冷たく、太陽は突き放す。


「あんたがやっていたことに比べれば、子供みたいなもんだろ? 蟻の巣に水を流したり、トンボの羽を捥ぎ取るような、殺そうと思わないけど、結果的に死んじゃうかもって話だから」

「く、比べるものがおかしい……」

「まあ、オレも甘いからね。先輩に慈悲を与えるよ」


 太陽が、恐怖で大きく見開かれている葉良の上瞼をゆっくりとなぞる。


「一つ。気絶している内に全てが終わっている。二つ。生きながらそれを執行する」


 もう一撫で。


「さて、どっち?」

「ど、どっちもいや――」

「我儘め」


 吐き捨てるような言葉と共に、太陽は右手を葉良の首元に落とす。葉良は声を発する間もなく、ぐったりと床に横たわった。


「……相変わらず、悪い奴には容赦ないな、お前」


 ずっと腕を組んで顔色一つ変えなかった久が、呆れたように言う。


「で、甘いな、やっぱり」

「だな。今も舌を噛んでいないかチェック中。……よし。大丈夫」


 葉良の身体を仰向けにしながら口を覗いて、太陽は頷く。


「心に恐怖感を与えないと、この人は再び行動を起こすじゃん。いくら裸にした所でね。ま、起きた時に目隠しと耳栓でもされていれば、混乱して精神に異常をきたすだろうよ。そうなればもう、オレへの復讐くらいしか考えないだろうしね」

「で、二度目はないと」

「今回ばかりは一度目で許さないと思ったけどね。流石に」


 葉良の制服の上を脱がし、それを破って細長くしながら太陽は呟く。


「人を殺しているからね。本当に言ったことを実行しようかな、と思ったよ」

「でも、しないだろ?」

「出来ないんだよ。ヘタレだから。骨だって折っていないし、全部関節を外しただけだから。荒療治だけど叩けば治るしね」


 細長い布を彼女の顔にきつめに縛る。彼女からの反応はなし。


「耳にはトイレットペーパーを詰めるとして……後は二つ目の個室を使うか」

「結局使うのかよ」

「奥のはお前が扉を壊していたじゃねえか。すっかり忘れていたぜ。この人はもう死んでもいいから個室に閉じ込めておこう。肉体的に軽く、精神的に重く」


 トイレットペーパーを耳に詰め終わった太陽は個室へと葉良を運び込むと、先程の破った制服を眼隠しと同様に細い紐状にし、後ろ手を固定している紐と交差させるように通して、葉良の身体を完全に個室から動けなくさせる。


