第26話 推理
午後四時。
「というわけで、太陽と五島はハネムーンに行ってくるので、再び順番通りに睡眠に入ろうか」
「ちょっと待て!」
「ああ、女子は食事直後だから寝なくてもいいぞ。気になる人は誰か代わってもらえ。人数は変えるなよ」
「オレの話を聞け! つーか真面目な顔でそう言われると本当みたいじゃないか!」
「大差ないだろ?」
「大差あるわ!」
二人のやり取りに、教室内は笑い声で包まれる。
「あー、もう! 行こう、未来」
「はい」
「くっそ……覚えていろよ、このプリンセス・プリンセスが!」
捨てゼリフを吐いて、太陽は教室を後にする。未来もその後を付いて行く。
そこからしばらくは黙って二人は歩いたが、万が一扉が開いていても教室に声が届かない所まで移動すると、太陽は頬を緩める。
「案外あっさりと、外に出られたな」
「ええ。一姫君が雰囲気を軽くしてくれたからでしょうね」
「反対意見なんか言わせないような雰囲気、だな」
ですね、と未来は頷くと、
「そういえば、太陽君。私達、何処に向かっているのでしょうか?」
「あれ? あいつ言ってなかったの?」
「ええ。『五島なら絶対に反対する場所なんだが、太陽と共に行ってくれないか?』としか言われていませんから」
「それでよくオッケー出したね。……まあ、危ない場所、だね」
「危ない?」
「なあ、未来。犯人がいそうな場所って、何処だと思う?」
歩きながら、未来は人差し指を頬に当てる。
「そうですね……やはり、脱落直後のクラスでしょうか?」
「うん。一番可能性がある。というか、確実だろうね」
「しかし、放送がありませんから、脱落クラスは出ていないのでしょう。さらに、放送がない内に教室外へと出ていることから、それは違うのですね?」
「ああ。移動している途中で放送があったらそっちに行こうと思うが」
「放送室は行ってきたのですよね?」
「放送室の外で武を待っている時が長かったけど、人影すらなかったからな。あそこにはいないだろうし、もう犯人達は寄りもしないのだろうさ」
「それならば……一つしか考えられません」
階段を降りながら、未来は言う。
「生贄を処刑する場所――体育館ですね」
「その通り」
体育館。
十時に生贄が送られる場所。
そして――全クラスの生贄がきちんと来ているかを確認される場所。
「あそこなら二人以上いる可能性が非常に高い。つーか、そこくらいしか思いつかん」
「確かにそうですね。しかし、相当危険ですよ」
未来は険しい顔で首を振る。
「私は付いて来てはいますが、そこに行くのは賛成しません」
「んー、じゃあ相手が二人までなら、特攻するってのでどう?」
「数の問題ではありません」
ぴしゃりと未来は否定する。
「恐らく、体育館前で待ち構えている犯人達は銃火器の類を持ち合わせているでしょう。太陽君一人では二人でも無茶です」
「……一人じゃないさ」
足を止め、太陽は未来に笑い掛ける。
「未来がいる。オレは一人じゃない。二人だ」
「……それは物理的な話です。実際、私は運動神経が良い方ではないですし、その……」
未来はそこで言い澱む。
「私……足手惑いですから……」
「未来が足手惑い? 誰がそんなこと言った?」
「いえ……ですが皆さん、そう思っているはずです。行った所で、犯人側に対抗できない、と」
「そりゃ肉体的な話だろ? 流石にそれは否定しないさ。未来は女の子なんだから」
「久ちゃんは?」
「あいつも一応女だ。あいつが単純な力でオレに勝てることはないよ。人類は性別で不平等だからな。筋肉とかで」
だが、と太陽はこめかみに人差し指を当てる。
「頭脳は男女平等。その点で足手惑いではないぞ、未来は」
「私が、ですか……?」
「うん。一姫も認める程だからな。オレもそう思うけど」
「……私は愚か者ですよ」
「そうやって自分を卑下しない。そうやられると、オレの命が危ない」
「何故ですか?」
「未来の頭脳を当てにしているからだよ。……いや、さっきから頭脳頭脳って言っているけど、違うな。頭がいいことも言えるけど、何より未来は、状況判断力に優れている」
