第2話 決意
「ふざけんなっ!」
太陽は怒りで震えていた。
ここまでの話を黙って聞いていたのは耳を傾けていた周りの邪魔をしないためであったが、放送が切れた今では、怒声をあらん限りの大きさで放っていた。
「何が【ゲーム】だ! クソ野郎! 出来る訳ねえじゃねえか! 他人を殺すとか!」
「太陽。気持ちは分かるが、少し落ち着け」
「落ち着けられるか! ホームルーム中に突然寝ちまって、起きたらこんな――」
「落ち着けと言っている」
太陽の肩を叩いた人物は、極めて冷静な声で彼を制止させる。その冷静さは周囲の空気をも冷却させるような錯覚を与え、太陽にも落ち着きを取り戻させる。
「……すまん。姫」
「姫言うな」
男子生徒――
「お前の言っていることは、みんなが言いたいことだ。代弁してくれるだけでも感謝している」
「んなこたねえよ。オレはオレの不満を口にしただけだ」
「それを口にするだけで、みんなの心も随分と楽になるんだよ。――という訳で」
手を二つ叩きながら声のボリュームを上げ、一姫は皆の注目を集める。
「みんな聞いてくれ。俺達は、今、協力しなくてはいけない。混乱しては駄目だ。落ち着こう」
異常事態であるのに、あっという間にクラスは静まる。それほど一姫への信頼が高いのだ。
そして一姫は一つ頷いて、皆に向かってある提案する。
「早速だが、落ち着くために、俺達はリーダーを定めるべきだ。そこで、俺は太陽を推薦する」
「オ、オレ?」
太陽は仰天する。
「オレよりも、頭が良くてみんなを導けられる姫のがいいじゃん」
「姫って言うな。俺ではみんなを引っ張っていくのには勢いが足りない。だからお前が適任だ」
「いや、でもさ……」
太陽が難色を示していると、
「はい。私も太陽君がいいと思います」
「だな。馬鹿太陽ならまだ盾に出来るからな」
女子二人が手を挙げてそう賛同する。
前者の大人しい印象を与える、さらりとした長髪の少女は、
後者の、活発そうなショートカットの女性は、
その後者に、太陽は噛みついた。
「うっせー。馬鹿とはなんだよ、久。おめーのが馬鹿だろうが」
「この状況で馬鹿という単語に反応するから、馬鹿って言ってんだよ」
「何だと……ってか、矛盾してねえか、それ」
「そ、そんなことよりもさ……これから、どうするの?」
そう弱々しい声を発する眼鏡を掛けた少年は、
彼は青ざめた顔で自らを指差す。
「あ、あと……生贄って……僕、だよね……」
「んー、その問題は後でな」
一姫が濁らせるが、洋は喰い下がる。
「で、でも……誰かがやらなきゃ……」
「それは後で考える。心配するな、洋。お前をいじめていた奴はクラスが違うからここにはいない。だから、お前を積極的に犠牲にさせようって奴はいないんだ」
「というか誰一人犠牲にさせねえから。洋に限らず」
太陽が、ニッと笑って胸を叩く。
「ほ、本当?」
「ああ。生贄のことだって……うん。姫が対策を立てるから」
「俺かよ。……まあ、努力はするけど」
頭を掻いて一つ息を落とすと、一姫は黒板の近くに立ってチョークを持つ。
「というわけで、リーダーがこいつでいい人、手を挙げて」
太陽と一姫以外、全員挙手。
「全員一致か。ま、訊くまでもなかったな。――さて、早速だが、状況を整理しよう」
「そうだな。まずは全員いるかどうか確かめるとするか」
「あっ!」
太陽が周囲を見回すと、すぐに洋が声を放った。
「おいおい。突然どうした、洋?」
「せ、
「何だって!」
太陽が怒号を上げながら、もう一度周囲を見回す。
「マジだ! 何処行きやがった!」
確かに、最初の段階では彼はいたはず。
だが、今この教室にいるのは生徒のみ。
担任の姿はどこにもなかった。
「あ、あそこ!」
女生徒の一人が窓の外を指差す。
驚くべきことに担任の教師は、脂汗を額に浮かべながら校庭の端を必死に走っていた。
「逃げやがった! あの野郎!」
太陽が怒号をあげる。すぐさま男子生徒も窓を開け、同様に罵声を浴びせる。太陽の叫びや他の生徒の罵声は聞こえているのだろうが、無視をして千田は鈍重に走り続ける。
