file3-10 相賀赫真は珍しくも探偵らしくする
シヴァン王の言葉を聞いた時のアレクシオスの顔を、赫真は生涯忘れないだろう。
『そんな!? じゃあ僕は一体何の為に』
『思い込みで動くところは昔から変わらないな。お前、フィエールが『
『えっ』
赫真の問いへの反応も怪しい。
真琥が言い出した時には頭を抱えたくなったが、情報の発信源であるところのアレクシオスが本気だとなると、むしろこの男の頭を開いて中を確認したくなってくる。
『これだけ付き合いが長いのに、フィエールが満月の夜に俺と顔を合わせていない訳がないだろう』
『……そう言えば!?』
『まさか真琥さんが信じるとは思わなかったが。旦那さん?』
ルーディオとは初対面だが、そちらを見れば慌てて視線を逸らした。流石に彼はフィエールの言葉の意味を察していたようだが、まさか真琥が杓子定規にアレクシオスの言葉を信じるとも思っていなかったらしい。
赫真はこれ見よがしに溜息をついて、シヴァン王の方に向き直った。
『つまりまあ、そういう訳です。アレクシオスの交友関係を当たっておいた方がいいかもしれませんね。信じるようなドジは真琥さんだけであって欲しいと願いますが』
『ちょっと赫真!?』
『そうだな。そういうドジはマコだけで十分だ』
『陛下まで!?』
立て続けにこき下ろされて涙目になる真琥。
流石にルーディオもティコもフォローのしようがないようで、言葉ではなく抱きしめる力を強めることで慰めていた。
『さて。で、アレクシオス。お前、ユングベイルにどんな提案をされた?』
『どんなって。レオルが先祖返りだって分かってから、襲われたのは七回あってね。もしかしたら王族に首謀者がいるかもしれないから、一旦国外に逃がした方がいいんじゃないかって言われたんだ。知り合いで国外に強いパイプがあると言ったらマコの実家の虎群会議だからね。ひとまず頼んでおいてから、僕は先祖返りの扮装で人目を集めたのさ』
『ユングベイル家は外交に強かったな?』
『そうだね。だから優先して飛行機を押さえてくれたんだ。ところで、何で彼はあんな風に拘束されているんだい?』
『そりゃお前、あいつが今回の件の首謀者だからな』
『ああ、そうなのか……って、ええっ!?』
『つまりお前さんはあいつの犯罪に加担した形になるな』
『そんなっ!?』
愕然とした様子のアレクシオス。フィエールは呆れ顔で手元の資料をめくってアレクシオスの目の前に突き付けた。
赫真からは内容が見えないが、書面を目で追うアレクシオスの表情が段々と強張っていく辺り、相当分かりやすい内容なのだろう。
『ああ、カクマは知らないと思うが、ユングベイルの妹は、マコがいなければルーディオの家に嫁ぐ予定だった。許嫁というやつだな』
『その辺りで真琥さんに恨みがあったのかね』
『それもあるだろうが、ユングベイル家は昔から熱烈な
人獣の種族差別は、それはそれで根深い。
虎群会議の中にも少なからず居るのでよく分かるが、肉食系人獣が優れているという考え方を持つ者が多いのだ。肉食系の人獣以外との婚姻を認めないなどという家もある。
他には希少な人獣――
人虎などは害獣系に分類されるので、時々揉め事になることもあり、あまり気分の良い話ではない。
『馬鹿げた話だ。生まれてきた子の種族が違ったからってそれで何かが劣るわけでもあるまいに』
と、血走った目で時折暴れながらもこちらの話を聞いていたユングベイルが、更に強引に暴れはじめた。
二人がかりで抑えきれないのを見て、シヴァン王が声を上げた。
『ふむ。どうやらリヒャルドにも言いたいことがある様子。良い、一度離してやれ』
『ぶはっ! ……陛下、感謝致します。そしてそこの人虎! 我が国は累代人獅子の系譜を繋げてきた純血の人獅子! 貴様らのような混ざりものと一緒にするのではないわ!』
『純血、ねえ』
『そうだ! 我がユングベイル家も純血を維持する高貴な血よ。それをフィエール殿下は否定なされた! こともあろうに我らと
赫真にまくしたてるユングベイル。その言葉はどちらかというと、フィエールへの不満も多く含まれていた。
渋い顔をするフィエール。こういう貴族ばかりであれば、確かに『人獣とて人なのだ』と言いたくもなるだろうなと同情する。
『だから私はレオル様をこの国から脱出させたのだ! レオル様に正しく『獅子の顔の王』として即位していただき、新たなレオーテ王国を創っていただく為に!』
『だがなリヒャルド。我が伯母上は
『……は?』
シヴァン王の何気なくも残酷な言葉が、ユングベイルを打ち据えた。
すべての人獣を我が父母、我が兄弟、我が子、我が孫と呼ぶシヴァン王だが、この場合の伯母上とは意味が違うのだろう。
『お、伯母君とは』
『エヴィーリア伯母上だ。当時は外聞もあったので王宮から出なかったが、そなたも名前くらいは聞いたことがあろう』
『エ、エヴィーリア賢姫殿下が?』
『純血の人獣など幻よ、リヒャルド。伯母上と我が父は実の姉弟である。アレクシオスは我が末弟の子。その倅であるレオルにも、無論同じ血が流れている』
『馬鹿な! そんな馬鹿な!』
『残念だろうが事実だ。そしてレオーテ王国の王族には、今まで十三種の別の人獣の血が流れていることが確認されている』
『さすがに王太子にしか伝えられない情報だがな。アレク、お前絶対外には漏らすなよ』
『何で名指しなのさ!?』
それはもちろん、前科があるからなのだが。
呆然とするユングベイルに対し、シヴァン王は追い打ちをかけるまでもないと思ったのか話題を変えた。
『ああ、それと先祖返りと王位につけない方針についてだが。映像記録技術が発達してきた昨今、どうしても国外に露出しがちな国王が先祖返りでは『人獣の実在』が我々によって世間に晒されてしまう恐れがある。そうなってしまえば人と人獣の全面戦争になりかねん。そして、その先頭に立つ羽目になるのは間違いなく我が国の民なのだ』
人獣の存在は、今では伝承の一部になっている。だからこそ、排斥や討伐などという話が起きていないのだ。
人獣の国などと主張するレオーテ王国も、あくまで『そういう文化がある国』という扱いに過ぎない。それが、人口すべてが人獣であるなどと知れたら、そしてその中にいる先祖返りを見とがめられたなら。
人獣の権利を主張したとして、途上国などで人獣狩りが行われるのを止められるだろうか。
人獣の疑いをかけられて差別される者を救えるだろうか。
シヴァン王はそこで初めて、苛烈な感情を瞳に乗せた。燃え盛る炎のような怒りを乗せて、ユングベイルに問いかける。
『リヒャルドよ。お前と、お前と志を同じくする者たちは、この世界中に散らばる同胞に対して、その命を脅かす責任を負えるのか? 人獅子の誇りとやらの為に、ともに生きる仲間であるこの国の民を危険に晒す覚悟が、本当にあるのか? 答えい、リヒャルド・ユングベイル!』
『わ、私が』
王の言葉に答えるユングベイルは、数分前よりも十も二十も老けて見えた。
『私が間違っておりました、陛下。この世界に生きる人獣の命までは、私には……おそらく私の仲間たちも、背負えるとは誓えないでしょう』
そう告げて、ユングベイルはがっくりと頭を落とす。
床に滴る涙が、彼の理想の終焉を告げたのだと、赫真には思えた。
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