file4-5 相賀赫真とギャバン・ギムレイ

 翌日、相賀探偵事務所を訪問してきた四名は、流石に黒づくめなどといった奇矯な恰好ではなく、普段着でやってきた。

 赫真かくまが知っているのは嶺二れいじだけなので、まずは自己紹介をさせる。


「改めまして。宇佐見うさみ安吾あんごです」

「フタバ・キャビット」

我那覇がなはちから


 リーダー格が安吾、豊満な体つきの美女がフタバ、二メートル超えの巨漢が仂というらしい。誰もが人獣ウェアビーストであるのは間違いないようだが。

 赫真は四人に椅子を勧めつつ、嶺二に歩み寄って軽めに拳を振り下ろした。


「ごっ⁉」

りんから頼まれた分だ」

「っ痛ぅ……。頭が割れるかと思った」


 赫真が稟に事情を伝えたことは嶺二も覚悟していたらしく、そこについては何も言っては来なかった。


「姉貴は?」

「ことが落ち着くまで、虎群会議こぐんかいぎで保護する予定だ。今はミトラさんが迎えに行っている」

「保護?」


 やはり嶺二をはじめ、ことの重大さに気づいている者は誰もいないようだった。何故そこまでするのか、と言わんばかりの四人に怒鳴りつけたい衝動を堪えつつ、冷静に話をしなくてはと気持ちを落ち着ける。


「まずは確認をしておきたいんだが、お前らはギャバン・ギムレイについてどこまで知っている?」

「その前に、僕たちはあなたがどういう立場であるのかを明確にしてもらっていない」


 安吾の言葉に、フタバと仂が頷く。

 嶺二の手前ここに来ることは了承したものの、赫真に対しての警戒は保っているといったところか。


「俺に三人がかりで手も足も出なかった割には、温い物言いだな」

「っ! 今から殺してあげましょうか⁉」

「止せ、フタバ。赫真兄、事情を説明したら、見逃してくれるのかい?」

「いや、見逃すとかそういう話じゃないんだ。やっぱりその程度の理解か」


 赫真は椅子の背もたれに体を預けて頭を抱えた。

 会話する気がありそうなのは安吾と嶺二の二人か。あまり会話を長引かせる余裕もないので、話を進めることにする。


「まあいいや、そちらの事情を先に聞かせてもらおう。お前たちが何故『ギムレイのオークション』なんてものを知っているのか。それ次第で、この後の動きに関わらせるかどうか決める」

「だからそれは、あなたがどういう立場かを聞いてから――」

「安吾、少し黙っていてくれ。今のこの人と交渉しようなんて思わないで」

「嶺二⁉」


 あからさまに怯えた様子で、しかし安吾の言葉を遮る嶺二。彼だけはこちらへの敵愾心が薄いからか、状況が見えているようだ。


「赫真兄、事情はちゃんと話すよ。だから、落ち着いて聞いてほしい」

「聞かせろ」

「彼らと会ったのは偶然さ。前の会社はブラックでね。朝方の始発で家に帰る途中で、三人が行き倒れているのを見つけたんだ」

「ほう」

「その、ほら。フタバは可愛いだろ? 最初は下心があって三人を保護したんだ」

「あー、うん。お前、恵乃えのと付き合ってたんじゃないの?」

「えっ⁉ ちょ、なんでそのこと」

「あー、その辺りは後でいいや。で?」

「もう……ええとね、それで落ち着いたところで事情を聞いたら、逃げてきたっていうのさ。その、ギムレイのオークションって組織から」

「ふむ」

「赫真兄は、そのギャバン・ギムレイの裏オークションっていうのをどこで知ったの? 色んなところを調べたけど、ギムレイのオークションなんて名前すら出てこなかったのに」


 簡単な説明だったが、状況は大体分かった。

 ギムレイのオークションという組織が赫真の知るそれと同じかどうかは分からないが、三人が逃げてきたという話から、何故彼らが知っているのかは理解できた。嘘もついてはいないだろう。


