第27話 邂逅
数分後。
体育館に続く廊下の角で、太陽と未来は声を潜めながら様子を窺っていた。
扉の前には、仮面の者が一人。拳銃を手に持ち、辺りを警戒している。
「一人ならいけるか?」
「私が引きつけたその隙に太陽君が上から……というのなら可能ですが、どうでしょう?」
「流石に天井は走れねえな。――じゃあ、これを使ってならどうだ?」
そう言って太陽が取りだしたのは、仮面。
「これを使って近づいて、一気に制圧しようと思うんだけど、いいかな?」
「大丈夫だとは思いますが……無理しないで下さいね。一人とは限らないので」
「それを言うなら、油断するな、だろ?」
笑いながら仮面を付ける。太陽は無表情になる。
「じゃあ、いってくる」
「気を付けてください」
太陽は首を一つ縦に動かして、ゆっくりと歩みを始める。
向かいにいる犯人はこちらの姿に気が付く。だが、仮面の者は警戒を弱めも強めもしない。銃口は向いているが、威嚇するような様子は見せてこない。
そのままどんどんと距離を詰め、そして目の前まで来た所で――
「え? もう交替の時間ですか?」
「――!」
その声を聞いた瞬間に、太陽は身を硬直させた。
聞き覚えのある特徴的な声色。無理矢理変えていたのだと思っていたが、地声だったようだ。
三年五組に乱入した仮面の男と目の前の仮面の者は、間違いなく同一人物である――はずだ。
だが、あまりにも口調が変わり過ぎている。威圧感のある丁寧語から、下っ端が使う敬語に変わっている。
その違いに戸惑っていると、
「どうしたのですか? 君って、僕の代わりの人ですよね?」
「……ああ、すまん。ちょっと考えごとしてな。二時過ぎてから全然動きがないな、って」
声色を変え太陽は応える。仮面の男は疑うような素振りを見せず、話題に乗る。
「そうですね。その前には所々で動きがあったのですけれど……僕のクラスはすぐに脱落したんですけれどね」
「あれ? あんた、脱落クラスの生徒だったんだ」
「そうですよ。貴方もそうじゃないんですか?」
「いや、オレもそうだ。三年三組のな。つーわけで最初に脱落。みんな殺して役目終了」
「僕の場合は、いきなり上級生の女の人が襲って来て……」
「ああ、あれか。よく助かったな」
「たまたまトイレに行っていたんですよ。運が良かったです」
「それは危なかったな。……ということはお前、誰も殺していないのか? 脱落したのに」
「いえ。僕以外のクラスメイトは、上級生の女の人がみんな殺してしまったので、僕は殺してはいません。でも、その代わりに、リーダーから直接指示をいただき、別の人物を殺しました」
――リーダーから指示をもらった?
「あんた――エゴイストにあったのか?」
「エゴイスト?」
「……ああ、リーダーのことだ。世間では今、こう言われているらしい」
「そうなんですか。まあ、不定ですからね。――彼は」
「彼? エゴイストは男だったのか?」
「恐らくですがね」
何故か誇らしげに、彼は語る。
「声は小さくとも低めでしたから。女性には出せないでしょう」
「ってことはあれか? 指示を受けた時に姿は見ていないのか?」
「できませんでしたよ。威圧感が凄かったので……振り向いたら殺すぞ、と言われました。あれは本当に殺されそうな……」
身震いをする仮面の男。
「しかし、あれですね。やはりリーダー……エゴイスト、でしたっけ。このようなことを計画するだけあって、状況を見渡せているというか……」
「で、どんな指示だったんだ?」
「はい。三年五組の様子を見るように、そして、そこを担当している女子生徒――河野奈央さんが捕まっていたら、処理するようにと言われました」
「へえ。実際どうだったんだ?」
「河野奈央さんは捕まっていました。ですが、それだけではないのです」
声を弾ませて、彼は語る。
「リーダーの言う通り、彼女の傍には男の子がいて、両手で拳銃を抱えながら言われた通りの台詞と行動を行ったら、その人は抵抗しなかったんですよ」
「……へえ。それはすごいな」
冷静に他人事のようにそう返す太陽だが、仮面の下では驚きで眼を見開いていた。
あの行動と言動は、全てエゴイストが命令していたということ。つまり、その場で判断したのではなく、太陽の行動を予想した上での命令。
有り得ない、と太陽は強くそう思った。
