第20話 合流
教室を出た直後。
「……何でお前らいるんだよ?」
三年五組の皆が鍵を締めた音を確認した太陽は、前方と後方の扉の間の壁部分になって死角になっている所に存在している二人の男に向かって、思い切り眉を顰めて、そう小声で訊く。
「上手いこと言ったなあ。流石太陽だな。すげえよ」
「あればっかりは俺にも真似できないよ。笑顔ってのが出来ないからな」
「姫はまだしも……武まで」
「俺は一姫の奴を探しに外に出て、な。ついさっき見つけたんだよ、こいつ」
「俺はお前を探しに来たんだよ、太陽」
一姫の指が、太陽の額を小突く。
「やっぱここにいたか。姉の所にいるとは思ったよ」
「見事な推理だな。だが、外れだ」
太陽は傍らに横たわる河野を一瞥する。血に加えて、先程までなかった吐瀉物が混じっていた。武が大声を上げなかったのは一姫の指示だろうか。もしくは「物音を立てると殺される」などと脅されていたのかもしれない。
「オレは、こいつを暴きに来たんだ。イレギュラーで死なせちまったが」
「イレギュラー?」
武が死体から視線を逸らしながら訊ねる。
「こいつを捕らえた途端、仮面の男が現れてな。あっさりと連れ去られた揚句、このざまだ」
「お前にしては珍しいな。お前なら、後から入ってきた奴でも、何とかして捕まえることが出来ただろうに」
「何人かを犠牲にすれば、な」
一姫が太陽の言葉を代弁する。
「ああ。あいつは頭がひどく良かった。一姫、お前よりもかもしれん」
「一姫よりも頭がいい……想像つかないな」
「俺が頭いい悪い云々は置いておくが、とりあえず、ここから離れようか」
一姫は前方を指す。武はぶんぶんと首を縦に振り、太陽は一つ頷いて、一姫の後を歩き出す。
「そういやお前ら、何で教室のすぐ外にいたんだ?」
道中、太陽が二人に訊ねる。
「あんな場所に待機している必要はねえだろ?」
「うーん……質問は俺にしないでくれ。俺は一姫と合流してから、ずっとこいつの指示に従っていただけなんだから」
「俺に押し付けるか。まあ、その通りだが」
一姫は短く息を吐く。
「お前の動向が気になっていたんだよ。締め切られていて音がほとんど漏れなかったからな。あの位置じゃないと中の会話が聞こえないんだよ」
「ん? 中の会話が大して聞こえなかったのに、どうしてここにオレがいるって判ったんだ?」
「推理したんだよ。自分の姉の所に行ったのではないか、って」
「論拠は?」
「ない。だから色々と他の場所も見回った。図書室、購買、三年三組、そして三年五組だな。当てずっぽうだったから、えらい時間が掛かった」
「それは運が良かったな。もうちょっと早くここまで辿り着いていたら、銃を二挺持った相手に遭遇していたかもしれないしな」
「マジで? 銃? こ、こええな……」
「まあ、この武の反応を見れば判るが、俺達はそいつと遭遇していない。加えて、ここまで誰とも遭遇していない。……そういえば武、俺と会うまでに何かあったか?」
「いいや。だからお前がすぐに見つかったんだよ。人がいそうな気配を探していたからな」
「お前は本当に運がいいよな。少しでもオレに分けてほしいよ」
「……俺はお前に女運を分けてほしいけどな」
「馬鹿言うな。そういうのはウチの姉貴に言えよ武。あの人はモテるぞ。俺と違って」
「……」
「ん? 何だよ?」
「……いや、何でもない。あ、それより」
きょろきょろと周囲を見回して、武が一姫に尋ねる。
「俺達、どこに向かってるんだ? こっち教室じゃないだろ?」
「放送室」
「え?」
「聞こえなかったか? 放送室だ」
抑揚なくそう答えて、一姫は後方に視線を合わせないまま、先頭を進む。
「ちょっと待て!」
武が足を止めて抗議する。
「放送室には犯人がいるじゃねえか! 殺されるって!」
「だからこそ行くんだよ」
一姫は振り向かずに背中から言葉を飛ばす。
「そろそろこの硬直状況にも飽きてきてな。現状打破をしようと思っていた所だったんだ。そこに仮面の男の存在――さっきの死体は口振りから犯人グループの一人だろうけど、犯人側の人間を処刑する者が現れた。つまりは、犯人グループの頭……ではないにしろ、ある程度この事件の黒幕に近い人間である可能性が高い」
「言うなれば、総犯人、ってことだな」
「新語だな。その言葉は俺の辞書にはないぞ、太陽」
そこで一姫はようやく振り向くが、呆れた様な顔を見せると、すぐにまた前方に顔を向ける。