「状況判断力、ですか……」
「ああ。例えばさっきのマネージャーの事件の時とかな」
「そのことについては、一姫君にも指摘されました」
周囲に人気のない一階の階段下で、足を止めたまま二人は会話を続ける。
「そっか。じゃあ敢えて言う必要はないな。オレは未来を、姫の奴よりも信頼している。未来はオレの心配もしてくれるからな」
「それは一姫君も同じだと思いますよ?」
「あいつはオレが出来ることと出来ないことの境界線を知り尽くしているからな。それは多少の無理も含めているから、ちょっと危ないんだよな。ま、それでもなんか出来ちゃうから文句は言えないんだけどさ」
「そうですか。ならばこれからは私も太陽君の境界線を考慮します。――では、早速、作戦です。太陽君には飛んでくる銃弾を口に咥えてもらいます」
「了解……って、ええ?」
「冗談ですよ」
未来は、くすくすと笑い声を零す。
「ありがとうございます。太陽君の言葉を聞いて、私、少し自信が持てるようになりました。期待に応えられるよう、全力で状況判断します」
「おう。任せた」
快活に笑い返し、未来も微笑みを見せる。
やがて、二人同時に頬を朱に染める。
「そ、そういえばさ」
場の雰囲気に早く音を上げた太陽は、未来に問い掛ける。
「色々廻っていて思ったんだけどさ、どうして、オレらのクラスだけ先生がいたと思う?」
「え? その言い方ですと、もしかして他のクラスには最初から先生がいなかったのですか?」
「ああ。他のクラス……とはいっても、三年五組とマネージャーのいるクラスの二つしか聞いていないけど、多分この学校に先生はもういないっぽい。外からちょっと教室内を見た限りでも、一回も見ていないからさ。因みに、用務員や事務員などの人々の姿も見当たらなかったよ」
「そうなのですか」
未来は一つ首を縦に動かすと、その首をそのまま傾げる。
「しかし、そのことで以前、ある推察を立てましたよね? ――犯人グループは先生達ではないのか、と」
「ああ。兵頭は先生の命令でやっていたのではないかと思っていた。だけど、三年五組の犯人だった、河野という女子とのやり取りで、それは間違いだと判った」
「どうしてですか?」
「河野が、助けに来た仮面の男に向かって『何処のクラス?』って言ったんだ。つまりこれって【何処のクラスに所属しているのか】ってことだよね。まあ、【何処のクラスを担当しているのか】という意味かもしれないから断定はできないんだけど」
「その言葉なら、先生よりも生徒の可能性の方が高いですね」
「それにあいつは、あまり言葉の裏を言いそうにない奴だった。プライドは高そうだったけどな。一回心折ったけど、優位に立つとすぐに元に戻ったし、ああいう奴は嫌われるんだろうね」
「ええ。嫌われていたのではないでしょうか。女子のいじめは陰湿ですから、そういうプライドの高い人はいじめられていても、表面に出していなかったかもしれません。そうなると、周りも気が付かないかもしれませんね。もしかしたら、そういうストレスから犯行を行ったということも考えられます」
「え、そうなの? じゃあ未来は大丈夫? あ、プライドが高いっていうことじゃないけど、でもいじめられていても隠しそうだから、その……いじめられていない?」
「ええ。私は勿論、一年二組内にいじめはないですよ。女子のいじめは久ちゃんが断罪しますから、他クラスから一年二組へのいじめもないようです」
「断罪って、話し合い?」
「いいえ。あらゆる情報を使っての脅しです」
「暴力よりたちが悪いな」
太陽はそう一笑した後、すぐに真剣な表情になる。
「なあ、犯人側に先生がいないと考えた場合なんだが、オレらだけ先生がいて、しかもクラスの内の一人扱いされているってことについて、どう思う?」
「どうって言われましても……理不尽ですよね。不謹慎かもしれませんが、みなさんのクラスの先生は、最初の爆発で無くなっているのに、欠けた扱いされていないのですから」