「じゃあ、後は任せた」

「了解。じゃあ、あたしはこいつの服をずたずたにすればいいんだな?」

「ああ。男が見たら興奮するほど、裸に近いようにな。裸でもいいぞ。センスに任せる」

「まあ、あたしにそんなセンスはないけどな」


 苦笑する久に背を向ける。直後、盛大に服を破く音が聞こえるが、太陽は意にも止めずに奥の個室に向かい、そしてふふんと鼻を鳴らす。


「おーい。起きてもいいですよ」

「……」

「起きている人は喉を見れば判るんですよ。狸寝入りをしている人を見分ける方法。これ、トリビアですよ」

「……」

「あーあー。分かった分かった。ってか、あんたはハナから殺すつもりはないって。あんたのことはただ、ちょっと利用しただけ。結局、死んだ扱いになった。ありがとう」

「……」

「まだか。……ほうら、この通り。敵意はないよ」


 太陽は自分の懐に手を入れ、拳銃を取り出し、便器の上に置く。


「っ!」


 瞬間、三山の眼が開き、置いてある拳銃を掴み取って、その銃口を太陽に向ける。


「おお。上出来だ。やっぱ賢いんだね、あんた」

「君に言われたからね。状況を考えて行動しろって」

「そうだね。良く覚えているね。ってか、あの状況で覚えていないってのが駄目か」


 ふっ、と含み笑いを太陽は見せる。


「だけど、意味無いぞ。試しに引き金を引いてみな」

「え?」

「拳銃って、弾がないと使えないって常識だよね」


 三山の顔からさっと血の気が無くなる。


「そ、そんな……」

「いやいや、そんなの当たり前でしょうが。オレは戦意がないことを知らせたいためだけに、危ない橋を渡るつもりはないよ」

「……」


 三山は警戒の眼を緩めない。太陽は深く溜め息をつく。


「……あんた、どこから目覚めていた?」

「君が、女性を言葉で責めていた辺りかな。暴力も加えていたようだけど」

「フェミニストはうざいな。女性でも男性でも、平等に悪人には制裁を加えただけだよ」

「悪人? 彼女は俺みたいに君に刃向かったのかい?」

「それを悪人と言うと思っているのか? 悪人ってのは」


 と、一息ついて、


「―― 一クラスを勘違いによって全員殺害せしめた人のこととかを言うんじゃないのか?」

「……何だって?」

「あれは一年六組を全員殺した犯人だよ。だから、二度と殺害させないために肉体的に動けなくし、加えて精神的に束縛した。それだけのことだよ」


「……そうだったのか」


 少しだけ三山の警戒が緩む。真実とは限らないのに騙され易い人だ、と太陽は嘆息する。


「そんな訳であの人にはちょっと痛い目を見てもらったけど、あんたは悪いことしていないからね。何も拘束していないのを見ての通り、解放。すまんかったね」

「いや……それより弟君」

「あんたに弟と言われる筋合いはない!」

「あ、ああ。ごめんね」


 太陽のふざけた言葉にもきちんと謝る三山。


「じゃあ太陽君。俺、本当にこのまま戻っていいの?」

「いいよ。死んでいる扱いになっているから、教室のみんなには驚かれるだろうけどね」

「死んでいる? どういうこと……?」

「ああ、寝ていたからそっちも知らないか。つーか一年六組が脱落したことも知らないのか。よく信じてくれたな、あいつが犯人だって」


 太陽は携帯電話を取り出して操作すると、その画面を三山に向ける。


「ん、何? ……うわっ何だよ! これ俺なの? 血まみれで頭ぐちょぐちょじゃないか!」

「ちょっといじくって、それをお前のアドレス帳に乗っている奴一人に送った。あ、友人というカテゴリで見ただけだから、メールの中身とかは見てないぞ」

「あ、本当だ……へえ、先島さくじまに送ったのか」

「そいつはクラスメイトなのか?」

「ああ。しかも親友だ。ピンポイントで当てるとは凄いね」

「で、それを送った直後に、あんたが死んだという放送があった。それを確認したかったから、あんたを利用したんだ」

「……ちょっと待って。先島に送った直後に、犯人側が放送をした?」


 三山が、何かに気が付いたかのように声を上げる。


「もしかしてそれって……犯人が先島だってことなのか?」

「惜しい。そこまで辿り着いたのは正解」


 太陽が感心したように手を叩く。


「先島という人が犯人ではない可能性もある。その場で騒いだのかもしれないしね。まあ、どちらにしろ、あんたのクラスに犯人がいるのは確定。メールはその人にしか送っていないから」

「この事件を起こした犯人は、俺のクラスにいるのか……って、そんな訳ない」

「何でだ?」

「だって俺以外、あのクラスから一歩も出ていないんだぞ。それなのに、前の放送でもあったように、放送室前で人が死んだなんて判る訳がないじゃないか」

「うん。正しい。で、そこから導き出せることは?」

「ウチのクラス以外の人が……あ!」


 三山が顔を上げる。


「犯人が、複数人いるってことか!」

「大正解」

「そうか。それを、君達は確かめたかったんだね?」

「それも正解。全クラスに犯人がいるのか確かめたかったんだ。まあ、これは非公開情報だけど、実は俺は一人、犯人を倒しているんだよ。そいつは三年三組だった」

「うん? ちょっと待って……倒した?」

「ああ。文字通り殴り倒した。で、今はトイレに裸で閉じ込めている。服は外に投げたから取りに行けないだろうしな」


 トランシーバーを投げた方向とは逆方向の窓から、既に不必要なものは全て投げ捨てていた。


「あ、そうだ。兵頭豊って知っている? そいつが犯人なんだけど」

「兵頭が……犯人だと?」


 三山はひどく動揺を見せる。


「お、知っているみたいだな」

「当たり前だよ。兵頭は……同じ茶道部のメンバーだ」

「あ、確か最初にそんなことを言っていた気がするな。青野が部員だって」


 失念していた、と太陽は額を押さえる。こんなにも重要な案件に対する質問を、すっかり忘れていたのだから。


「兵頭ってどんな奴?」

「……あいつ、物静かで大人しい奴だよ。いじめられても文句を言わない程に……あ、俺は、っていうか茶道部はいじめていないよ。むしろいじめている奴を懲らしめようと画策したけど、あいつは決して名前を言わなかったんだよ。波風立てたくないってさ。だから最近、それで悩んでいたんだけど……」