「てめえ! 逃げてんじゃねえよ戻って来い!」
「しかし、これは巧妙なタイミングだな」
「なに感心してんだよ、姫!」
「逃げるタイミングとしては今がベストだ。じきにこの校内は戦場になるだろう。あの声に乗せられてね。だが、今はみんな戸惑いを見せているから、殺そうとする人物はいない。だから今は教室の外は安全だろう。ま、あいつがそこまで考えているとは思えないが」
「何でてめえは冷静なんだよ! あいつが逃げたら、オレ達に被害が来るんだぞ!」
「……太陽、こっち来い」
一姫は唇に手を当てて、太陽にだけ聞こえる声で囁く。太陽は素直に従って、廊下へと続く扉の近くへと足を運ぶ。皆は校庭に集中しているので、誰も気が付いていない。
「で、何だよ」
「……太陽。俺はこれから残酷なことを言うし、実行する」
一姫は一つ間を置いて、極めて真剣な声で問い掛ける。
「それでも――友達でいてくれるか?」
「それこそ何だよ。当たり前だろ」
「本気か?」
「ああ。何だよ、姫ちゃんはしつこいな」
「本気か?」
からかいにも反応せず、一姫の眼は恐ろしいほど真っ直ぐに太陽を見ていた。そこから彼の言うことが半端なものではないことを感じ取り、彼は真摯に言葉を返す。
「大丈夫。例えお前がオレを殺すと言っても、オレはお前の親友でいる」
「……そうか」
一姫は少しだけ表情を緩ませ、ほっとしたような顔を見せる。だがそれは一瞬だけで、すぐに表情を引き締め、次のように告げる。
「俺は、この状況から生き残ろうと思っている」
「そんなの当然だろ」
「ならば、お前に一つ訊ねる」
一つ間を置いて一姫は訊ねる。
「お前には――人を殺す覚悟があるか?」
「……どういう意味だ、それ?」
「俺には守りたい奴がいる」
一姫は語る。
「だから、このクラスを守るためには、知らない上級生のクラスの人間など、平気で犠牲に出来る。そして――あの最低な奴も見殺しにして、限界まで利用し尽くしてやる」
「お前の言いたいことは大体理解したよ。実は、それは……オレも同じなんだよ」
太陽は苦い顔で舌打ちをする。
「いきなりこんな状況になって、最初は怒りを感じけれど、次第に、この……あいつらの言う、『ゲーム』に生き残る方法を探している自分がいるんだ」
太陽はゆっくりと首を横に振る。
「オレは死にたくない。でも他の人を殺したくもない。……我儘だけれど、今のオレの心情だ。だから状況に合わないふざけた明るさと、訳の分からない怒りが混ざって、自分が定まらなくなっている」
「誰だってそうだ」
「……だからこそ」
地に響くような低い声で、太陽は呟く。
「オレは責任逃れのために、ある最低な策をお前に提案する。戦わず生き残り、傍からは『ゲーム』に参加していないように見せかけて、実質積極参加している、この卑怯な方法を」
「……流石、太陽だな」
一姫は短く息を吐く。
「俺も同じ結論に至った。だから俺が先程口にした、残酷なことを言うし、実行するということに繋がる」
一つ頷いて、一姫は告げる。
「だからこそ、俺は千田を――見逃したんだ」
「……は? 見逃した?」
太陽は眉を上げる。
「お前、千田が逃げるのを見ていたのか?」
「ああ」
「じゃあ、あいつが逃げたってのも、お前にとっては予想内だっっていうのか?」
「違う。それは予想外だ」
「なら、どうして止めないんだよ」
「千田一人だけだったからだ。このクラスの誰かを連れていったら止めていたし、追っていた」
「一人だけ?」
「予想内ではなかったが、まあ、あいつなら真っ先に逃げるだろうと思った。小心者で面倒から逃げる奴だったしな」
千田は人の顔色を窺って、自分の失敗を生徒に押し付けるような、最低な人間だった。もっとも、そのおかげでクラスはまとまりがあるものになったのだが。
ふと一姫が窓の方に視線を向ける。
「多分、そろそろだな」
「ん? 何がだ?」
「そろそろ俺達は戻れなくなる。残酷な策を取らざるを得なくなる。つまり」
一姫は言い放つ。
「千田が――死ぬ」
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