「しかし、俺達のように自由に校内を動ける人間は少ない。そうすると、生徒の中にそいつがいるとは考えにくい。だから放送室に行くんだ」
「いやいや。その理屈は俺には判らんぞ。どうして自由に動けないと駄目なんだ?」
「それは……ああ、この場合は逆説の方が判り易いな。武。どうして仮面の奴は教室の外に出ることができたと思う?」
「そんなの、最初から外にいるからに決まっているじゃん」
「さっき話しただろ? 犯人は生徒の中にいるかもしれないって。だから、今は生徒の中に混じっている可能性が非常に高いんだよ」
そこまで話しているのか、と太陽は少しだけ眉を潜める。しかし一姫なら、自分のクラスに犯人が潜んでいるということを悟らせないように説明したのだろうが。そんな心配を余所に、武は感心したような声を上げる。
「あー、じゃあトイレとかじゃね? もしくは、俺達みたいに犯人探しだとか……あ、あと逃げ出した奴を探しに行くとかあるな。ん? そう考えると逃げ出す、ってのもあるな」
「最後のを除いての話になるが、それならば、どうしてお前は誰とも遭っていないんだ?」
「そっか。見てもいないってのはおかしいよな。逃げ出す奴ならともかく、他の奴ならひょんなことで見るかもしれないしな。トイレだったら長い時間、外出できないし」
「で、最後の、逃げ出した奴が犯人だという理由ならば、動きやすいと思わないか?」
「成程。逃げだした奴は何処かに隠れていて、そこからは誰の眼も気にせずに自由に動けるな」
「まあ、逃げ出すのはリスクが高いから、その可能性はないとは思うけれどな。しかし、これで判っただろ?」
「ああ。自由に動けないと駄目なんじゃなくて、自由に動けなければ、そこにいるのがおかしい、ってことなんだな。成程、逆説じゃなきゃ説明できないな」
「そういうことだ」
一姫はそう言うと、歩を一つ進める。
「いやいやちょっと待てよ!」
「……何だ、武。まだ言いたいことがあるのか?」
「あるある大あり。だから何で放送室に行くんだよ! そこを説明しろよ!」
「仮面の男は教室にいない可能性が高いってのは理解しただろ? で、隠れる場所として考えられるのが放送室になる」
「そっちの意味じゃない!」
「……武?」
あまりに必死な声の武に、一姫は心配そうに声を飛ばして歩を止める。
「何で俺らがやらなくちゃいけないんだよ……こんな危ないことを……」
「武……」
「だってそうだろ? 俺達はあと一人死んだら、みんなが死んじまうんだ。それなのに何で、こんなに命を張る必要があるんだよ?」
「正論だな。至極正論。真っ向に反論できない」
投げやりな言葉だが淡々とした口調で、一姫が片手を挙げる。
「お前が言っていることは何ら間違っていないし、そう考えるのが普通だし、こうして外出している俺達に眉間の皺を寄せているのも知っている」
「なら、大人しくしていてくれよ」
「それは出来ないな」
一姫は挙げていた片手を小さく振る。
「何でだよ! 理由があるなら言えよ!」
「理由」
「……っ! あのなあ、そういうへ理屈を――」
「理由」
一姫は同じ言葉を繰り返し、もう一度片手を振る。するとその指先がある方向に向けられていることに武は気が付く。
「ん? 何で武はオレを見るんだ?」
「……理由」
「何だお前ら。その言葉しか言えない呪いでも掛かったのか?」
指先で示された人物――太陽が首を傾げる。
「成程。太陽が原因ってことか」
「実際、俺の手で止められない事態が二、三回起きているからな。だからそういうことは太陽に言ってくれ」
「オレに振るなよ。ってか、ここで話の内容を理解していないお馬鹿になってもいいが、残念、オレは既にお前らが言わんとしていることが判っているから、どう返せばいいやら困るんだけど……まあ、本音を返すか」
そう長い前置きをしておいて、太陽は堂々と答える。
「嫌だ。オレ達がやらなくて、誰が現状打破するんだよ」
「やっぱそうくるか。俺にも説得出来る気がしねえな」
「そうだろう? ……と言いたい所だが、まあ、結局は俺も『嫌だ』と答えるんだけどな」
「うわ、この人、太陽の所為にしたよ。そして他人に押し付けたふりをして悪人ぶっているよ。えっと……こういうのなんて言うんだっけな」
「偽悪者だな。姫には正義の炎が滾っているんだよ」
「違う。勝手に人を正義扱いにするな」
