第38話 エゴイストの愉悦
◆ 体育館 五島 未来
『午後十時ニナッタ。コンバンハ生贄ノ皆サン。皆サンニハコレカラ――私達ノ手伝イヲシテモラウ」
体育館に響く声。しかしその声は、途中からスピーカーからではなく、
「皆サン、始メマシテ。私ガコノ事件ノ、代表者デス」
入口からとある人物の手に持ったマイクから発せられた。
その人物は今までの仮面のものと、少し様子が違った。
一番の特色は、仮面の色。
今までの白ではなく――黒。
それだけで彼が特別な人物であることは容易に想像がつく。
彼、というのは制服から恐らくは男性だと判別したからである。男子制服を着た女子かもしれないが、放送と同じくボイスチェンジャーを使っているようで、声で性別は判別出来ない。身長が低めでであるのも、判別を難しくしている要因であるが、未来は彼を男性であると決めつけることにした。
「ど、どういうことなのさ!」
少年の一人が震えた声を放つ。
「僕達は生贄としてここに連れられたのに、君を手伝えってどういうこと?」
「オ、君ハ死ニタイノカネ。ナラバ私ガ殺シテモヨイノダガ」
そう言うと黒仮面は懐から銃を取り出し、少年に向ける。
「そ、そんなことはない。文句は言いません」
「ヨロシイ」
だが銃口は下げず、黒仮面は歩みをはじめ、やがて壇上へ登壇すると両手を広げて告げる。
「ソレニ、既ニ判ッテイル人モイルダロウガ、コノゲームノ犯人ハ私ダケデハナイ。アル程度ノ人数ガ関ワッテイル」
「ゲームだと! ふざけ――」
「ソコノ君。言葉尻ヲイチイチトラエテイチャモン付ケナイデホシイネ。殺スヨ」
パン、と一発、黒仮面は銃口を上に向けて引き金を絞る。
その行為により、体育館に集まった人々は恐怖心で身体を固くする。もう、ここにいる人々は小さな反論すらしないだろう。
「ヨロシイ」
仮面が張り付いているために表情は変わっていないが、その下ではきっと笑っているに違いない。未来はそう感じ、表情を厳しくさせた。
「サテ、話ヲ続ケヨウ。マア簡潔ニ言ウト――」
黒仮面が指を鳴らす。すると、舞台袖から体育館前にいた人と同じ仮面の者が、段ボール箱を二つ抱えて運び、黒仮面の前に置く。
「君達ニハ――人ヲ殺シテモラウ」
黒仮面はそう告げながら、その内の一つを下へと蹴り飛ばす。金属がぶつかる鈍い音が響かせながら、ちょうど体育館にいる人々の数と同程度の黒い物体が、箱の中から散らばる。
人々はそれを見て、唖然とする。
「け、拳銃……ほ、本物……」
「ソウダ。ソレヲ使ッテ、人ヲ殺シテクレ」
「人を……殺す……」
「具体的ニハ、ソウ――」
黒仮面は見渡すような仕草をして、次のように告げる。
「君達ハソレゾレ――クラスメイトヲ全員殺シテモラウ」
「なっ……」
多くの者が絶句し、言葉を失う。
「サア、手ニ取レ。君達ニハ、ソノ選択肢シカ残ッテイナイ」
そう言って黒仮面は、足元にあったもう一つの段ボール箱も蹴り落とす。
その中身は――白い仮面。
「コノ仮面ヲ被レバ、君達ガ生キテイルコトハ隠スコトガ出来る。ダカラ、コノ事件ガ終ワッテモ、君達ノヤッタコトハバレナイ。生贄トシテ、テロリスト達ニ監禁サレテイタ、トデモ言エバ大丈夫ダロウ」
「そ、そう言われて、僕達がクラスメイトを殺すと思うのか……?」
「殺スサ」
きっぱりと、黒仮面は断言する。
「何セ君達ハクラスメイト達ニ一度、殺サレテイルノダカラ」
「……一度殺されているとは、どういうことですか?」
そこで未来が口を開く。黒仮面の者は彼女を一瞥すると「……怪我人デスカ……マア、イイデショウ」と小さく呟いてから応える。
「君達ハ、死ンダ。殺サレタ。私達ニデハナク、クラスノ人々ニ」
「それは……生贄に私達を選んだ、ということでしょうか?」
「ソウダ。君達ガ生キ残レルナンテ、残サレタ人々ハ思ッテイナイダロウ。ソレナノニ、君達ヲココニ送ッタ。死ヌト判ッテイルノニ。ツマリ、君達ヲ殺シタモ同然ダ」
「そんなのは詭弁です。私は自ら志願してここに来ました」
「君ノ場合ハ恐ラクダガ、怪我ヲシタカラ、ダロウ? 先程カラ腹部ヲ苦シソウニ抑エテイル所カラ、命ニ関ワルモノダト推測スルガ……違ウカナ?」
「……」
「沈黙ハ肯定ダナ」
