file4-6 相賀赫真と虎群筆頭
赫真は迎え入れた三人の話を聞いて、あまり猶予がないことを理解した。
やはり、彼らのアジトは既に張られていたらしい。後を追っていった飛田老人の手引きで三人は何とか逃げきることができたというが、フタバをかばった嶺二は捕まり、そのまま拉致されたという。
「だからアジトにはしばらく近寄るな、って言ったんだがな」
「何故ばれたんだ? 僕たちは後をつけられた覚えはないけど」
「メモリに発信機でも仕込んであったんだろ。ネットワークにつながっていようがいまいが、パソコンに繋げば電源が入って場所が明らかになる。単純だが効果的な方法だね」
「アタシが」
と、ぽつりと口を開いたのはフタバだった。
見るからに消耗しているその様子は、見ていて痛ましいほどだ。周囲に敵意を振りまく程の強気が今は見る影もない。
「アタシが無理に戻ろうとしなければ」
「まあ、嶺二のやつも危機感が足りていなかったしな。あんたが責任を感じすぎることもないさ。さて、あいつの所属している互助組織はどこだったっけ」
嶺二の所属している互助組織そのものはともかく、そこが庇護を受けている上位組織がどこなのかによって、対応しなくてはならないかどうかが異なる。
人猫の互助組織は気まぐれ者が多いせいか、乱立している。確か稟とも違うところに所属していたような。
念のために孤児院の同輩・後輩の個人情報を集めたリストを取り出し、確認する。
「ああ、適度に適当なところだろうと思ったら猫園か。なら虎群会議の傘下だな、問題なしと」
「……見捨てるの?」
「ん?」
涙目で、こちらを見上げて。フタバは赫真に詰め寄ってきた。
何かトラウマでも刺激されているのだろうか。
「嶺二を、見捨てるの?」
「何故、そう思う?」
「アタシたちはあんたの忠告を無視した。言うことを聞かなかったわ。見捨てられても仕方ないと思う」
「まあ、俺個人としてはあんた達にはそこまで義理はないな。だけど、嶺二は弟だ。見捨てるつもりはないよ」
「なら、何故動かない」
今度は仂だ。
無口だが表情は豊かな男で、苦りきった表情でこちらの対応を批判してくる。
「何事にも準備が要るってだけのことだよ。あんた達だって盗みに入る前には入念に準備するだろ?」
「冷静なんだな」
「最初に連中に喧嘩を売ったのは怪盗ジャッカロープだ。その一員である以上、嶺二も命を懸ける必要はある。その覚悟がなければ、最初から手を貸さなければいいのさ」
突き放した言い方だが、三人は口を閉ざした。どこかまだ、彼らの中にも嶺二を巻き込んだという負い目があったのかもしれない。
赫真は最悪の事態を想定した上で、ひとつの決断を下した。
「ミトラさん、筆頭のところに向かいます。一緒に来てください」
「センセイ?」
「あんたたちも来るか? 嶺二を助けに行くまで、おそらくここには戻って来ないことになると思うが」
「いいのか?」
「嶺二の仲間なら、俺の身内も同然だ。ま、義理はないがね」
にやりと口元を緩めた赫真だったが、ふと仂は自分の車に乗れるのだろうかと不安になるのだった。
***
深夜二時過ぎ。
虎群会議本部に――なんとか三人を乗せて――到着すると、広間の中央に大虎殿が立っていた。
「こんな時間に起こすなよ赫真。何かあったか?」
「ギムレイのオークション絡みの件だ」
「その件なら、入念な準備をしてから動くことに決まった筈だろ」
「事情が変わったんだ」
「どうした。後ろで暗い顔をしている若造どもに関係のある話か」
「ああ。こいつらが例のジャッカロープだ。弟分が下手を打って佐田に捕まった。助けたい」
大虎殿を相手には、率直な物言いこそが大切だ。言い訳がましい言葉になったり回りくどい言葉であったりすると、その時点で聞いてはもらえなくなる。
じろりと、赫真を睨みつける大虎殿。その圧力の強さに、娘であるミトラも口を挟めないでいる。この場で交渉が許されるのは、老人の圧迫に負けない者だけだ。
「どうせ、お前の忠告を無視したんだろう?」
「ああ」
「弟分ってことは孤児院の後輩か。盗賊の真似事をする以上、自分の命だって抵当に入れているはずだ。下手を打った以上、殺されたって自業自得。違うか?」
「そうだな」
「それでもなお、虎群会議の者たちを危険に晒してまで、救いたいと言うのか、赫真ッ!」
大虎殿の一喝が建物を震わせる。
ミトラは耳を塞いで不機嫌な顔。赫真は聞きなれているので気楽なものだが、背後の三人は肝を潰したようで数歩後ずさった。
「ね、ねえ、相賀さん。嶺二のことは僕たちだけで助け出すよ。この方の言う通りだ」
だが、さすがに安吾だけは口を開くことが出来たようで、恐る恐る赫真に声を投げてきた。
しかし赫真はそれには答えず、静かに大虎殿に答える。
「身内の身内は、身内も同然。俺は義親父からそう学んだぜ」
「ことがこれ程大きければ、その理屈だけで儂は虎群を動かせんよ、赫真」
大虎殿から返ってきた言葉は、とても優しかった。
赫真もまた、覚悟を決める。
「ジジイ、急で悪いが構えてもらおう」
「おん?」
「あんたが決断出来ないなら、俺がするしかないだろう? 虎群筆頭、眞岸寅彦殿に、虎群四席、相賀赫真が今より挑む」
「お前らしいのう、赫真」