 あ、話が逸れちゃってごめんね、と三山は眼前で手を振る。


「でも、そんな風に極端とも言えるほど大人しいやつだから、こんなことに加担するとは、とても思えない、って言いたかったんだ」

「大人しい? そうなのか」

「そうだよ。だから、何かの間違いじゃないのか?」

「これ」


 太陽は兵頭の生徒手帳を見せつける。


「三年三組の人を銃で撃ち殺していた仮面を被った奴が持っていたものだ。その仮面の下の顔も、それと同じだったぞ。オレがその生き証人だ。こいつは確かに、人を殺していた」

「そんな……本当、なのか……じゃあ、ということは……」


 三山が絶望に眼を見開く。


「茶道部が犯人グループってことなのか……?」

「うん。その可能性があるね」

「マジか……俺、部長なのに気が付かなかった……ちくしょう……」

「あんた部長だったのか」

「ああ。疎外されていたということも、なかなかに心を痛めるよ……仲のいい部だと思っていたのは、俺だけだったのか……」


 放心して俯く三山。が、すぐに顔を上げて、


「……いや、ちょっと待てよ?」

「さっきからずっと待っているけどさ、どうした?」

「あり得ないんだよ、それは」

「仲間外れにされたことが?」

「それじゃない。茶道部が犯人グループだってことがだよ」


 三山が首を大きく横に振る。


「だってさ、三年五組には俺以外の部員がいないんだよ。というかそもそも、茶道部には部員が八人しかいないんだ。全クラスなんてカバー出来ないよ」

「前者も後者も理由にはならないかもしれないけど……まあ、お前がいないなら、多分部活動という集団での犯人グループの線は薄いかもな」


 これで一つの線が消えたと言ってもいいだろう。


「じゃあさ、兵頭の友人関係とかは判る?」

「大人しい奴だから友人は少なめだったように思えるな。少なくとも、他の奴とつるんでいる所を見たことはない」

「お前のクラスの奴との交流は?」

「俺以外はない……と思う。判らないけどさ」

「可能性は?」

「他人を把握している訳じゃないから、ないとは言い切れない。あるとも思えないんだけどな」

「そうか……」


 三山の言葉を聞いて、太陽は少し考え込む。考えこんだ末に、自分の両拳を突き付ける。


「……よし。じゃあ確認しに行くか」

「え? 何を?」

「あんたのクラスにいる犯人を、さ」


 太陽は、にっと笑う。


「そいつを捕まえて問い質せば、犯人グループの特定も出来るかもしれない。そうすれば、この状況を解決する糸口になるかもしれない」

「いやいや、簡単に言うけどさ、どうやってやるのさ?」

「ああ、それは簡単だぞ。あんたがいれば」

「俺が?」

「犯人側の心理に立ってみれば判るさ。まあ、歩きながらおいおい作戦を話すよ」


 太陽は手を一つ叩くと、扉の向こうで未だに乱暴に破く音を続けている久に声を掛ける。


「おーい、久。襲われていないか?」

「襲っている方だから大丈夫」

「ちょっくら姉ちゃんのクラスの犯人を捕まえてくる。お前は作業が終わったら、すまんが一人で教室に戻って待機していてくれ」

「分かった」

「あ、あと、犯人を捕まえに行ったことは秘密にしておいてくれ。そうだな……聞き込みに行ったとでも言ってくれ。聞き込みに行くのは事実だから、お前も口に出来るだろうよ」

「了解。死ぬなよ」

「大丈夫大丈夫。お前もな」

「あたしを嘗めんなよ」

「お前を嘗めても塩の味しかしねえよ。しかも実行したら姫に五体バラバラにされちまう」

「そっか。安心だ。じゃあ生きて帰ってきなよ」

「オッケー。じゃあな」


 そんな軽口を交わし合って、太陽は三山と一緒に、女子トイレから去った。

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