第24話 今後の方針

◆ 一年二組



 太陽と武が入口に着いた時には、既に一姫は久と話を付けて入室済みで、扉を開けて待っていた。


「つーわけで、ただいま、みんな」


 太陽が能天気そうに明るく声を張ると、教室の皆の反応はバラバラだった。安心したように息を短く吐く者、笑みを見せる者、近くの人と手を取り合って喜びを見せる者、呆れた様な表情を見せる者。様々だが、その誰もが、太陽達が無事に帰還してきて喜んでいるのは確かだった。


「……おかえりなさい」


 未来が優しく微笑む。太陽も、にかっと歯を見せて応える。


「ただいま。すまんかったね、心配掛けて」

「いえいえ。皆さんが帰って来ただけで、大満足ですよ」

「っていうか遅い! あたしと行動を別にしてから、何時間経ったと思っている!」

「えっと……何時間かな?」

「とぼけるな! 悠に――」


 と、久が怒り声を浴びせようとした所で、



『――皆サン、元気ニ殺シ合イシテイルネ』



 スピーカーから再び音声が流れる。そこから紡がれる内容に、太陽には一つ思い当たることがあった。

 それは、三年五組のこと。

 三年五組は、本当は一人しか死んでいないのだが、三山は偽りとはいえ死なせた、と認識させたため、二人とカウントされている可能性がある。複数の理由からそれはないと判断していた太陽だが、その読みが外れたかと焦燥感に駆られ、いつでも出られるように身構える。

 放送は、次の句を告げる。


『今ハ二時。始マッテカラ四時間ガ経過シタ。順調ニ殺シ合ッテイルネ』


「二時? もう、そんな時間だったのか……」


 時計を見て驚きを隠せない太陽。二時ということは、久と別れてから二時間近くも経過していたということである。時間の流れが判らなくなっていたとはいえ、まさかそんなに時間が経過していたとは思ってもいなかった。


「……そりゃ久も怒るわな」


 そんな太陽の呟きなど関係なく、放送は続く。


『ヨッテ、コノ時間デノランダムニヨルクラスノ脱落ハナイ。ソコデ、次ノ六時マデニ同ジペースデ殺シ合ッテモラウタメニ、今一度、脱落クラスト、人ガ欠ケタクラスヲ確認シヨウ』


 クラス一同は息を呑み、放送に耳を傾ける。


『マズハ脱落クラス。一年六組。三年三組――以上ノ二クラス』


 ここで太陽は、誰にも気が付かれないように小さく息を吐く。どうやら、三年五組は脱落クラスに入っていないらしい。とはいえ確定ではないため、最後まで気を緩めずに聞く。


『次ニ欠ケタ者ガイルクラス。一年二組。三年五組――以上。二年生ハ優秀ダネ。ソレトモ消極的ナノカナ? ソレナラ対処シナクテハイケナイケレドネ』


 声に抑揚はないが、放送の主は確実に笑っている、と太陽は感じていた。


『サテ、デハ再ビ、今マデノヨウニ順調ニ殺シ合ッテクレタマエ』


 ブツリ、と放送が切れる。どうやら、ただ二時になったことを知らせるためだけの定時放送だったようだ。

 終わった途端、教室の空気が重くなる。放送自体が心を削るものであるからという理由は勿論、加えて、自分達にリーチが掛かっていることを改めて伝えられたからである。


「ま、まあ、大丈夫だって」


 武がそう大声で切り出す。


「俺達は大丈夫。絶対に生き残れるって。さっきで証明したでしょ? 俺達のクラスを襲撃した奴ら、撃退できたじゃないか」

「……そういやさ、あのでかい音って何だったのさ? あたし、扉の近くにいたから、鼓膜破れそうだった」


 耳に人差し指を当てながら、久が訊ねる。


「ああ、それは」

「――それも含めて」


 一姫が、武の眼前に手を置いて言葉を遮り、


「これから少し、情報を整理しようと思っている。――太陽、久、五島」


 三人に声を投げる。


「俺の知らない部分が幾つかある。その部分も補足して、今までの情報を整理しよう」


 一姫に提案に三人は頷く。そして太陽達は扉の外を警戒しながら、今まであったことを全てクラスの人達に聞かせた。勿論、拳銃を所持していることや、この中に犯人グループの一人がいる可能性が高いということついては一切語らなかったし、悟らせもしなかった。