そう言って肩を竦める一姫。太陽達に背中を向けたままなので、照れているのかが二人には判らなかった。
「正義、か……」
武が少し落ち込んだ声を出す。
「……俺も最初は正義の血が滾っていたんだけどな。偽善だったけど」
「あれはお前が無知だっただけだ。気にするな」
「そうそう。お前だけ、あの中で彼氏・彼女がいなかったのに助けようと思ったのは、実は凄く偉いことなんだぞ。友達と恋人を同列に置けるんだからな」
「……凹ませる気満々だな、おい」
武は乾いた笑い声を発する。だが、二人のこの言動は、きちんと考えた上で冗談めいた風に言っているのだと武は判っていた。
「そうだ。無知な武にもう一つ」
太陽が拳を掌に打ち付ける。
「放送室は危ないって言っていたけど、今は安全だから安心しろ」
「……何だと?」
武に向けた言葉だったのだが、一姫が振り向く。彼は眉を少し吊り上げ、驚きを示していた。
「太陽。どうしてそう言えるんだ?」
「お前も無知か。――なんて、冗談。つーか、情報不足なだけだから無知とは違うな」
「そんなことはどうでもいい。どういうことだ?」
「放送室に踏み込んだ先駆者がいたんだよ」
「誰だ?」
「葉良先輩」
「……マネージャーか」
「まあ、嘘をついている可能性もなきにしもあらずだが……とりあえず、放送室前の状態を見れば判るでしょ。あの人、放送室前のトラップを破壊したって言ってたし」
「半端じゃないな、あの人」
一姫が完全に後ろを向いたと同時に、武が首を捻る。
「あのさ、そのマネージャーってのが誰だか知らないけどさ、その人が放送室に乗り込んだってことは……」
「ああ。そこにあの仮面の男は隠れていないってことだよな。そんなこと、姫が放送室に行くって言った時から気が付いていたぞ」
何を今更、と太陽が首を振る。
「だから黙っていたんだよ。安全っぽいからな。でなければお前を教室に返しているさ」
「……そうか」
その言葉に、武は重く言葉を落とす。
「俺は……役立たずってことか?」
「んー、役立たずって言うか、安全策だな」
「安全策? 文章繋がってないぞ?」
「説明してやるって。お前が言う通り、オレ達は勝手に外に出て勝手に危ないことをしようとしているんだ。で、お前は勝手じゃないだろ? だから、危ない目には遭わせないように気を付けている。現に姫だって、人のいない方向へと選択して目的地に先導して向かっているしな」
そう言われて武はハッとする。一姫と合流してから今まで、一姫が全て指示を出し、今と同じように先頭を進んでいた。加えて、太陽が自分の少し後方を歩いていたことにも気が付く。
「俺は、お前らに守ってもらっていたのか……?」
「守ってるんじゃなくて、お前の注意が足りなかっただけだって。だから姫だってほとんど前を向きっ放しだっただろ?」
「ずっと前向いていたのって、そういう理由だったのか……」
「何だ気が付いていなかったのか? ――ってのは冗談だ。つーか、そこまで頭が回る方がおかしいけどな。お前も知っている通り、オレ達はおかしいからな。色々と」
太陽が軽く笑い飛ばす。
「そもそもオレは男を守るなんてことはしねえ。女ならともかくな」
「女性好きみたいなキャラ作ってんじゃねえよ。お前、五島一筋じゃねえか」
「……」
武に言われ、太陽は笑みを張り付けたまま硬直する。
「……ばればれ?」
「ああ。因みに、二人仲良く外に出て行ってから、教室中の話題がそれだった」
「ちくしょう。ってかお前ら、あの去り際の言葉を聞いていなかったのかよ」
「ああ。上手く逸らした」
「てめえ……プリンセスキャロル」
「新キャラにするな」
一姫は軽く鼻を鳴らす。
「お前にとってのプリンセスは、五島だろ?」
「う……うるさいな」
「にやにや」
「口で言うなら笑えよ畜生!」
最悪だと何度も口にして、太陽はずかずかと一姫を追い越して先へと歩いて行く。
「おら、行くぞ。武」
「あ、でも……」
「キャロルは放っておけ。もう知らん」
「本当に知らない名だぞ、それ」
「それに――お前は役立たずじゃねえよ」
今度は太陽が片手を挙げ、武の方をちらと見ながら、にやりと口元を歪める。
「これから、多分だけど、これからお前のスキルを十二分に発揮してもらうぜ」
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