第37話 エゴイストの目的

◆ 九条 太陽・一姫 剛志



「まあ、落ち着け。オレには考えがあるんだよ」


 一姫の非難の言葉を受けた太陽は鼻を鳴らす。


「考え? あいつをあそこに置く理由があるのか?」

「十分に。というか、あいつをあそこに置くために、そうしたんだよ」

「……理由が判らない」

「じゃあ、説明するか。……と、その前に、また質問」


 太陽は人差し指を再び回す。


「犯人の目的は何でしょうか?」

「何を今更。散々話しただろう」


 呆れた様子の一姫。


「この学校の人数を三分の一にすることだって」

「何で三分の一だと思う?」

「それは知らない。気分だったりしたんじゃないのか?」

「そう。そんな風にしか答えられない。――ところがどっこい!」


 太陽は強くそう言って、人差し指の回転を止める。


「オレはある事実から、犯人の真の目的が判った」

「ある事実?」

「そう。ある事実」


 繰り返し、強調する。


「実はオレ――体育館の中を調査済みだったりするんだよな」


「……何だと?」


 一姫の知らない、重大な事実。


「体育館の中って、お前……そんなことまでしていたのか? それは流石に危険過ぎるぞ」

「ちょっと暇になったんでな。思い切ってやってみた。で、結論から言おう」


 太陽は得意げに告げる。


「なかったんだよ」

「何がだ?」



「体育館には、



「……ちょっと待て」


 一姫は額を抑えて首を横に振る。


「装置がない、だと……それなら色々と事情が変わってくるぞ」


 教室で一姫が話した通り、毒ガスはきちんとした設備がないと二度は使えない。さらに体育館ほどの大きな室内にガスを充満させるためには、ビン一つ程度の量では到底足りないため、大量に吐き出すための装置が必要となる。だが、太陽はそれがないと言う。


「というかさ。その前にちょっと考えてみろよ。そもそも、体育館に集めた生贄を毒ガスによって殺す、ってことは有り得ないだろうが」

「有り得ない? 何故だ?」

「本当に判らないのかよ」


 太陽は再び歩みを始める。慌てて後を付いて行きながら一姫は問う。


「何処が有り得ないのか、さっぱり判らないぞ」

「何で判らないんだよ。またお前、生贄に立候補したんだろ?」

「……どうしてそれを?」


 それが話題になっていた時には、太陽は戻って来ていなかった。そして、太陽が戻ってからは、誰もその話題を口にしていないはずである。


「やっぱりそうか」


 太陽は苦笑いを浮かべる。どうやら鎌を掛けたらしい。


「どうせお前、生贄になっても生き残る方法があると、最初の時と同じことを嘯いたんだろ?」

「まあ、そうだが……あれはただ、みんなに俺の生贄を納得させるための嘘だ」

「嘘、か」


 太陽は眉間に皺を寄せて問い掛ける。


「お前、どうして嘘なんかにしたんだ?」

「……言葉がおかしくないか? 言うならば、嘘をついたんだ、じゃないのか?」

「いや、合っているぞ。――なあ、一姫」


 そこで太陽は、一姫の脚部を指差す。


「どうして――という方法を言わなかったんだ?」


「窓……だって?」


 一姫は眼を見開き、視線を落とす。


「……盲点だった」


 そんな一姫に対して、太陽は「他にもあるぞ」と続ける。


「体育館を充満させるほどの毒ガスなんて量的に有り得ないだろ。しかも体育館は上に広い。二階に行けばある程度は安心出来るし、壇上に昇る程度でも大丈夫になるだろうさ」

「……確かに。最初からおかしい話だな、それは。体育館ではなく、どこかの教室を使えばいいだけの話だからな」


 額を抑えて、一姫は嘆く。


「しかしそうなると、何故、体育館で毒ガスを用いて殺すなんて犯人は言ったのだろうか?」

「そんなの、決まっているだろう」


 太陽は前を向いたまま、手をひらひらと振って答える。



「生贄を――【】ためだ」



「は?」


 生贄は選ばれた者を殺害し、残った者に死の恐怖を与え、生徒同士の殺し合いを促進させるために行わせるものである。それなのに【いかす】と太陽は答えた。

 犯人側は、人を殺したくないとでも言うのだろうか?

 ――違う。

 人質が生きていると判れば、死の恐怖を与えられない。そうなれば生徒同士の殺し合いを促すことはできない。つまり犯人側は、嫌でも生贄を殺さなくてはいけない。しかし、生贄を殺さないために毒ガスで殺すと嘘をつく。

 一件矛盾していることのように思える、この二つ。

 だが――その二つが結びつく答えが、一つだけある。


「さて、ここでもう一回訊くぜ」


 太陽は振り向き、口端を上げる。


「犯人の目的は何でしょうか?」


「……ようやく判った。その質問はそういうことだったのか」


 一姫は得心がいったというように頷く。


「つまり……生贄をあらゆる意味で『いかす』ために、毒ガスを撒くと嘘を言っていたのだな?」


「生存の【】と――活用する方の【】だな」


「そして残り三分の一までにするって数は……【午後十時までに終わらないであろう数】か」


「そうだ。もう判ったみたいだな。エゴイストの目的が」


 ああ、と首を縦に動かし、一姫は答える。



「エゴイストの目的は、三分の二どころか――、ってことか」

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