第1話 【ゲーム】の始まり

◆ 一年二組  九条 太陽



「殺し合いだと? ふざけんな!」


 太陽は机に拳を叩きつける。


「オレ達が友達を殺せるって言うのかよ! 出来る訳ねえ!」


 彼の言うことは、このクラスの総意であった。人を殺せと命令されただけで殺すなど、誰がするものか。ここは戦場ではなく、日本のごく普通の私立高校である。殺し合いという単語ですら場違いなのである。だから非難の声も、そこら中から聞こえてくる。

 そんな中、スピーカーから再び音声が流れる。


『アー、分カッテイル。ソンナ殺シ合イナンテできマセントイウコトダロウ。確カニ正論ダ』


 ダガ、と声は告げる。


『コノ学園内デハソノヨウナ常識ハ通用シナクナル。窓ノ外ヲ見タマエ』


 一斉にクラスの人々は外を見ようと窓際に寄り、直後、皆は絶句する。窓の外には、大して広くもないごく平凡な校庭が広がっているのだが、その光景はいつもと違い、中央に何やら塊が存在していた。

 そして唐突に、誰かが消え入りそうなほどの小さな声で、次のように漏らした。


「せ、先生……」


 自分のクラスにいる先生に訊ねたように聞こえるが、その声を出したであろう少女の人指し指の伸びた先が外を向いていることから皆は理解し、同時に認識する。


 、と。


『アソコニイルノハ、ココノ教師達デアル。心配シナクトモ、生徒ハアノ中ニハ一人モイナイ。メインハ君達、生徒ナノダカラ』


「何をする気だ!」


 どこかの教室から、男子生徒が声を張り上げる。


『君達ハ殺シ合イナド、ソウスグニ始メルコトナド出来なイダロウ。ダカラ、キッカケヲ作ッテアゲヨウ。見タマエ』


 その言葉の終わりと同時だった。



 ――ズドン!



 眩い閃光と耳を劈くような鈍い爆音が、辺り一面に鳴り響いた。

 校庭は砂塵を撒き散らし、勢いの強い風によって教室中にまで侵入してくる。閉じている窓がミシミシと音を立てたが、しかし、彼らの耳は爆音によって一時的に麻痺しているので、その音を聞き取れたのは窓側から離れている者達くらいだった。やがて風も落ち着き始め、視界が開けてくる。そこで、太陽を始め、校内中の生徒が眼を疑った。


「ま、マジかよ……」


 校庭の真ん中に、大きなクレーターができていた。

 そして、その中心に積み重なっていた教師達は消失していた。


 いや、微かに――


 校庭のあちらこちらに、黒く色を染めた何か大きなモノが点在している。それが肉片であることは、誰もが容易に予想が付いただろう。


「う、うう……」


 男女問わず生徒の何人かが吐瀉物を床にぶちまける。無理もない。誰もが校庭から眼を逸らす程の酷さなのだから。


『コレデ分カッテクレタカナ。私ハ本気ダトイウコトガ』


 スピーカーから平坦な声が流れる。


『殺シ合イヲシナケレバ君達モコノヨウナ姿ニナル。逃ゲヨウトシテモ、同ジコトダ。モウ、君達ハコノ学校カラハ私ニ従ワナクテハ抜ケ出セナイコトヲ、ヨク自覚スルノダナ。ダカラ私ノ許可ナク勝手ニ教室カラ出ルナヨ。――