そして、同時に気が付く。
エゴイストは、太陽のことを良く知っている人物。
つまりは――太陽が知っている人物だということ。
「……やっぱり、一年二組にいるのか……エゴイスト……」
「え、そうなんですか? って、いやいや!」
仮面の者は首を強く横に振る。
「それは駄目ですよ。探ったりなんかしたら、どんな目に遭うか……」
「あんたは疑問に思わないのか? どうしてエゴイストは姿を見せないのか」
「それは思いますけれど……でも、仕方がないんじゃないんですか? 彼は姿を見せないことで、その存在感を強めていると思いますよ」
「指示以外に、エゴイストが何をしたよ? 信用出来るのか? むしろオレは疑ったぜ。オレ達に作業をやらせて、自分は安全圏に逃げている、ってな」
「色々とやってくれたじゃないですか! 銃や仮面、爆弾などの資金提供と入手経路指示、テレビ局へ向けたメッセージビデオの作成など!」
「あれ? そうだったっけ?」
「そうですよ。そこまでしてくれたからこそ、僕達は彼について何も聞かない、何も知ろうとしないってことになったじゃないですか。忘れたんですか?」
「いや、すまん。でも……ちょっとこうして人を殺してみると、な」
「その気持ちは判ります。……でも、仕方がないでしょう。皆で決めたんですから。自分のクラスが二人欠けたら、きちんと躊躇なく従おう、って」
仕方がない、と先程から仮面の者はそう言い続けている。その言葉の度に、太陽は仮面の下で表情を歪ませる。そんなことには全く気が付いていない様子で、彼は「それに」と続ける。
「従わなかったら、懲罰委員に殺されますよ。仕方がないです」
懲罰委員。聞き覚えのない言葉だが太陽は敢えてその意味を訊かない。
「……あれ? 懲罰委員って、クラス被った奴から選ばれてたっけ?」
「そうじゃないですか。あなたのクラス、三年三組でもいるじゃないですか」
「いやさ、選ばれているのは知っていたけど、姿を全然見ないからさ。他の役割に当てられたかと思ったんだよ」
「他の役割なんかありませんよ」
「あるじゃん。放送する人」
「ああ、そうでしたね。でもそれは最初に決まっていたじゃないですか。誰だかは把握していないですけれど」
「だから当日変更とかあったかもしれないと思ってさ。うん、勘違いならいいんだ」
各クラスには担当者は一人。それに反旗を翻す人がいれば、殺される。つまり、犯人側もある意味脅されているということなのだ。
「それに、今は僕もあなたも懲罰委員じゃないですか」
「は?」
「とぼけないで下さいよ。サボるつもりだったんですか」
くすくすと笑い声を零す。
「クラスの人達を殺して、はい、おしまいじゃないですよ。だから僕だって河野奈央さんを殺害したんですよ。懲罰委員としてね」
「でも、それはエゴイストに言われたからやったんじゃないのかよ」
「そうですけれど、でも、こちら側に不利益なことになりそうなことは処分する。それが懲罰委員です。指示されたとはいえ、これは懲罰委員の仕事なんですよ」
「ああ、そういう扱いになってたのか」
「そうですよ」
全く、と短く息を吐くと、仮面の男は一つ手をつく。
「ああ、そういえば一つ、あなたに訊きたいことがありました」
「何だ?」
「あなたは一体――誰なんですか?」
突然、仮面の男は太陽の顔に銃口を向けてきた。
「いきなり何だよ。三年三組の担当者だって言っただろ?」
「では、名前を言って下さい。僕は全員の名前を知っていますから。ただの確認ですよ」
「疑わしいってか。用心深いな」
「ええ。あなたは忘れ過ぎ……いえ、知らな過ぎです。本当にその仮面の下には、僕の知っている名前の人物の顔があるのか、疑うのは当然です」
「仕方ないな」
一息ついて、太陽は、
「オレは兵頭豊だ」
本物の三年三組の担当者の名前を口にする。それを聞いて、
「……兵頭さんでしたか。確かに、知っている名前ですね」
「だろ? これで疑いは――」
「ええ。残念です」
仮面の者は引き金を絞った。
銃声が、体育館前の廊下に轟く。
至近距離からの攻撃だったが、それを太陽は間一髪で避けていた。かといって、彼は撃ってくると予測していた訳ではなく、弾丸が放たれる直前まで自分の正体はバレていないと思っていた。太陽が弾丸を避けられたのは、単なる反射神経。仮面の者の人差し指が動いたのを感じて、身体を右に逸らしたのだ。本能によって助かっただけ。
