file3-3 相賀赫真は追手と談笑する
『私は王とか、そういうことはまだよく分からない。でも、ティコを助けたいという気持ちだけは間違いない。協力して欲しい、カクマ』
意志表示があった以上、
「真琥さん、あんたはレオルをどうしたいんだ」
「どうもこうもない。この子が命を狙われている以上、この子を王位につけて、フィエールを失脚させる。それ以外に手はないわ」
「ティコちゃんはどうする」
「分かってるわよ!」
真琥は妙に結論を急いでいるように見える。それほど頑なな人ではなかったように思うのだが。
「レオルを狙う人間に心当たりは」
「フィエールしかいないじゃない。何を言っているの?」
「なるほど、分かった。ミトラさん」
「はい?」
「真琥さんを抑えておいてください。暴れるようだったら寝かしつけてジジイのところへ」
「はい、分かりました」
「赫真? あんた何を!?」
赫真はミトラにそう指示を出すと、レオルの目線になるよう腰を下ろしてから声をかけた。
『レオル。お前は俺と一緒に行くぞ。ティコを助けに行くんだ』
『マコは?』
『安全な場所に。彼女は少し落ち着いた方がいい』
『そうだね、分かった』
少しだけ考えて、それでも素直に頷くレオルに内心ちょろいなと思いつつ。
『ではレオル、これから探偵の職業体験といこうか』
「赫真っ⁉」
スーツの上着に袖を通し、にやりと口許を歪めてみせた。
***
マンションから出た途端、突き刺さる視線。
それは赫真を一瞬だけ捉えたあと、すぐ横を歩く少年に向けられた。
視線はしばらく集中するが、赫真も少年も気にせず歩を進める。
そのまま車に乗ってエンジンをかけるが、動く様子はない。
『カクマ、そういえばどこへ行くんだ?』
『まずは情報を集めるんだ。何しろ俺はレオルの置かれている状況について、真琥さんから聞いたことくらいしか知らない』
『マコが嘘をついている、ということか?』
『そうとは限らないさ。だが、真琥さんの主観が入っている場合や、伝える情報を自分の都合に合わせて選んでいる可能性はある』
『よくわからない』
『んー。真琥さんも知らないうちに騙されている場合とかな』
『それは分かる』
車を発進させてしばらくすると、後ろから一台の車がついてくるのがバックミラーに映った。
「追ってきたかな」
当たり前だが、車の運転手に見覚えはない。
『どうするんだ?』
『どうもしないさ』
『?』
きょとんとするレオルに、だが赫真は確信を持って言った。
『少なくとも、追ってきている連中はお前の命を狙うつもりはない』
『そうなのか?』
『理由は考えつくだけで三つだ。まず、本当に狙っているならこの国に来る前に殺されている。次に、
『え、でもマコはフィエール様が』
『つまり、それが間違っているということさ』
赫真の言葉に、不機嫌そうな顔をするレオル。自分の信じる相手を貶されて気分が悪いのだろう。子どもらしいと言えばそれまでだが、王族としては少々問題があるか。
ともあれ、こういう時に向かう場所は限られる。
ひとまず到着したのは、焼肉屋『かなや』。困った時の駆け込み寺とでも言えば良いか。
「お、赫真。大虎殿が怒り狂って電話してきたぞ」
「悪いな、ヒロ。この子にいい肉食わせてやってくれ」
「ああ、構わないが。誰だこの子?」
「レオーテ王国の王子様」
「……は?」
目を丸くする寛人の顔など、いつぶりに見ただろうか。
レオルを店の中に入らせた赫真は、ちらりと後ろを見てからその後に続いた。
***
『美味しいな、カクマ! こんなにおいしい肉を食べたのは初めてだ!』
自分からは言わなかったが、随分と空腹だったのだろう。フォークを片手に、焼いた肉と米をかきこんでいる。
「美味いってさ」
「そ、そいつは良かった」
軽く顔色を悪くしている『かなや』の面々。
無邪気に肉を食べるレオルと赫真に、互いに顔を見合わせている。
「なあ、赫真ちゃん。その子は本当に?」
「うん。こないだ先祖返りに目覚めたってレオル王子」
「なんてこった」
今にも卒倒しそうな寛人の両親。
