第22話 異変
「――終わったぞ!」
そう放送室から武の怒鳴るような声が聞こえてきたのは、かなりの時間が過ぎた頃だった。
その時にはこれからどうするかなどの相談も終わり、ありとあらゆる方向で推理を行って、しまいには宇宙人説というとんでもないことを口にする程、会話の種が尽きていた。
「さすがに宇宙人はぶっとび過ぎだよな」
「すぐに否定出来なかったのは俺の汚点になりそうだ」
「どれもこれも……」
「ああ。武の所為だな」
「ここまで時間掛けたのに仕事してなかったら、締めてやる」
「立ち直れないくらいに、言葉で攻めてやる」
理不尽な怒りを込めながら、二人は放送室の扉を開ける。
「おう、お待たせ」
汗を拭いつつ、爽やかな笑顔を向ける武。
だが、その周りの風景は、二人の眼からは退出前と変わらないものに見えた。
「なあ武、歯、喰いしばるか?」
「いやいや、太陽ちょっと待て! 要求通りに出来てるって!」
そう武が持ち上げたのは、完膚なきまでに破壊されていた自動銃が、破壊前に存在していたであろう姿に、拡声器がくっついているという、アンバランスな姿だった。
「おお、改造できたのか」
「金槌も何もないから、ドライバーでコツコツ叩いたさ。苦労したよ。つーか、ドライバーの鎚音、五月蠅かったから聞こえただろ?」
「いや、放送室は防音みたいでな、オレ達が話し込んでいたせいもあるかもしれないけど、全然聞こえなかった」
「あー、そうかもな。呼んだ時も何回も声出したんだけど、反応なかったからな。相当な大声を張り上げなきゃならんかったし。最初はいじめかと思ったぜ」
「それはすまんかったな。……で、姫さんよ」
太陽は視線を左にスライドさせる。
「お前は先程からパソコンをいじって何をしているんだ?」
「ん? いや、俺もある程度判るから、説明受ける前に一応、把握しておこうと思ってな」
一姫は、パソコンの画面上に映る文字の羅列を眼で追う。やがて彼は「……成程。やはりか」と呟き、武に訊ねる。
「一応確認するが、バレていないだろうな?」
「バレていない。自信はある。だから、時間掛かったんだよ」
「そうか。まあ、バレても―― 一人に対してだけだからな」
「おお、良く判ったな」
武が感心したように声を上げる。一姫は事も無げに語る。
「これ、ある番号に電話を掛けると、その音声を放送としてそのまま配信するというシステムなんだろ。回線記録を見た所、その電話を掛けてきた番号は一つ……まあ、一応記憶はしておいたが、武。お前の頭からは消しておけ」
「な、何でだよ?」
「覚えておいた所で掛けるつもりはないだろ? 加えて、その事実が犯人に知れたら、お前の身が危ない。だから、ここは俺がやったことにする」
「お、俺の努力を奪い去るつもりか!」
「ペラペラ喋るな。だが万が一うっかり喋ってしまったら、俺の所為にしろ、ということだ」
「お、お前……」
「この馬鹿げたゲームが終わったら、英雄譚として存分に語り散らせ」
「分かった。ありがとう、一姫」
感動したのか、声を詰まらせながら武は一姫の手を取る。一姫は笑わず、淡々とした表情で視線を武の横の自動小銃に向ける。
「まあ、この自動小銃はお前の成果として既に高々と宣言してもいいが、これ、当然の如く銃弾は出ないよな?」
「おう。出ないけど音は鳴るぜ」
ほら、と一姫から手を放して、自動小銃の脇から伸びているケーブルの先にあるボタンを押そうとする武。慌てて太陽が静止する。
「いやいや、無暗に音を鳴らすなよ! ここにいることを察知されるのは問題なんだよ」
「大丈夫だって。お前らも聞こえなかったんだろ?」
「そうだけどさ……」
「ま、実際には押していないんだけどな。でも、九十九パーセント出来ていると思う。……一応の確認するために鳴らしていい?」
「だから駄目だって。つーか、どういう仕組みで鳴るんだ?」
「ああ。簡単な話だよ」
鼻高々に武は語る。
「拳銃ってのは、火花散らして爆発させることにより、その勢いで飛ばすだろ? 弾丸無くして、爆発する所に、そこいらにあった拡声器を適当にくっつけたんだ。爆発音を倍増させるためにな。多分、一発鳴らしたら鼓膜が破れるか、これがぶっ壊れるだろうな」
「それをここで鳴らそうとしていたのか、お前は」
「言うまでもなく、壊れる方だろうな。ドライバーのみで組み立てたのだから」
冷静な意見を述べ、一姫は出口を指さす。
「じゃあ、それ持ってそろそろ教室に戻るか」
「うん? これでもう大丈夫なのか?」
「問題はない。ここにも、もう用はない。全部武がやってくれたからな」
「おう。いざという時に遠隔で放送を乗っ取れるようにも細工したしな」
「そんなことまで出来るのか。すげえな……」
胸を張る武に、太陽はただただ感心するだけだった。
「ただ、電話の発信場所は特定出来そうもない。八木なら出来るかもしれないがな」
「どうして久なら出来るんだ?」
「あいつは携帯電話関連会社にハッキングして、電話番号から所有者を割り出す、という反則にも近い方法ができるからな。ま、あいつも怪物ってことだ。お前ら二人みたいに」
「比較するな。オレに失礼だ」
「比較するな。久に失礼だろう」
二人の声がシンクロしながらも微妙にずれる。この反応の違いが、久に対する二人の見解の違いである。それを理解した上で、武は肩を竦める。
「はいはい。すいませんでしたね」
「……それはどうでもいいとして、早く教室に戻るぞ。相当な時間が経過しているから、みんな心配しているだろう」
強引に一姫が足を進める。振り向かずにどんどん先に進む一姫に、二人は急いでその後を追って行く。その際、武の胸には、改造した自動小銃が抱えられていた。作動させるスイッチが繋がったケーブルがかなり長く大変そうだったために、途中から太陽も運ぶのを手伝う。
「――待て」
戻る途中、一階と二階の間の踊り場で、唐突に一姫が制止する。
「どうしたよ?」
「……教室の前が、何か騒がしい」
「何?」
耳を澄ましてみると、何やら罵詈雑言が聞こえてきた。
加えて、ドン、ドンというドアを叩く音がする。
一姫の声が険しくなる。
「……教室が襲われているのか?」
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