しかしその際に、顔の横を弾丸が掠めたため仮面が破片を撒き散らしながら外れ、その素顔を晒してしまった。
「おやおや。九条太陽君ではないですか」
銃口を太陽に向けたまま、しかしその引き金を絞らず、仮面の者は語り掛ける。
「……どうして撃った? 兵頭は知っている名前だったんだろう?」
「はい。あなたが何処でその名前を知ったかは知りませんが、兵頭豊という人物は、確かに僕が知っている、三年三組の生徒の名前です」
「ふん、それはそうだろうさ。実際に本人を見ているんだからな。だから判んねえんだよ。どうして撃たれたか」
「簡単な話ですよ。兵頭さんは午前中に殺されているはずなのです」
「……あ、そうだった」
自分で言ったことなのに、すっかりと忘れていた。
仮面の者は「さらに言うと」と得意そうな声で告げる。
「兵頭さんは三年三組の生徒ですが――担当の生徒ではないんですよ」
「……成程。兵頭豊は担当者ではなく、懲罰委員だったということか」
「正解です」
「あいつがクラスの人達を殺していたから、てっきり担当者かと思ったぜ」
ふ、と太陽は不敵に微笑む。
「しっかし、色々と情報を引き出せたぜ。ありがとざんよ」
「いえいえ。どうせあなたは死ぬのですから、それくらいはどうぞ」
それに、と仮面の男も笑い声を零す。
「偽の情報も幾らか流していますから。万が一、ここから逃れても痛くないですしね。ま、その万が一も有り得ないんですけれどね」
「ふん。オレを嘗めんなよ」
太陽は強がるが、内心では相当焦っていた。何処で仮面の者が太陽の正体に気が付いたのかによって、相手に対する評価を変え、対応しなくてはいけない。考えられる上で最悪なのは、目の前の仮面の者が、三年五組の時のように賢い人物であるということ。そして、エゴイストに指示されたという件が、嘘だということ。そうなると目の前の男は、かなりの難敵となる。
「さあて、そろそろ無駄口も終わりにしましょうか」
仮面の男は懐からもう一つ銃を取り出して左手にも構え、二挺の拳銃を太陽に向ける。
「あなたも流石に疲れたでしょう。緊張して」
「いや。極めてリラックスしているぞ」
「いいえ。銃口を向けられて緊張しない人なんかいません。実際あの時――」
勝ち誇ったように、仮面の者は告げる。
「――三年五組の時も今と同様に、あなたは身動き一つ取れなかったじゃないですか」
「……そうか」
太陽は、にやりと口元を歪める。
「その言葉でようやく判断が付いたよ。ありがとう」
「はい?」
「お前は――【馬鹿な方】だったんだな」
その言葉と共に、太陽は左足を踏み込む。
瞬間的に仮面の男は右手の銃の引き金を絞る。
しかし、今度は予測していたため、銃弾は太陽に触れもしない。
間髪入れず、仮面の男は左手に持った拳銃から弾を放つが、それも太陽を捉える事ができず。さらに、左手が利き手ではなかったのか、撃った瞬間に拳銃を取り零す。
その隙を、太陽は見逃さない。
すかさず距離を詰めると、仮面の男の右手を蹴り飛ばし、拳銃を空に舞わせる。仮面の男がその拳銃の方に視線を向けた瞬間に、落ちている拳銃を素早い動作で拾い上げる。加えて、その前傾姿勢のまま、爪先で仮面の男の脛を打つ。鈍い悲鳴を上げて、仮面の男の姿勢が崩れる。
そしてそこから太陽は両手を地面に付け、全身のバネを使って、その下がった顎目掛けて、靴の裏で蹴り上げる。
結果、顎ではなく顔面に直撃して、仮面が宙を舞う。
仮面の男――その下には人畜無害そうな顔を潜めていた少年は、白眼を向き、口と鼻から血を噴き出しながら、床に後頭部を強かに打ち付けた。
「オレがあの時、一歩も動けなかったのはな。無関係な人を殺させないためだ。バーカ」
体育館前に血溜りを作って意識が明らかにない相手に向かって、太陽は舌を出した。
「しっかし……見覚えはあるけど、こいつのこと知らんな。一年六組らしいけど」
一瞥して、太陽は先程蹴飛ばした拳銃を拾い上げ、自分のポケットに入れる。次に、少し離れた所にある二挺目を拾う。
――その時。
「ほう。無関係な人を巻き込んだら、お前を無力化出来るんだな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます