第16話 あぶり出し

◆ 九条 太陽・三山 悠




 三年五組に行くまでの間、その身を出来るだけ誰にも見られないように移動しながら太陽は三山に計画を話す。

 全てを聞いた三山は、顎に手を当てて唸る。


「……危うい計画だね」

「まあな。あんたが見逃したらアウトだからな」

「そもそも、君が言ったような行動を犯人が取るかも判らないじゃないか?」

「確かにそうだ。でも、オレには自信がある」

「何パーくらい?」

「九十九パーセント」

「そうか。なら、やる価値はあるね」


 三山はふっと笑いを零す。


「あ、そうだ。君のことは、ここから何と呼べばいいかな?」

「そうだな……コードレッド、ってのはどうだ?」

「悪くないね、さて」


 二人は足を止める。

 三年五組。


「話している暇はないぜ」

「だね」


 二人は右拳をぶつけ合う。勝負は一瞬。チャンスは一度。失敗は許されない。


「じゃあ、行くよ」


 小さくそう声を放ち、三山は一人で教室の扉を叩いた。


「……誰だ?」


 不審そうに声が返ってくる。


「俺だよ、俺。三山だよ」

「……は?」

「声聞いて判らない? 戻ってきたんだよ。開けてくれ」

「ま、まじかよ!」


 教室の扉が開く。途端に男子生徒が、信じられないという表情で三山を見る。三山はそんな彼を無視して堂々と入室する。


「ただいまー、みんな、地獄から帰ってきたよ」


 明るく、笑顔で、教室内を見渡しながら、三山は右手を軽く上げた。

 直後の教室内は、様々な人で構成されていた。


 首を振って眼を見開く者。

 信じられないというように三山を凝視する者。

 表情は固まっているが涙は流れている者。

 口を開けて呆けている者。

 携帯電話をいじっている者――



「――今だ、コードレッド!」



 突然、左手を挙げて三山が叫ぶ。

 その瞬間――仮面を被った者が教室に侵入してくる。


「誰だ!」


 本来言われるべき台詞を仮面の者が叫ぶ。突然のことで混乱も出来ない三年五組の生徒は、口も含めて身動き一つ取らない。


 ――ただ一人を除いては。


「あいつだ! 


「了解!」


 仮面の者は三山の言葉を聞くなり、素早い動作で指名された女子の方へ猛進していく。


「え?」


 指名された女子は呆気に取られたように仮面の者を見た。

 ――が、それも一瞬のことで、彼女は携帯電話を投げつける。

 仮面の者は軽く手で弾く。

 その隙に、女子生徒は素早く懐に手を入れる。


「遅い!」


 仮面の者が女子生徒の手を蹴り上げる。

 同時に宙に舞う――


「っつ……」


 顔を歪ませながら、拳銃の方へと視線を向ける女生徒。その一瞬を、仮面の者は見逃さず、仮面の者は女子生徒の肩に向かって右足を思い切り叩き込む。


「かはっ」


 背中を思い切り床に叩きつけられて、肺の空気が吐き出される女子生徒。その空気が全て吐き出される前に、仮面の者は馬乗りになって彼女の両手首を掴み、頭の上に持ってくる。あっという間に、女子生徒は身動き一つ取れなくなった。


「三山! !?」


 仮面の者が大声を張り上げる。三山は首を縦に振る。


「ああ。他にはいなかったし、今もいない!」

「オッケー。じゃあ作戦終了だ。――なあ、そこのあんた」

「は、はい!」

「リボンを貸してくれないか。こいつを縛るのに必要だから」

「は、はいどうぞ……」


 勢いに圧倒されてだろう、傍にいた別の女子生徒はすんなりとリボンを渡す。仮面の者は馬乗りになっている女子生徒の手首を、彼女が抵抗しているのを全く気にせず軽々と、しかししっかりと縛る。

 その間、教室内にいた誰もが、ただ呆けて眺めているしか出来なかった。


「三山、こいつは何て名前だ?」

河野こうのだ。確か下の名前は……奈央なおだったかな?」

「まあ、下の名前はどうでもいいか。んで、河野さん」


 仮面の者は人差し指で、先程、彼女の手から弾け飛んだ黒い物体を指差す。


「あれは何かな?」


 河野は仮面の者を一睨みするだけ。構わず仮面の者は追及する。


「あれって拳銃だよね。で、何であんたはそんなものを持っていたんだ?」

「……」


 口を紡ぐ河野。仮面の者は深く息を吐いて、河野の顎を持ち上げる。


「あんたさ、意地を張っていることが得策だと思っている?」

「……何なのさ、あんた」

「オレか? ちょっちお前に動揺を与えたくてさ、仮面をつけてみたんだよね。もう外してもいいけど、敢えて付けた方が不気味でしょ?」

「その仮面……あたしのを見つけたの?」

「いいや。あんたの仮面の場所なんか知らねえよ。つーことで、これの意味、解るよな?」

「……あんた、誰のを奪ったのよ?」

「兵頭豊。名前は知っているよね?」

「さあ、よく覚えていないわね」

「あんたの仲間でしょ? 