 女子生徒の甲高い悲鳴が校内で輪唱する。男子生徒は同じような怒号を復唱する。校内中でこの世で最も美しくないオーケストラが生まれる。


『ココデ早速ダガ、君達ガ生キ残ルタメニドウスレバイイノカ、ソレヲ説明シヨウ』


 声は全く動じた様子を表さずに、機械のように淡々と続ける。


『最初カラ言ッテイルヨウニ、君達ハ殺シ合イヲシテモラウ。但シ、ソレハ個人同士デ争ウ訳デハナイ』


「個人じゃ……ない……?」


 教室の隅で皆と距離を置いている少年が震えた声で訊ねる。その声が聞こえた訳ではないだろうが、声の主は『ソウダ』と返してくる。


『君達ハ同ジクラスノ友人ヲ殺害スル必要ハナイ。君達ガ戦ウノハ――クラス単位ダ』


「クラス、だって?」


 教室中がざわめき立つ。そして自然と、近い人が廊下に繋がる鍵を締める。それは何処の教室でも同じようで、鍵をいじる音が微かながら太陽達のクラスにも聞こえてきた。


『私ハ言ッタダロウ。君達ニハ三分ノ二程度、人数ヲ減ラシテモラウト。ソノ基準ヲドノヨウニ定メルカ、誰カ予想シタカ?』


 急にこんな事態になったのだから、当然の如く予想などしているわけではない。


『コノ学校ニハ一学年ニ、八クラスズツ、三学年デ、二十四クラスアル。ダカラ、生キ残ルコトガ出来ルクラス数ハ――八クラスダ』


「八クラス……」


 ほう、と溜め息をつく生徒がちらほらといた。


『コノ八クラスノ座ヲ、コレカラ争ッテモラう!』


 声はそこで少しだけ、語尾を上げて高揚しているような様子を見せる。だが、すぐに『――但し』と元の調子に戻り、


『クラスデ争ウノニ、一人デ逃ゲ出シタリスル者ガ現レルト、ルールガ狂ウ。ソウイウコトヲ絶対ニ起コサナイタメニ、アラカジメ、クラスノ脱落条件ノ一ツヲ伝エテオク。勿論、脱落シタラ該当クラス全員ハ――死、ダ』


 その言葉にまたもや悲鳴が上がる。


『ソノ条件トハ――【クラスノ内、誰カ二人、マタハソレ以上ガ欠ケル】トイウモノダ。ソノ欠ケル、トイウモノハ、当然、コノ校内カラノ逃亡モ含メル。モットモ、抜ケダス方法ナド、存在シナイケレドナ』


 二人が欠ければ、クラス全員が死ぬ。つまり、逃げ出せるとしても一人だけということ。


『ツイデダカラ他ノルールモ伝エテオコウ』


 そのスピーカーからの声に、皆は言葉を呑み込んでじっと聞く。


『一ツ。君達ニハ殺シ合イヲシテモラワナクテハナラナイ。ソノタメ、引キ籠ラレテハ困ルノデ、十二時間ゴトニ生贄ヲ捧ゲテモラウ』


 生贄。

 史実やゲームの中でしか聞いたことのない単語がスピーカーから流れ出る。


『生贄ニハ当然、死ガ待ッテイル。【毒ガス】トイウ、苦シイ方法デナ。ダガ、コノ生贄ハ、先程ノ【欠ケル】トイウ条件ニハ含マナイ。処刑ハ午前ト午後の十時チョウドニ行ウ。最初ノ生贄ハ、今日ノ午後十時ダナ』


 さすがに午前十時だとあと三十分もない。それは犯人側の意図に沿わないのだろう。


『処刑場所ハ【体育館】ダ。ソコニ予定時刻マデニ来ナイ場合ニハ、ソノクラスハ当然、脱落トスル。ツマリ必ズクラスノ中ノ誰カガ、十二時間ゴトニ死ンデイクコトニナル』


 もう嫌だ、という阿鼻叫喚があちらこちらであがる。それを予想していたのか声は告げる。


『嘆クコトハナイ。十二時間以内ニ八クラスダケガ生キ残レバ、クラスノ誰カガ死ヌコトハナイ。ルールデ言エバ、八クラスガソレゾレ六人殺スダケ、手ヲ汚スノガソレダケデ、助カルノダヨ。ソウ考エレバ、意外ト早ク終ワリソウジャナイカ』


 その言葉に、誰も頷く者はいなかった。


『二ツ』


 声は何事もなく続ける。


『ソレデモ、十二時間何モ起コラナイノハ効率ガ悪イ。ソノタメ、四時間ゴトニ死体ガ何一ツ出テイナイト私ガ判断シタ場合ハ、ランダムニ、二クラスヲ脱落トスル』


 ランダムに二つ。つまりは、じっと待機することも許されないということ。さらに追い込まれた状況になった訳だ。


『ルールハ、コレクライカナ。デハ――』


 声はそこで初めて、機械で継ぎ接ぎしたような言い方ではなく、きちんとこう言い放った。



『――【ゲーム】の始まりだ』

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