file3-11 相賀赫真は弟子入りを志願される
「やれやれ、結局来ただけでほぼ何もしなかったなあ」
王宮での一幕が終わった翌朝、赫真はレオニス空港のロビーで呟いた。
結局、事態の解決を『見届ける』だけで赫真の仕事は終わった。ユングベイルは突き付けられた事実の重さに心折れ、アレクシオスは厳重注意で話は終わった。
アレクシオスが先祖返りの特殊メイクを見せたニュースでの対応については、特に対応するつもりはないらしい。放っておけば世間の興味はすぐ他所に移るからということだ。
レオルは遠からず王宮に入り、生涯をそこで過ごすことになるだろう。それを喜んで受け入れるかどうかは今後の彼の生き方、考え方次第だ。
今はもはや幻の
実際のところ、せっかくだからひと月くらい滞在していけ、という有難い誘いはあったのだが、赫真はやんわりと固辞していた。
「ミトラさんと一緒なら良かったんだけど」
そろそろ入籍くらいは済ませないと、色々とややこしい事態が出来しそうな気がしてきた赫真である。
特に、事情をすべて把握した上でなお『うちの婿にならないか』などと誘いかけてくる人物が居るのも問題だ。
更に、政府専用機を用意しようなどと言い出したフィエールの申し出も断って、赫真は今、一日に一本しかない直行便の時間を待っている。
と、周囲の空気がざわつくのが分かった。
呼びかけられる前に振り返る。
『どうした? 見送りは要らないと言っておいたはずだけどな』
『そりゃ僕だって見送るつもりはなかったさ』
不満そうな声を上げたのは、謹慎を申し付けられたはずのアレクシオスだった。彼自身がこうして謹慎の指示を無視すること自体は、特に驚くには当たらない。この悪友は、自分がそうすべきだと思ったならばそれが誰からの指示命令だろうと平然と無視する。そして、深く物事を考えない割にその選択が本当に間違っていることは少ないのだ。
だからこそシヴァン王から目をかけられており、フィエールからは小言を言われつつも何だかんだ信用されているのだ。
そして、今日アレクシオスがここに現れた理由も分かっていた。というより、隠れきれていないのだ。
『ティコ、レオル。隠れられてないよ、二人とも』
赫真のからかうような一言にびくりと身を震わせた後、すごすごとアレクシオスの後ろから二人が出てくる。
少しばかり涙目になったティコと、寂しそうな顔のレオル。ティコが頬を膨らませながら言う。
『見送りをしたいって言ったけど、他には誰も許してくれなかったんだもの』
『そりゃ、ユングベイルの仲間たちが諦めていなかったら危ないからね』
フィエールに反感を持つ勢力は、それなりの規模があった。ユングベイルが主導的な立場に居たとはいえ、彼を押さえただけで終わるものではないのだ。
それを見越しての、赫真へのシヴァン王たちの提案であったのだし、赫真が見送りを謝絶した理由もそこにあったのだ。
『とはいえ、このままお別れっていうのは何とも可哀想だ。だからまあ、陛下に叱られ慣れている僕がね』
『まあ、アレクの謹慎が延びるくらいならいいか』
『は?』
赫真の視線は三人のさらに奥に向けられていた。
ざわめきの本当の理由がこちらに向けてずんずんと歩いてくる。
「やあフィエール、誰かの見送りかい?」
「そのつもりはなかったんだがな、どこかの馬鹿者が父上の命令を無視したと報告があったんだ。まあ、ついでというやつだ」
柔らかな白いローブに身を包んだ王太子フィエールが、にこやかな笑顔でアレクシオスの肩に手を置いた。
『フィ、フィエール兄貴?』
『どうした、アレク』
恐る恐る振り返ったアレクシオスの顔が絶望の色に染まる。何だかんだで甥に甘いシヴァン王と違い、フィエールは昔からアレクシオスに対して当たりがきついのだ。
アレクシオスもまた、杓子定規な正論しか述べないとフィエールを苦手にしており、今回の件もそういった二人の微妙な相性の悪さが遠因だったように赫真には思えた。
二人の様子を見ていたレオルが、フィエールの顔をじっと見つめて声を上げる。
『フィエール様。父上は僕とティコの我儘を聞いてくれたのです。罰するなら僕を罰してください』
『私も悪かったです。お願いします』
『……分かったよ、分かった。アレク、その話はまた改めてだ』
続けてティコも頭を下げる。子供たちの真摯な謝罪ににフィエールが折れる。
その言葉にアレクシオスはあからさまにほっとした顔で息をついたが、同時にレオルが厳しい顔で父に告げた。