「お前ら……そんなことしていたのかよ……」


 武を始め、クラス全員が呆気に取られた表情をしている。それも無理はない。太陽達は犯人と二度交戦し、大量殺人犯を倒しているのだ。また、放送室や他クラスへの突入など、どこで誰が死んでいてもおかしくないことを行っている。


「流石に、今の話を聞いて大丈夫だとは言えなくなったぞ、俺……」

「うん、まあ、こういう無茶はもうしないと思う。多分」


 太陽が苦笑しながら答える。


「多分って何だよ?」

「いやさ、まだ一つやっていないことがあるんだよ」

「何?」

「犯人グループの、親玉を捕まえることだ」


 太陽の言葉に、一姫は「【エゴイスト】だな」と頷いて言葉を続ける。


「仮面の者はネットではそう呼ばれているらしい。そいつを捕まえなくては、いかに直接手を下している犯人グループの一員を捕まえていっても意味がない」

「その、エゴイストと呼ばれるリーダーが誰か、ということへの手掛かりはあるのですか?」


 その未来の質問に、太陽が手を叩く。


「ああ、その鍵は――武が握っている」

「お、俺?」


 突然振られ、戸惑いを見せる武。それに対し、久が首を捻る。


「何でこいつが鍵になるのさ……まさか、こいつがエゴイスト?」

「そういう理屈で言えば、お前もエゴイストになるぞ、久」

「え?」

「エゴイストへ繋がるためには、さっき放送室で武が割り出したことと、久、お前の技能が必要なんだ。なあ、武?」

「ああ、あれか。確かに五島ならできると言ったけど……」

「何だよ? あたしの技能って、パソコン関係か?」

「そうだ。お前、ハッキング出来るよな?」

「あたしを犯罪者にする気か、武。……まあ、できるかって言われれば、できるけれど」

「じゃあ、携帯電話の番号から持ち主を割り当てることはできるか?」

「無理だね」


 きっぱりと久はそう言った。その答えに武は眼を丸くする。


「何でだよ? お前のスキルならできるだろ?」

「お前、あたしの何を知っているんだよ。ストーカー?」

「ふざけている場合じゃねえよ。何でできないんだ?」

「ハッキング自体は可能だと思うけど、でもこんな計画を立てるくらいなんだ。そんなちゃちなもんで足が付くようなことはしないだろうさ」

「久の言うことはもっともだな」


 一姫は首肯する。


「つまり、現段階でエゴイストの特定は難しい、ってことだ」

「じゃあ……どうしろってんだよ?」


 武がそう絶望を表情に浮かべると、


「――それについては、二つある」


 すぐさま、一姫は人差し指と中指を立てる。


「一つは、このまま待機し続けること。もう一つは、犯人を捜しに行くこと。これが、今の俺達が取ることが出来る行動だ」


 さて、と一つ置いて、一姫は全員に訊ねる。


「どっちにするか?」

「犯人を捜しに行く!」


 太陽が誰よりも先にそう言う。一姫は「やはりな」と呆れた様子もなく続ける。


「後者に一票入った。後のみんなはどうする?」


 そこから意見が飛び交う。脱落したくないから待機を取る、という意見もあれば、このままじゃ埒が明かないからリスクを冒す必要があるのではないか、という提案もある。後者の意見には太陽が「捜しに行くとしてもは有志だけ、いなくても俺だけで行くから大丈夫」と後押しするような言葉を口にする。


