第35話 ミッシングリンク
◆ 一年二組 一姫 剛志
「――さて、時間だ」
午後九時四十五分。
一姫が時計を見ながら告げる。食事は済んでおり、後片付けをしていたクラスの人々はその動きを制止させ、複雑そうな表情を浮かべる。
「そろそろ、五島を体育館に連れて行かなくてはいけない。……久。彼女は一人で歩けそうか?」
「……手助けが必要になると言っていた」
久が難しい顔で答える。今、ここに久がいるということは、女子トイレには未来一人ということである。
「何ならあたしが行くけど……どうする?」
「いや、ここは別れをきちんと告げたい人がやるべきだと思う」
そう口にしつつ、横眼で太陽を見る。
だが太陽は反応せず、眼を閉じたまま、何か思考している様子であった。
「……聞いているのか、太陽?」
「ああ、すまん、ちゃんと聞いているさ。で――オレは行かないよ」
あっさりと拒否。
「……何だって?」
あまりにも軽い断りに、一姫は思わず訊ね返す。
「オレは未来を体育館まで送り届けない。他にやることがあるからな」
「他にやること?」
「ああ。だから行きたくてもいけない。うん、そうだな……」
周囲を見回すと、太陽は人差し指をある一人の生徒に向ける。
「だから洋、未来を送り届けるの頼むわ」
「ぼ、僕?」
「誰が行くかで時間を消費する訳にはいかないだろ? 扉の近くにいるからっていう適当な理由だけど、オレはお前にそれをやってもらいたい。駄目か?」
「あ、いや、大丈夫だよ。うん。頑張る」
「ありがとう。みんなもそれでいいか?」
太陽が見渡すが、いつものように誰も反対意見を言わない。
「じゃあ、付き添いは洋ということで」
そう締めの言葉を口にしつつ、一姫は別のことについて考察していた。太陽が未来を連れて行かなかった理由とは何だろう、と。他にやることがあると言っていたが、本当は未来に合わせる顔がないからではないのかと推察していた。彼女と最後に言葉を交わすことよりも優先すべきことなど思いつかなかったため、それはただの逃げの口実ではないか、と。
しかし、一姫はそこで太陽はそこまで意気地のない奴だっただろうか、と疑問符を浮かべる。
自分の所為――他の人から見れば全くそうは思えないのだが――だとはいえ、そのために彼女を避ける、という行動を取るとは思えない。太陽ならば、むしろ、彼女を助けるために動くのではないか。
そこまで思考した所で、
「――姫」
太陽の呼び掛けで、意識が現実に戻る。
「ん、ああ、どうした太陽?」
「どうしたはこっちだ。ずっと反応がなかったぞ」
「すまない。ちょっと考えことに集中していて、気を廻していなかった」
「じゃあこれは知らないな。もう洋は出て行ったぞ」
「……気が付かなかった」
見れば本当に、洋の姿は教室内にない。
「集中していたとはいえ、外に出て行く人に気が付かないとは……駄目だな、俺」
「ま、気が緩んだんだろ。でも」
太陽は表情を引き締め、一姫の肩を叩く。
「ここから、気は抜けねえぞ。覚悟しろ」
「覚悟って……何をだ?」
「言っただろ? 他にやることがあるって」
その言葉に、一姫は思わず眼を丸くする。
「……あれは事実だったのか」
「事実?」
「いや、こっちの話だ。それより、やるべきことって何だ?」
「うん? まだ判っていなかったのか?」
太陽は不思議そうな顔をするが、一姫は逆に呆れた様な顔をする。
「お前の考えは何でも俺なら判っているはず、なんて思うなよ」
「そっか。判らないなら……うん。ここで口にする訳にはいかないから……」
太陽は廊下側の扉を指差す。
「とりあえず、外に出ようか。姫が先に出てくれ」
「……判った」
太陽の言葉に頷いて、一姫はトイレと断り、自然に教室外へと出る。そして廊下の角からこっそりと教室を見ていると、おおよそ一分くらい後に、太陽が走り出てくる。彼は一姫の姿を確認すると速度を少し緩めつつも追い越して行く。一姫はその後ろを黙って付いて行く。
「なあ、太陽。何処へ行こうとしているんだ?」
「ん、まあ、ちょっとね」
曖昧な返答をし、太陽は大幅に速度を緩め、ついには歩き始めた。
「おいおい。そんなゆっくりでいいのか?」
「別に急がなくてもいいんだ。走ったのは『やっぱり未来の傍に行きたい』と嘘を言って出て来たからだしな」
太陽がこれから何をするつもりなのか、一姫には分からなくなっていた。
「さて、早速説明するけど、何をするかってのは、まあ、簡単な話だ」
太陽は歩みを止めずに語り始める。
「これから、犯人――エゴイストを捕まえに行く」