レオルはまだまだ無邪気に食べているが、そろそろ元々の目的を果たすべきだ。
「悪いけどヒロ、電話貸して」
「電話? 構わないが、誰に」
「ジジイ。どうせジジイから電話が乱発されるだろうから、電源切って事務所に置いてきたんだよね」
「あ、ああ。了解」
そろそろ怒りも治まっているだろう。
と、レオルがこちらを見て首をかしげていた。もう食べないのか、とでも言いたげだ。
視線で「いいから食べな」と示せば、嬉しそうな顔でトングを動かす。
少年の健啖ぶりに目を細めて見ていると、
『赫真ぁっ!』
「うるせえなジジイ。レオルが驚いたじゃないか」
大人が持ってきたスマートフォンから、怒声が響いてきた。まだ怒りは持続中だったか。
あまりの音量に、レオルが手を止めて電話を見ている。
「ヒロもわざわざスピーカーにするなよ。話は聞いたんだろ?」
『ああ。寛人くんには儂から頼んだ。金谷の者に聞いておいてもらった方が良いだろう』
「そうかい。で、そっちの結論は?」
『馬鹿娘が何を考えているかによるな。虎宮が抑えてくれなければ儂もあれの除名を決断しておったかもしれん』
一応、真琥は人虎なので所属は虎群会議のままだ。ティコが両親のどちらの素養を引き継いでいるかにもよるが、人虎としての素養が目覚めたとすると、レオーテ王国での王女としての立場は少々微妙になるのは否めない。
『真琥はどうしておる?』
「ミトラさんに任せた。レオルと離しておいたほうがいいと判断してね」
『だろうな。で、この後はどうするつもりだ』
「そろそろ事情を把握している側からコンタクトがあると思うんだよ。どっちの側かは知らないがね」
『ふむ、ならば任せる。くれぐれも王子を危険な目に合わせるんじゃないぞ』
「了解。爺さんはどうするんだ?」
『ミトラは途中で焦れて真琥をこちらに連れて来るじゃろうから、泣くまで説教コースかの』
「ああ」
ミトラと真琥は反りが合わない。極めて我の強く破天荒な真琥にはストレスが溜まるらしく、ミトラは兄姉の中で真琥だけは苦手にしているのだ。
父親嫌いである点は共通しているのだが。
通話を終える。レオルはまだ肉を食べる手を止めない。
「さて、そろそろかな」
「そろそろ?」
入口の方に視線をやれば、ちょうど誰かが入ってくるところだった。
「ああ、いたいた」
人の好さそうな顔の男だ。まだそれ程の年ではなさそうだが、こげ茶の髪に白いものが混じっている辺り、気苦労の深さが感じられる。
男は片手を挙げて、こちらにゆっくりと近づいてきた。
「
「相賀四席、久しぶり。レオル王子を保護してくれて感謝している」
「ああ、やっぱりそういう話になっているのか」
赫真は溜息をついた。ある意味でこちらが予想していた通りの事態だ。
そうなると、レオルを連れて来た真琥の立場は――
「真琥さんは誘拐犯って扱いか」
「そうなるね。頭が痛いよ。うちに虎群会議と折衝できる組織力なんかないって」
目の前の東眞亮二は、この国に住む獅子の人獣の互助組織、『獅子の結社』のエージェントだ。獅子の人獣はこの国には少ないため、レオーテ王国の保護下に納まっている。赫真も、今回の事案で動く組織があるならばここだろうと思っていた。
組織の持つ力で言うと、当然ながら虎群会議の方が格上だ。東眞も大変なことを任されたと思っているのだろう。
「で、俺がレオルを預かっている間に話をつけようってことか」
「そうだね。そうさせてもらえると嬉しいんだが」
「それは構わないが、レオルが納得するかな」
「どういうことだい?」
「俺はレオルから、真琥さんの娘を助ける手伝いをしてくれって頼まれていてな。今の俺はレオルに雇われた形なのね」
「えぇー」
東眞は頭を抱えた。あまりにややこしい事態にどう対処すればよいのか分からない様子だ。
「ま、とりあえずだ。今回の関係者全員と話がしたい。連絡をつけてくれないかな」
赫真は苦労を共有できる相手が現れたことに感謝しつつ、満面の笑みで東眞に要求を突き付けたのであった。
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