ふ、と息を漏らす音が聞こえる。確実に黒仮面は笑った。
「ソレ故ニ立候補シタノダロウ。ソウデナイノナラバ、立候補シタカイ?」
「……」
「二度目ノ沈黙ハ否定ダナ」
「……しましたよ」
未来は首を大きく振って、静かな声で睨みつける。
「それでも、私は立候補しました。そして私は、決してクラスの皆さんを恨まないです」
「ソレハ結構ナコトダナ。ダケド――」
黒仮面は口元に手を寄せる。
「君以外ノ人達ハ、ソウハ思ワナイミタイダケレド?」
その言葉と同時に、未来の横を、先程まで黒仮面と対話していた男子生徒が、拳銃や仮面が落ちている場所まで足を進めた。
「ぼ、僕は……やる!」
震えた声で、拳銃と仮面を手に取る。
「ぼ、僕は、あいつらに死ねと言われたんだ。あいつらは自分が死にたくないから、僕を殺したんだ! ならば、殺してもいいだろう? 僕も殺されたんだ。殺されて当然だ!」
「落ち着いて下さい。人殺しはいけません。そうなるとエゴイストの思い通りですよ」
「き、君に判るもんか!」
少年は怒声を放ち、仮面を付ける。
「本来なら僕達は毒ガスで死んでいるんだ! クラスメイトに殺されているんだ! 僕達はどうしてここにいる? いらないからだ! クラスで一番いらない人だからだ! 生きたいのに、無理矢理ここに来させられた! こんなにも怖い思いをした! ならば――あいつらにも同じ目に遭わせるのが当然だ! 必然だ! なあ、そうだろ!」
「――そうだ!」
未来は信じられないという表情で振り返る。見れば、そこにいた人々全員、負の感情を顔に張り付けて前方に向かっていた。
「俺達は生きてもいいはずだ!」
一人。
「私達は殺されそうになったのよ!」
また一人。
「殺そうとしたクラスの奴らに、。裁きの鉄槌を!」
生贄に選ばれた人達は拳銃を手に取り、仮面を身に付けていく。
やがて、未来以外の全員の顔に仮面が張り付いた。
「オヤ? 君ハ付ケナイノカ?」
黒仮面が未来に問う。未来は険しい表情で、黒仮面を睨み返す。
「私は……絶対に仮面を付けません。クラスの人々を殺したりしません。拒否します」
「従ワナクテハ殺ス、ト言ッテモカ?」
「ええ。私の意思は変わりません」
「……ソウカ」
黒仮面は首を小さく振り、
「ナラバ仕方ガナイ」
流れるような動作で、壇上から未来に銃口を向ける。
「死ニカケノヨウダシ、ココデ死ンデモラオウカ」
「……貴方が私を殺しますか。エゴイストさん」
未来は不敵に微笑む。
「……何ガ可笑シイ?」
「貴方が私を殺せば、この人達も眼を醒ますでしょう。目の前で人が死ねば、流石に人を殺す恐怖を理解するでしょうから」
「……」
「それに私を殺せば、貴方に反旗を翻す人もいるでしょう。簡単に人を殺すことが出来る人がすぐ傍にいるのですから。怖くて貴方を撃ってしまうかもしれませんよ」
生贄だった人々を揺さぶる言葉。それを口にすることで動揺を誘ったのだが、周りの人々がその言葉に反応をしたかどうかは、表情がないから判らない。もしかすると、未来の論理が判っていないのかもしれない。
だが黒仮面は、未来の言葉の意味をきちんと理解したようで、
「フム、成程。ドウヤラ、私ガ君ヲ殺ス訳ニハイカナイヨウダ」
黒仮面は両の掌を上に向け、未来に背を向ける。
「マア、私ガオ手本デ殺スノモアリカナト思ッタガ、コチラノ方ガ良イナ」
「こちらの方?」
「――サテ、仮面ヲ着用シタ君達。最初ノ仕事ダ」
背を向けたまま、黒仮面は告げる。
「――全員デソコノ女生徒ヲ銃殺セヨ」
「……そちらで来ましたか」
未来は極めて冷静に嘆息する。
「おおよそ、貴方の考えは、人を殺すことを経験させた方が良い、そして、みんなで同時に殺害させることで、罪の意識を低くさせる、ということですね?」
「ソコマデ判ッテイルノハ、サスガダナ」
黒仮面の後頭部が揺れ動く。
「ヤハリ危険ダカラ、君ヲ消シテオイタ方ガ計画ニ狂イガ生ジナイダロウ」
黒仮面は指を鳴らす。
「サヨウナラ」
その言葉と同時に、仮面を被った生贄達が持つ銃が、一斉に一人に向けられた。
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