「それの何処が理不尽なんだ?」
「え……?」
眼を丸くする未来に、太陽は「だってさ」と人差し指を廻す。
「答えにくい質問だけど、オレらのクラスで死んでもいい人物って、千田くらいじゃん?」
「本当に答えにくいですね」
未来は苦笑する。
「しかし……私達のクラスの中で誰か、と言われれば、私も千田先生と答えると思います」
「だな。で、あいつが死んで一人欠けたことで、オレらはある得をするだろうという話になったんだが、覚えているか?」
「ええ。犯人側の、ランダムによるクラスの選別から漏れる可能性が高い、ということですね?」
「そう、それだ。あと、早くクラスが纏まったということもある」
つまり、と太陽は廻していた人差し指を止める。
「オレ達は、知らず知らずの内に、安全を手に入れていたんだ」
「で、でも、危険な目にも遭いましたよね? 教室を襲撃されたり」
「だが、結局は助かっている」
太陽は顎に手を当て、問い掛ける。
「果たしてそれは、偶然、だったのか?」
「まさか……計算だったの言うのですか、それも?」
「ああ。そう考えると――千田を、一年二組のメンバー扱いにして殺した理由が判るよな?」
「はい。一年二組を……犯人側から守るため、ですね」
「うん」
「そして……もう一つ、考えられます」
未来はぐっと唇を結んだ後、神妙な顔で言葉を紡ぎ出す。
「エゴイストは一年二組の中にいる、ってことですね?」
「まだ推測の域を出ないがな。エゴイストかどうかも判らないし」
「ですね。エゴイストではなく、犯人の一人かもしれませんし」
「だが、犯人側のその何者かは、一年二組に精通していることは確かだ。もっとも無駄な人物を排除し、生き残る可能性を高くした」
「……でも、おかしいですね。どうしてその人は、少し危険が伴う方法を行ったのでしょうか?」
「直接、一年二組は入れるな、って言えば良かったってことか? それは無理だろう」
太陽は人差し指と中指を立てる。
「考えられる理由は二つ。一つは、その者が下っ端で、直接的にそういう意見を言えない立場だった。苦肉の策ってことだな。もう一つは……ちょっとこれは考えにくいんだが……」
「考えにくい、ですか?」
「ああ。二つ目は――犯人グループもこの人物のことを知らない、ってことだ」
「知らない、ですか? そんなことがあるんでしょうか?」
「ある。……っていうか、もう大丈夫だよ」
太陽は微笑する。
「聞き上手過ぎて気持ち良く話しちゃったよ。でも、未来ももう判っているんじゃないのか? だからさっき、一年二組にいるのがエゴイストじゃないのか、って言ったんだろ?」
「……確認したかったんです。他意はなかったのです。申し訳ありません」
頭を下げる未来に、太陽は「いいよ。気にしないで」と手を振る。
「まあ、結論ありきで言うけどさ。オレは――後者だと思っているんだよね。考えにくいとは言ったけど」
「ええ。私もそう思っています」
未来も同意の声を挙げる。
「前者の場合は、そんなことをするくらいなら、太陽君と一姫君に全てを話し、協力を仰いだ方が助かります。二人の頼もしさ、そして――恐ろしさを知っているのですから」
「別に犯人はクラスが脱落しても死なないしな。積極的にグループに属している奴だったらクラスを犯人側から守るようなことをしないだろうし、脅されているならオレ達に相談、って来るよな。自意識過剰かもしれないけど」
「いえ。私も、同じことを考えています。皆さんも同じでしょう」
「まあ、もし賭け事とかしているなら言えないだろうけどな。それだったらぶっ殺すから」
「賭け事、ですか……それは私も考えました」
「ん?」
「この事件の裏の目的ですよ」
裏。
「犯人の目的は生徒数を三分の一にすることですよね? どうして三分の一なんでしょうか?」
「その理由は、オレ達を賭けの駒にしたギャンブルだと、未来は考えているのか?」
「その可能性もあります」
どのクラスが生き残るかを三分の一で当てるギャンブル。
当たったら大金。外れたら、該当クラス全員を殺す。
「……それはないな」
二つの意味で、太陽はそう口にした。
「賭けならば尚更、オレ達を味方につけた方がいいじゃないか。その賭けの部分を隠してな。それに、クラスが生き残らないと勝てないのに、一人を積極的に減らすなんて、怪しまれて対策されるに決まっている。賭けならば尚更な」
「あ、そうですね」
未来は手を叩いて納得したように頷く。
「では、やはり……一年二組にいるのは下の方の人間ではないということになりますが」
「そういうこったな。で、オレも君も、クラスにいるのはエゴイストではないかと推測した」
「はい。太陽君が先程述べた、エゴイストは姿を見せていない、ということも同じ意見です」
「じゃあその理由を、敢えて言ってくれる?」
「判りました」
一つ頷くと、未来は解説を始める。
「まず、私達のクラスを遠回りに守る、という行為を犯人は行いました。そこから、犯人は私達のクラスに何らかの思い入れがある……一番考えられるのは、自分がそのクラスの中にいるからではないのか、と思いつきました」
「うん。個人じゃなくてクラスに思い入れがあるということだね」
太陽は首肯する。
「もし誰か個人を守りたいのならば、そいつを登校させなければいいのだから」
「その事項からも、クラス単位で守る必要があったと考えられます」
しかし、と未来は息を短く吐く。
「遠回りな手段を取らなくても、直接命令によって一年二組を守れば良かったはずです。それをしなかった理由は、主に二つあると思います」
「一つ目は?」
「単純に、上に立つ者であっても、そういう命令を下せなかった、ということがあると思います。ただ一つのクラスを守れ、なんて言えば、内部から瓦壊し、統率が取れなくなります。だから、遠回りな守り方をしたのだと思います」
「だな。で、二つ目は?」
「エゴイストは犯人グループにすら姿を見せていなかったから、ということです」
「根拠は?」
「これは逆説的に考えました。エゴイストが姿を見せていないと仮定すると、当然、自分の姿を見せたくないから見せていないのですよね? つまり、ある程度も特定されたくないわけです。そこに、一年二組、という情報を与えてしまうようなことを避け――いいえ、むしろ遠ざけると思います。それならば、犠牲者を出し危険に晒すことで、まさかその中にエゴイストがいるとは思わないだろう、と考えさせることをしたのです」
「うん。オレもそう思う。……ま、実際はどうか判らんけどな。全部オレらの推測に基づいた話だし」
「そうですね。脱落クラスを選ぶのがランダムであるとは、まだ決まった話ではないですしね」
「そうそう。――さて、じゃあ、この話はとりあえずここで終わりにしようか」
不意に太陽は壁に手を突こうと左手を伸ばす。と、ちょうどそこには防犯ベルがあり、彼の左手は丸い球体部に触れる。
「あ、そうだ」
何か思い付いたかのように、太陽は突然、その防犯ベルの扉を開ける。その中には、通常通りに消火器があり、そして――
「……やっぱ、こういうとこにあんのか。すぐに殺し合いが出来るように」
半透明のビニール袋に包まれた、黒い物体を掴み出す。
「これで二つ目、ですね」
「ああ。あんまり持っていたくないものだけどな」
消火器の傍に置いてあったその拳銃は、以前、兵頭から入手したものとは違い、一回り大きなものだった。
「これは、未来には重すぎる上にでかすぎるな」
「では、太陽君が持っていて下さい」
「そうするよ」
頷き、拳銃を懐に入れる。
「……」
そこで、太陽がピタリと動きを止める。
「どうしました?」
「……すっかり忘れていたよ、駄目だな、オレ」
「何を忘れていたのですか?」
「なあ、未来、ちょっと頼みごとがある」
そう言いながら、唐突に太陽は上着を脱ぐ。
「え、あ、た、太陽君?」
「さあ、未来」
戸惑う彼女に、太陽は真剣な顔でお願いをする。
「上着、脱いでくれない?」
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