「危機感が薄いわけだ。なまじ内部に居たせいで、どれほど大きな組織だったかを理解してない」


 ふう、と溜息をついて、赫真は右手を差し出した。


「嶺二。遠藤って社長の家から盗んだデータはリストだな?」

「う、うん。そうだけど」

「データは?」

「アジトにあるよ、ここにはない」

「筆頭に居るのは佐田財閥か?」

「嶺二! やっぱりこいつは敵よ! なんで本人たちとアタシ達しか知らない情報をこいつがっ」

「フタバ! 何で知ってるの、赫真兄」

「佐田財閥の秘書室長とやらが昨日の朝に早速来たからさ。お前たちを捕まえろと依頼して行ったよ」

「っ⁉」


 全員が思わず腰を浮かせた。嶺二もだ。


「落ち着け。売るつもりだったら最初から言わないよ」

「それもそうか」


 反応は悪くない。飛田老人の評価を思い出す。

 一般常識に欠けているからこその度胸や向こう見ずなのだとしたら、少しばかり評価を下げた方が良いような気もするが。


「俺から説明してやる前に、最後にもう一つ聞かせな。お前たち、?」

「……そういう言い方をするってことは、察しはついているんだね」

「俺の知っているギャバン・ギムレイの裏オークション、その系譜であるならば、こういう聞き方になるが。そうか、混じったか」

「ああ。僕は兎の特徴が強く出ている。ただし」


 言葉を切って、宇佐見は髪をかき上げた。そこには、が。


「僕は角が生えてきた。研究所で呼ばれていたのは廃棄品ダスト一号ワンウェア角兎ジャッカロープ

「アタシは廃棄品ダスト二号ツウウェア半猫半兎キャビット

ウェアエレファント。でも、鼻伸びなかった。廃棄品ダスト三号スリイ

「満月の夜には耳と角が伸びて来る。耳は戻るんだけど、角は戻らなくてね。毎回削り落とすんだ」

「そうか」


 赫真は頷いた。決まりだ。間違いない。

 包み隠さず話してくれたと理解した。今度はこちらが説明する番だ。


「ギャバン・ギムレイは五十年前に死んだ人物だ」


 赫真が虎群会議の席次を初めて得たのは、十六歳の時。第九席だった。

 禁忌として聞いたギャバン・ギムレイの起こしたおぞましい事件を聞いた時に、感じた怒り。それを思い出しながら、言葉を紡ぐ。


「人獣社会が直面した、最大最悪の悪意。それがギャバン・ギムレイの裏オークションだった」


***


 ギャバン・ギムレイ。偽名である。本名とその戸籍は不明。

 著名な貿易商として活躍し、表社会では『人獣のものと称した骨や皮を売買して財をなした、今で言うオカルトグッズ販売の先駆け』として歴史の中に埋もれていった人物である。古い商売の記録などでわずかに筆跡が残っている程度で、名前を知る者はほぼおらず、ネット上でヒットすることもない。

 だが、人獣社会では最悪の人身売買者として今も語り継がれる人物である。

 あまりのおぞましさに、組織の上層部のみが知ることを許され、触れることも調べることも禁忌とされた。

 彼はどこで発見したのか、古文書に記された薬物の調合に成功したという。それを注射された者は、血に潜む人獣の要素が表に現れるのだと。

 しかし、血の混じり合った人獣たちの中に潜む要素は、薬によって無作為に、無慈悲に、混じり合って表に出てきた。

 ウェア混獣キメラ。そしてギャバン・ギムレイはなんと、自分の生み出した人混獣を好事家への商品として売り出したのである。

 それが、ギャバン・ギムレイの裏オークション。

 売れ行きは好調だった。無理くり引き出した獣の要素は、人混獣たちの寿命を著しく削った。満月の夜が来るたびに異常な先祖返りで消耗する彼らは、ほとんどが五年を保たずに死んだという。

 好事家たちはそのグロテスクな姿を楽しみ、そして短い寿命を惜しんだ。

 ギャバン・ギムレイが、人獣の『獣の姿を維持し続ける』研究に着手したのは、程なくのことだった。


***


「――ギャバン・ギムレイの研究が結実することはなかった。五十年ほど前、当時の人獣たちが力を合わせて裏オークションを襲撃し、その場に居合わせた人間や人混獣たち諸共にギャバン・ギムレイを殺害したからだ」