 結果、意見は見事に同数真っ二つになった。後者の方が少なくなると予想されたのだが、太陽の言葉により現状を打破したいと思っていた者が票を投じ、均等となった。

 久が困惑顔で首を捻る。


「全員が意見を述べた。見事に同じ。多数決は無理……どうするよ?」

「全員ではありませんよ、久ちゃん」

「え?」

「一人だけ、意見を述べていない人がいます」


 少し翳りを見せ、未来は視線を一人に向ける。該当者は眉一つ動かさず、皆の視線を受ける。


「……そうか。姫君か」

「まあ、そうなるな」


 一姫は肩を竦める。


「言い出したのは俺だし、中立的立場を取り続けるつもりだったが……仕方がないな」


 ふうと一つ息を吐き出し、彼は答える。


「俺の意見は――後者だ」

「え……?」


 久を始め、多くの人が驚きの声を上げる。


「何を驚く必要がある。この状況で駄目なら、別の策を取らなくてはいけないだろう?」

「でも、姫君なら太陽の馬鹿を抑えるために待機を選ぶと思っていたよ」

「太陽は正しい。情報がまだ足らない。集めなくてはいけない。だから、俺は後者を選択する」

「……それならば」


 未来が、顔を下に向けながら声を挟む。


「それならば、一姫君、具体的には何をするのですか?」

「五島。それを聞く相手を間違っているぞ。俺は――」

「貴方に訊いているのです」


 口調は穏やかで静かなのだが、未来のその声は鋭さも感じさせた。


「……そうか」


 矛先を向けられている一姫は、言葉の鞘も持たずに真正面から受け止める。


「全て判った上で、俺に訊くんだな?」

「はい。そうです」

「なら答えよう。具体的に言うならば――」


 そう前置いて、一姫は次のように言葉を続ける。


「――


「なっ!」


 誰よりも先に驚きの声を上げたのは、太陽だった。


「お前、そんなことを考えていたのか!」

「それよりも、もっとひどいことを考えていた」


 無表情の一姫は、感情の籠っていない声で太陽に言う。


「お前を囮にして、犯人を誘い出そうとした」


 その言葉に一同は驚きを隠せない。囮にするということは、太陽の命を危険に晒すということ。それはさすがに拒否するだろうと、皆は思っていた――のだが、


「なんだ。そのくらいか」


 しかし当の太陽は、驚きではなく、呆れたというように視線を一姫に向けていた。


「そんなこと、判り切っているに決まってんだろ。というか、オレが外で色々したら、自然と犯人が出て来るだろ?」

「その見解は恐らく正解だ。……提案しておいて何だが、いいのか、それで?」

「自分でやるっつってんのに、いいのかも何もないだろうが」

「お前じゃない。初めに、俺に何をするのかを聞いてきた人に言っているんだ」


 一姫の視線は、太陽の奥の人物に向ける。


「……私に訊いて、どうするのですか?」


 未来は、暗い声で質問を返す。


「どうするも何も、反対しそうだったから、意見を訊いただけだ」

「反対しますよ。出来るなら……」


 でも、と首を振る未来。


「囮になる太陽君が認めているので、反対する理由が見つからないです。この教室自体を、私達を囮にする、ということであれば無理矢理難癖を付けて反対しましたが……本当に、本当に完璧なのですね、一姫君は」

「そこまで追い詰めようと思った訳ではないんだけどな。……成程。五島は全てを、俺に訊ねた時点で悟っていたんだな?」

「……」


 未来は、肯定も否定もしない。

 まあいい、と一姫は続ける。


「とりあえず、多数決では犯人を捜しに行くことに決定した訳だが……反対意見、あるか?」


 その問いに、声は返ってこない。無理もない。未来の理由が見つからないという言葉を聞いて、他の人は理由を考えることすら放棄しただろう。誰よりも太陽を危ない目に遭わせたくないと思っている未来が、反対できないのだから。

だが、その状況下でも一人、弱々しく手を挙げる。


「あの……」

「洋か。意見をどうぞ」

「いや、反対意見じゃないんだけど……いや、反対意見もあるんだけど……」


 洋は一所懸命に言葉を絞り出す。


「その……さっき、襲われたじゃない。あれがあること、僕はトイレで偶然聞いていたんだけど……それが、あの、さっき襲った人と同じとは限らない訳で……」

「つまり、太陽には残ってもらいたいと?」

「いやいや、それじゃあ犯人を捕まえられないってのは判っているんだよ。でも……さっきみたいなことがあったら……僕達、中で抑えているだけしかできなくて……」

「まあ、それは武が自動小銃を改造した爆発音装置があるから、大丈夫だろうけど……ふむ。じゃあ俺か太陽を必ず残そう。……待てよ?」


 一姫の眉が上がる。


「そういうことなら、俺はずっとここにいなくちゃいけないのか」

「うん。太陽君か一姫君のどちらかが教室にいるだけで、大分安心するよ」

「そうか。ならばそうするか」

「あ、あと……」


 納得に腕組みする一姫に、洋は腹部を押さえて、少し恥ずかしそうに言う。



「その……腹が減っては戦はできぬ、って言うじゃない? 三時って話だったけど……その前に、食事をしない?」

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