「エゴイストを? ……どういうことだ?」
「今が一番のチャンスだからだよ」
「チャンス?」
「考えてみろよ。今までとは違って、犯人側がこちら側の人物を殺すんだぞ。そうならば必ず、代表者であるエゴイストも動くだろうさ」
「そうかもしれないが……しかし、その確証は薄い上に、何処にいるかは判らないだろう?」
「判らない? 本当に?」
「……え?」
「おいおい、姫よ。ならばオレは、何処へ向かっているんだよ?」
「それは、さっきから俺が質問していることだ。……いや待て、まさか……」
呆れ顔だった一姫の瞳孔が、みるみる開かれていく。
「お前、判っているのか? エゴイストが何処にいるのか。そして――誰なのか」
「ああ。それだけじゃない」
太陽は力強く言い放つ。
「オレは、この事件の全貌を既に掴んでいる」
思わず、一姫は足と息を止める。
「……本当か?」
「何だよ、その反応」
ちょうど階段を登り始めようという所で、苦笑しながら太陽も歩みを止める。
「そうだ、って言っているじゃねえか。ここで嘘を言う必然性が何処にあんだよ」
嘘だ、と一姫は思った。事件の全貌を掴んでおり、犯人まで判っているのなら、一刻も早く解決して未来をきちんとした救命措置を受けさせようとするだろう。
しかし、太陽はそれを行わない。
ならば、行わないのではなく、行えないのではないのか。
そう一姫がそう訝しんでいると、
「なあ、姫。正直な話、一年二組の中にいる犯人って誰だと思う?」
突然、太陽はそう問い掛けてくる。しかもその質問は、答えようがないものであった。
「……難しいことを訊ねるな、お前は。俺が答えられると思うのか?」
「いいや。情報量が圧倒的に足らないからな。答えられる訳がない」
情報量が足りない。つまり、太陽は一姫に隠していることがあるということだ。
「言っておくが、別に隠していた訳じゃないぞ。ただ、言う機会がなかっただけだ」
「それはいい。おいおい説明してくれるんだろう?」
「勿論だ。まあ、お前に訊いたのは、オレが言ったこと信じていないっぽかったからさ。核心的な部分から言ってやろうと思ったんだよ」
「……そうか」
先程から太陽の言葉は、一姫の心の声を的確に返している。そのため、この事件の全容だけではなく、一姫をも見透かしているのではと、少々不安な気持ちになりながら耳を傾ける。
「まあ、直接的に言っても信じられないだろうから、犯人が判るように情報を与えるから、当ててくれ。正解かどうかは、オレとお前の辿り着いたものが同じならば判るだろうさ」
「分かった。じゃあ情報をくれ」
「一つ。――今まで見つけた、犯人だった奴のことについて」
人差し指を廻しながら。太陽は口を動かす。
「兵頭豊。河野奈央。有田太一。小島茂。この四人だけだな」
「誰一人として知らない名前だ。しかも二人増えているし」
「まあ、そこはあまり重要じゃないから飛ばしてくれ」
「分かった。で、それの何処が、一年二組の犯人に繋がるんだ?」
「まあ待てよ。情報はまだあるって。次は、そいつらの部活動についてだ」
太陽は中指も立てる。
「順番に言うと――茶道部、帰宅部、文学部、テニス部」
「ヒントにならないだろう。文科系、体育系すらバラバラじゃないか」
「ヒントなんか出すつもりはない。ただ、情報を伝えているだけだ」
「確かにそうだが……」
「次、諸々の情報」
太陽は構わず続ける。
「兵頭豊は大人しい性格でいじめられていたらしい。河野奈央は高飛車で他の女子から嫌われていた。有田太一は河野奈央を殺害した犯人で、素は媚び得るような喋り方。小島茂は口にした言葉から、人を見下すという経験をしたことがないらしい。むしろ、ずっと見下されていた、というような口調だった」
「……ちょっと待て」
一姫が手で太陽を制止する。
「それはあまりにも……重要なことじゃないか?」
「お前がそう思うのなら、そうなんだろう? オレは余計なことは言わないぞ」
「……」
一姫の思考は、ある一人の人物に辿り着く。しかし、それ故に新たな疑問が生まれる。
「もういいな」
太陽が手を一つ叩いて、一姫の思考を強制的に停止させる。
「とりあえず、犯人は判ったな」
「……ああ。確かにあれだけ情報を与えられれば、誰だって判る。だが……」
「うん。その反応で言いたいことは十分判る」
「いいや、言わせろ。お前はどうして」
一姫は表情と口調を険しくし、太陽に問う。
「どうして、あいつを――」
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