からりと笑う大虎殿。
大虎殿が筆頭就任直後から常に標榜している言葉。
すなわち、『自分に勝てたら筆頭位をその者に譲る』というその言葉を、実行しろと求めたのだ。
「まあ、俺らしいならそれでいいさ。ほら」
「仕方ねえのう。もう儂、お前に勝てる気しないんじゃが」
「センセイ!」
「どうしました、ミトラさん?」
と、構えを取った二人を遮るように、ミトラが口を開く。
そちらを振り向けば、そこには何やら期待に目を輝かせるミトラの姿。
「一応、そんなのでも父親なので。殺さないようにだけ、気を付けてもらえます?」
「ちょっと待たんかいミトラ!?」
思わぬ娘の一言に、愕然とする大虎殿。
だが、ミトラの視線は赫真に固定され、父親の抗議を聞いている様子もない。
がくりと頭を落とした大虎殿が、地の底から響くような声を上げた。
「気が変わったわい」
「ん?」
「ミトラに父親の威厳を見せてやらりゃあならん。二十八年ぶりに全力で行くぞ! 楽に勝てると思うなよ赫真ぁっ!」
「え、ちょっ。み、ミトラさぁん!?」
「センセイ、期待してますっ!」
「何をっ!?」
「かっこいい、ところっ!」
「……ああもう! クソジジイ、あんた娘の教育間違えただろ!?」
「これ以上なく実感しとるわ畜生ぉぉっ!」
獰猛な笑顔を浮かべて、赫真は大虎殿に。
全力の反省を叫びながら、大虎殿は赫真に。
その有り余る力を全身に漲らせながら、それぞれ飛びかかった。
***
虎群会議の緊急集会が招集されたのは、明け方五時を過ぎた頃だった。声をかけられたのは筆頭から十席までの計十名。
久々に大虎殿からの直接の連絡で呼び出された赫真の義父、太賀誠は顔を見せるなり、大虎殿に笑いかけた。
「おお、寅彦。随分と男前が上がったじゃあないか」
「うるせえ」
次に赫真の方を見て、顔色を変える。
ほんの少し、頬のあたりに擦り傷がついているのだ。
「赫真! なんてことだ、男前な顔が台無しじゃあないか!」
「大丈夫だよ、義父さん」
「首尾よくいったのか?」
「まあね」
「ああそうか、それは良かった。どれ、歯を見せてみろ。一本でも欠けたりしていたら私は寅彦と戦争も辞さない」
「お前ら、赫真に対して過保護にも程があるぞ!」
悲鳴じみた声を上げる大虎殿。
ここに現れた幹部は、誰も彼もが全く同じような反応を二人に返すので、どうも憤慨しているようだ。
誠の着席で、十名が揃う。この場にはジャッカロープの三人はおろか、ミトラも入ることは許されない。
筆頭である大虎殿が重い口を開く。
「さて、朝早くから済まんな。お前たちを呼び出したのは他でもない」
「負けましたかな、ようやく」
楽しそうに口を開いたのは、第八席の志賀老人だった。
年齢だけならば大虎殿よりも年上であると言う。実年齢については大虎殿も正確には知らないという、正真正銘の長老格だ。
「志賀さん、勘弁してくれよ。締まらねえ」
「赫真坊、よくやったねえ」
「うんうん。遅いくらいだとも」
大虎殿の言葉を聞きもせず、赫真に祝福の言葉を投げかける一同。
完璧に無視された大虎殿は、しかしへらりと笑ってそれを認めた。
「まあ、そういうこった。そんなわけで、今日この日、俺は虎群会議の筆頭を退く。次の筆頭には俺を打ち負かした、第四席の相賀赫真を推したい。異存のある者はいるかい?」
「いるわけなかろ。頑固で偏屈で横暴で好色なあんたより、赫真の方が遥かに希望があるってもんさ」
「ええい、やかましゃあ!」
どうやら好意的に受け入れられているようだ。
と、日向が赫真に声をかけてきた。
「ほら、所信表明をなさいな赫真。このタイミングでこんなことをしたってことは、例の件で何かあったんでしょう?」
「やれやれ、姉御にはかなわないな」
笑いながら立ち上がり、赫真は口を開いた。
言うべきことは決まっていた。
「ギャバン・ギムレイの系譜に連なる者が、俺の身内を拉致しました。皆さんの手を借りたい。それも、早急に」
「それは言い方が違うよ、筆頭」
口を挟んできたのは、虎宮だ。
その言葉に全員が頷く。
「ああ、赫真坊。虎群会議らしく頼むよ」
長老のお墨付きに、赫真は柄じゃないんだけどとぼやきつつ、声を張り上げた。
「虎群会議の総力を結集して、ギャバン・ギムレイの系譜、佐田財閥を叩き潰す!」
「応!」
「決行は今宵、満月の晩だ! 準備を急げ、怠るなよ!」
「応!」
赫真の声に、全員が立ち上がって応じる。
そしてすぐさま各々が携帯電話を取り出して――驚いたことに志賀の長老までもが――自分たちの配下に連絡を取り始めた。
「おう、出入りだ! 事情は後だ、若さだけの連中にでけぇツラさせねえよう、すぐに支度しろ!」
「新しい筆頭の初仕事だ! 半端な大きさじゃねえから、気合入れろぉ!」
「筆頭に恥をかかすんじゃねえぞ、分かったかお前ら!」
「飛田の狐も関わりだからね、手を組むからには無様を見せるんじゃないよ!」
まさしく獣の獰猛を以て、人虎の群れは咆哮を上げた。
その様子を隣の部屋で聞いていたジャッカロープの面々が、ドン引きしていたのは言うまでもない。
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