「さあて、何のことやら」


 嘯く河野。対して仮面の者は、寝転がっている河野の顔の真横に、右足を叩きつける。


「あー、答えないならいいよ、別に。だったら、答えさせるだけだから」

「……ふ、ふん。やってみなさいよ」

「あー、実はさ、残念ながら出来ないんだよな。――いや、出来なかった、と言うべきだな」

「は? 何を言ってんのさ」

「一回試したんだけどさ、死んじゃったんだよ、その方法で。答える前に。加減が判らずにね」


 河野の顔から、血の気が引く。


「あいつは結構根性あったよ。まずは肩、股関節を脱臼させたんだけど駄目でさ。だから次に、骨を折ったんだよ。人差し指――中指――薬指――小指――親指――手首――足首の順番でね。狂ったマリオネットみたいになっても、あいつは悲鳴しか上げなかった」

「……マジで言ってんの?」

「あんたら犯人グループの間に伝わっているだろ? 兵頭が死んだ、って情報は」

「知らないって言っているでしょ! そんな犯人グループなんてあたしは知らない! つーか離してよ、もう!」

「あー、もう。まだそんなこと言うのか、お前」


 仮面の者は、手を河野の肩に添える。


「なんなら、同じ目に遭わせようか? 当然、同じように死んじゃうかもしれないけどね」


 仮面に表情はない。その声にも表情はない。だから、本気かどうかが判らない。

 それが、彼女の恐怖を掻き立てた。


「嫌……そんなの……嫌……」

「ま、甘えるなってのが本音だけど。二人欠けたら、この三年五組の生徒を全員殺す手筈だったんだろ。でも、まだしていないから、正直に全てを話せば拷問は回避してやるとしよう」

「わ、分かった! 分かったわよ! 認めるわよ!」


 恐怖により安心感を得ることを求めて、簡単に河野は屈服した。既に、河野の眼には反抗の意思がない。仮面の者はそれを確認すると、彼女の肩から手を放す。


「で――お前は仲間か?」


 直後、仮面の者は後ろも見ずに、背後から迫っていた少年の顔を鷲掴みにする。


「三山。こいつは誰だ?」

「……加賀かが。お前も犯人だったのか」


 三山が残念そうにそう言うと、加賀は「ち、違う!」と仮面の者の掌に唾を飛ばす。仮面の者はそのまま加賀を思い切り前方に投げつけ、ポケットから取り出したハンカチで手を拭く。思い切り力を込めて吹き飛ばされた加賀は、腰を床に強く叩きつけて悶絶する。