「皆殺し?」

「ああ。奴は孤児院を運営し、そこに集めた人獣の素養のある子供たちに自分の研究成果を試していた。その過程で彼らの思考を奪い、自分の従順な手駒にもしていたようだな」

「赫真兄が、そこまで詳しく知っているとは思わなかった」

「お前たちの知っている五代目飛田大狐や、俺の所属する虎群会議の筆頭は、現場で実際に交戦しているからな。本人たちから当時の話を聞いたんだ、詳しくもなる」

「えっ」

「お前たちが世情に詳しくないのは仕方ないが、五代目はお前らの同業者からしてみたら神様みたいな方だからな。ご本人は気にしてもいないだろうが、あのご隠居の信者みたいな連中が知ったら、お前ら目の敵にされるぞ」

「以後、気をつけるようにするよ」

「いや、ご隠居はそういうのを嫌がるだろうから諦めるんだな。精々目の敵にされるといい」


 赫真の軽口に嫌そうな顔をする四人。 

 気を取り直して、続ける。


「使っている薬物の特徴と言い、お前たちの関わっているギムレイのオークションはほぼ間違いなく同じ系譜だ。お前たちが奴らを叩き潰したいというのは分かる。だが、奴らはすべての人獣の敵だ。俺たちに協力するつもりはあるか?」

「つまり、あなたたちの下でギムレイのオークションに挑めと」

「そうなるな。佐田財閥は巨大だ、お前たちだけでは末端は潰せても本体までは届かない」

「ずいぶんと馬鹿にされたものね!」


 爆発したのはフタバだった。顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけてくる。

 体がわずかに震えているのは、怒りのせいか先日の恐怖が拭えていないからか。


「単純に数の問題でな。こういうのは一度に全部きっちり潰さないと、末端からまた復活する。メンバーがどれだけ居たか知らないが、その人数で潰し切るのにどれだけかかる?」

「それは」


 唯一会話になりそうな安吾に問いかける。当然だが、安吾は即答できない。

 だが、ヒートアップしたフタバに理屈は通じなかった。


「まず頭を潰して、混乱に乗じて全部潰すわ! 出来る出来ないじゃなくて、やって見せればいいんでしょ⁉」

「おい、フタバ」

「アタシたちはジャッカロープ! ほかの誰の力を借りる必要もないわ! アンタたちはいつまでも準備しながら見ていればいい! 行くわよ三人とも!」


 椅子を蹴ったフタバはそのまま事務所を出ていく。


「フタバに同意だ」

「申し訳ないけど、あいつが頭を冷やすまで回答は待ってもらいたい」


 それを追うように立ち上がり、仂と安吾も出て行った。

 残された嶺二に、赫真は優しく声をかけた。


「しっかり仲間に数えてもらえているようじゃないか」

「赫真兄、その――」

「安吾ってやつも言ってただろ? 頭を冷やしてからもう一度来るといい」


 鷹揚に頷いて、ちらりとドアの方を見る。あまり時間を置くのも良くないので、手短に釘を刺しておく。


「そうだ。お前、リストをアジトで閲覧したって言ったな?」

「うん。言ったけど」

「しばらくアジトには戻らないほうがいいな。佐田財閥は今回フットワークが軽い。そのリストはおそらく相手にとっても奪われると相当まずいやつだ」

「んー、分かった」

「コピーがあるなら貸してくれ。こっちも確認しておきたい」

「言うと思ったから用意してあるよ。はいこれ」


 投げ渡されたメモリを軽くキャッチし、もう一度釘を刺す。


「ありがとよ。いいか、くれぐれもアジトには近づくな。ホテルを借りてもいい、頭を冷やしてもう一回来るまでは、絶対戻るなよ」

「心配症だなあ、赫真兄は。大丈夫、言いつけは守るよ」


 言いながら嶺二もまた事務所を出ていく。軽い返答が何とも気にかかる赫真だったが、嶺二の言葉を信じることにしたのだった。


***


 だが。

 真っ青な顔をした安吾とフタバと仂の三人が、嶺二が拉致されたことを伝えにきたのは日付も変わろうかという夜更けだった。

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