『父上。今回僕はカクマのおかげで、父上が何かにつけてだらしない人だということがよく分かりました。息子として恥ずかしいですから、フィエール殿下に怒られるようなことはあまりしないでくださいね』
『レオル、そんな悲しいことは言わないでおくれ』
『駄目です。今回だって父上が決まり事についてちゃんと理解していたら、そもそもマコやティコ、カクマだってこんなに苦労する必要はなかったんですから。反省しないと駄目です!』
『そこまでにしとけ、レオル。今回アレクが決まり事を破ったのは、ひとえにお前さんを愛しているからだ』
しょんぼりとするアレクシオスが可哀想になったからではないが、赫真は苦笑交じりにレオルの頭に手を置いた。
『カクマ』
『まあ確かに、普段のこいつは物事を深く考えないし人の話は話半分にしか聞かないしそもそもすぐ忘れるし覚えていることは自分に都合よく解釈するし人に迷惑はかけるし万事ことごとくだらしない、贔屓目に見てもかなりの駄目人間だが、今回ばかりはあまり責めないでやってくれ』
『お前が一番ひどいよカクマ!』
上げて落とされたアレクシオスが悲鳴を上げるが、レオルはくしゃりと嬉しそうに顔を綻ばせた。
と、フィエールが顔をわかりやすくしかめて、二人に告げた。
『大体な、レオル。ティコもそうだが、今回そのだらしないアレクを利用してここに来たんだから、それでアレクを叱っちゃいけないぞ』
『ごめんなさい!』
『ごめんなさいフィエール小父様!』
『帰ったら二人は軽いお説教だ。アレクは謹慎の追加ときついお説教だ。いいな?』
頷く素直な二人にようやく表情をくつろげて、フィエールは赫真に向き直った。
改めて、といった話題が思った以上に素早く戻ってきたことにアレクシオスが再び絶望したような表情を浮かべたが、誰もそれには触れない。
「次は奥方も連れてくるといい。子どもがいるとなお良いな。定住するなら生涯の面倒は見るからな」
「そうだね、是非。定住はまあ、仕事に飽きたら考えるよ」
「待っているぞ」
右拳を差し出してくるフィエールに、同じく右拳を当てる。
と、ティコとレオルがこちらの服を引っ張ってきた。
『ねえ、叔父様。お願いがあるの』
『カクマ。お願いがあるんだ』
『ん?』
笑顔で先を促すと、二人は何やら軽く睨み合った後、互いに願いを口にしてきた。
『弟子にして欲しいの、叔父様』
『もう少し大きくなったら、弟子にして欲しいんだ』
『なんの?』
首を傾げる赫真。弟子というからには探偵業のことなのだろうが、今回は本当に特に何かをした記憶がない。
精々レオルを車で連れまわして、途中でティコを回収してきた程度だ。弟子入りを志願されるような行動の覚えがなかった。
『れ、レオル!? そんなことを考えてたのか!?』
アレクシオスが騒ぎ立てるが、レオルはそれを無視する。
むしろ隣に立つティコに対しての敵愾心を剝き出しにしていて、父親の反応など目に入っていない様子だ。
『ティコは先祖返りじゃないんだから、別にカクマに弟子入りする必要なんかないじゃないか』
『レオルはもう国外に出ることなんてないんだから、叔父様に弟子入りできるわけないじゃない』
『なんだよ!』
『なによ!』
フィエールはその様子を楽しげに、アレクシオスは頭を抱えて見ている。普段とは真逆の二人の態度に口許を緩めつつ、赫真は窓口の方を確認した。どうやらそろそろ入れるようだ。
「二人に伝えておいてくれ。弟子入りしたいなら、今度は自分の力で事務所まで来るように、ってさ」
「ああ、必ず。達者でな」
『じゃあな、アレク。あまりフィエールを困らせるなよ?』
『あ、ああ。え? ちょっと。この二人は?』
鷹揚に頷くフィエールと、あたふたするアレクシオス。口論に夢中で気づいていないティコとレオル。
そのまま受付に向かう赫真に、アレクシオスが困り切った声を上げる。
『カクマ! ちゃんと断っておいてくれなきゃ困る!』
『え、叔父様⁉』
『師匠⁉』
ティコとレオルも気づいたが、もう遅い。
赫真は四人に手を振って、乗るべき飛行機の方に向かう。
『叔父様! どっちを弟子にするか――』
『師匠、絶対に弟子に――』
『カクマ! 無責任だぞ――』
三者三様の叫び声と、肩を竦めるだけのフィエール。
伝えるべきは既に伝えた。あとは数年後に、彼らが今の想いを保ち続けていられるか、そして万難を排して再び赫真の前に姿を現すか。
赫真は楽しみが増えたと、人知れず微笑むのだった。
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