「うう……いてえ……」

「加賀、って言うのな、お前。犯人じゃないなら、どうしてオレを攻撃しようとした?」

「あ、当たり前だろ! みんなもおかしく思わないのか!」


 加賀はクラスに呼び掛ける。


「死んだはずの三山が戻ってきたかと思ったらこんな変な仮面の奴が乱入してきて、いきなり河野が拘束されて……何がなんだか判らないだろうが!」


 息を大きく吐いて、仮面の者は足先で河野を差す。


「いや、判るだろ? こいつが、犯人グループの一味だってことだ。本人も認めただろ? で、オレはそれが誰かを突き止めるためにここに来たって訳さ」

「う、嘘だ! むしろお前が犯人で……」

「どういう根拠でオレが犯人になるんだよ。ってか、お前見てなかったのか。こいつの懐から拳銃が出てきただろうが。普通の生徒って拳銃を持っているものなのか?」

「そ、それは……」


 加賀は言葉に詰まる。同時に教室内が静まる。教室の生徒は誰一人、言葉を発しない。仮面の者が言っていることは、唐突な話ではあるが反論の余地がないためである。

 しかし、反論はしてこないが――



「……太陽君?」



 一人の女子生徒が、恐る恐るといった様子で声を発する。肩で揃えた髪が揺れ、少女は可憐な様子を振り撒く。潤んだ瞳は、男性を虜にするには十分すぎる武器である。

 彼女は太陽の姉――九条風美であった。


「太陽君だよね、そこの仮面の人」

「……何で判るんだろうな」


 仮面の者――太陽は、呆れたように苦笑しながら仮面を外す。


「やっぱり、太陽君だ」

「よう。人を惑わす悪魔的な姉貴よ」

「もう。そうやってからかって。太陽君の所為で私、色んな人から誤解を受けているんだよ。悪女だとか言われて、困っているんだよ」

「あん? 姉貴が男を惑わしているのは事実じゃねえか。オレに話し掛けてくる上級生のほとんどが、姉貴について訊いてきているんだぞ。……と、そういえば」


 首をぐるりと廻して、


「何人かは見たことをあるねえ。敢えて言わないけど」

「またまた。もう。太陽君はどうして私のことを学園物のファンクラブができている女の子みたいな扱いにしようとするの? 告白されたことなんかないんだよ、私」

「聞いてるよ。家で散々。もてないもてないって」

「そう、私はもてたいのです」


 拳を握り締めて眼を輝かせる姉に、太陽は周囲の人間の気持ちを代弁するように、大きな溜息を思い切り吐く。だが風美は気が付いていない様子で「あれ? 太陽君、疲れたの?」などと見当違いなことを言う。


「……まあ、姉貴はどうでもいいや。つーわけで、誰だ、って質問には意図せずも答えた訳だが、どうかね? 加賀さんよ」

「……九条さんの弟なら、どうして仮面を被っていたんだよ。知っている顔も多くいたんだろ?」

「ああ、この仮面な。実は犯人グループはみんなこれを付けているらしいんだよ。で、仲間だった奴がいきなり教室内に来たらビビるだろ? その動揺も狙っていたんだよ」


 解説しながら、太陽は河野のポケットを弄る。


「んで、因みにこいつが犯人だと判ったのが、これだ」

「携帯……? 何でそれで犯人が判るんだよ?」

「簡単な話だ。と、それを話す前に一つ」


 太陽は加賀に訊ねる。


「三山が死んだ、と思ったのは何故だ?」

「それは……先島の携帯に三山の死体の写メが送られてきたからで……」

「その写メは全員が見たのか?」

「いや……三山が死んだとしか聞かされていない奴もいただろうな。小さい携帯画面にたくさんの人が群がった訳だから」

「で、直後に放送があったよな? 三年五組に脱落者が出た、と」

「ああ。最初は俺らのクラスが脱落したかと思ってビビったがな。で、それがどうしたんだよ?」

「その先島って人にしか、このメールは送られていない。これがどういうことか判るか?」

「写メを見た人の中に……つまり俺達の中に、犯人がいるってことになる」

「そう。でも、どうせお前達のクラスは、誰も外に出ていないのだろ? 三山以外は。ってことは、このクラスにいる犯人は他の奴に連絡をしたわけだ」

「……そうか。ならば犯人は三山が生きて帰ってきた時に、すぐに仲間に連絡を取ろうとするはずだな。携帯電話を操作している奴を探したのか!」

「その通り。死んだはずの三山が現れたら、真っ先に驚くのは当然だが、携帯電話をいじるのは明らかにおかしいだろ? だが、犯人なら必ず行う」

「……俺が帰ってきた時に、携帯電話を操作していたのは、八人」


 三山が口を挟む。


「その内、携帯電話をずっと操作していた人は――いなかった」


「いなかった?」


「だが――が、一人だけいた」


「それが河野さん、ってことか……」


 加賀は悲しそうな眼で河野を見る。彼女はそんな彼には眼を向けず、眼を瞑って口を真一文字に結んでいる。


「つーわけで、河野さん、だっけ? さあて話してもらおうか?」

「……嫌だ」

「は?」

「嫌だっつってるのよ! 言う訳ないじゃん。バーカ」


 急に、河野の態度が大きくなる。


「ほう、いきなり強気だな。じゃあ、さっき言った通り痛い目を見るか?」

「出来るわけないじゃん。あんたにあたしは殺せない?」

「……どういうことだ?」


 ふふん、と河野は鼻を鳴らす。


「あんた弟だってね。ならばあんたは、九条――大好きな姉貴の前で、あたしを殺せるのかい?」

「馬鹿じゃねえの?」


 太陽は一蹴する。


「二つの間違いを訂正してやる。一つ。大好きなってのが間違い。姉貴は好きでも嫌いでもなく、ただの姉貴だ」

「ひどいよ、太陽君」

「――そして二つ」


 風美の非難の言葉を無視して、太陽は告げる。


「オレは誰の前でも人を殺せる。例え――家族の前であっても、それは同じだ」

「う、嘘……」


 薄く笑みを浮かべて、太陽は河野の肩に手を添える。


「さあて、では兵頭のようにしてやろうか。お望み通り」

「や、やめ……」


 河野の肩を外そうと力を入れた。――その時だった。



「――はーい、三年五組の皆さん、静かにして下さい」



 その声と共に、パン、という一発の銃声が響いた。

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