file3-9 相賀赫真は家族会議に巻き込まれる
『げっ、カクマ!』
レオーテ王宮に到着した
声を聞いてそちらを向いたレオルが、喜びの声を上げた。
『父上!』
『レオル!』
色男――アレクシオス王子は、レオルの元気な様子に笑みを浮かべたが、そのそばに赫真が居るからかすぐに引っ込めた。
赫真はレオルを連れてアレクシオスに近づくと、これ見よがしに口角を吊り上げた。笑みに見えないこともないが、どちらかというと威嚇の意味合いが強い。
『久しぶりだな、アレク』
『ひ、ひひ久しぶりだねカクマ。ずず随分と機嫌が悪いようだけど、どうしたのかな?』
『せっかく倅が無事に帰ってきたっていうのに、先に俺の名前を呼ぶんじゃねえよこのバカ』
感極まった様子のレオルがアレクシオスに抱き着く。が、当のアレクシオスは赫真の表情にばかり気が向いて、息子に抱き着かれていることにも気づいてない様子だ。
『倅の前でくらい恰好つけろよ、腰が引けてるぜ』
レオルの耳に届かない程度の声で耳元でささやいてやれば、ようやく表情を引き締めてレオルの肩に手を置いた。
ぎゅう、とレオルの手に力が籠る。
『済まない、カクマ。僕の宝物が世話になったね』
『大して世話なんかしてないさ。良かったな、アレク。倅がまったく似てなくて』
『……君は絶対そう言うと思った』
諦めにも似た表情で答えるアレクシオス。恐らく、周囲からも同じようなことを言われているのだろう。
ひとまずレオルをアレクシオスに預けて、赫真は通された部屋を見回した。
まず、天井が高い。シャンデリアに灯はなく、窓から射し込む日差しだけで部屋は十分に明るい。
装飾の色は薄い黄色と濃い黄色が目立つ。夜間に明かりが灯れば黄金色に輝くような趣向だろうか。
決して地味ではないが、さりとて華美に過ぎてもいない。
置かれたテーブルは三つ。この部屋だけで赫真の自宅がすっぽり入りそうな広さであることは気にしない方がいいだろう。仮に自分のものになったとしても絶対に手に余るが。
「待たせたかな、カクマ」
「いや、大丈夫」
続いて入って来たのはフィエールだ。その後ろには見慣れない男が一人。
今度は
『ダーリン!』
『父様!』
『マコ! ティコ! 無事で良かった』
二人の言葉で彼がルーディオ・エンディーネであると知る。王族であるが、姓があるということは王位継承権を持たないということだ。ひょろりと細くて、人の好さそうな顔立ちの彼は、妻と娘を抱きしめて一筋の涙を流した。
『くそ、何故私がこのような辱めを受けなくてはならん!』
続いて入ってきた――いや連れて来られたのは、忘れる訳にもいかない、リヒャルド・ユングベイルだ。両手と腰を縛られ、屈強な男二人に前後を挟まれている。男たちは赫真の顔を認めると、必要以上に緊張した面持ちで立ち止まり、片手を胸に当てる敬礼を見せてきた。これだけで分かる、二人はシヴァン王とフィエールに強固な忠誠心を抱いている。
ユングベイルはこちらを見ると猛烈な勢いでまくしたて――
『この虎がっ! 我らの崇高な志を理解しようともせずむぐうっ!』
『貴様がソウガ様に何かを語ることは許されていない』
――ようとして黙らされていた。
特に彼の理想やら志には興味がないのでそのまま視線を逸らし、この場を用意した人物を待つ。
『待たせたな、子ら、孫らよ』
どうやら今しがた今日の政務を終えたらしい。レオーテのシヴァン王が、数人の官吏を連れて入室してきた。
『うむ、これで良い。それでは今より『家族会議』を執り行う。これより誰かが出てくるまで、何者の入室も禁ずる。良いかな?』
『は、しかし』
頷いた官吏は、応じつつも赫真に視線を向けた。
『カクマはこの場に居る資格を持つ者である。その懸念はそちらではなく、ユングベイルに向けるべきと知れ』
『……は』
納得は出来ないようだが、シヴァン王の言葉に官吏たちが了承の意を示す。
手で去るように示されると、何を言うこともなく室外へと退去して行く。その様子をつまらないものを見るように眺めて、シヴァン王は溜息をひとつついた。
『やはり最近の若いのはつまらんな。昔のお前たちのように、何かと問題を起こしてはカクマに面倒を見てもらうくらいの方が将来性があって良いと思うんだが』
『俺が面倒を見てもらっていたんですよ、陛下』
『そうでもないさ。フィエールはお前とつるむようになってだいぶ安定したし、アレクはどうしたって勝てない相手に出会ってから無茶をしなくなった。お前は面倒を見てもらっているようで、実は二人の面倒を見てくれていたのさ』
『そうだな、特にアレクは何度カクマの仕置きを恐れて俺に泣きついてきたか』
『ちょっ、フィエール兄貴! 頼むからレオルの前でその話は』
その言葉に、父親にすがりついていたレオルがふいに顔を上げた。慌てふためく父に、無邪気に問う。
『父上もカクマに世話になったの?』
『え⁉ う、うん。そうだな。世話をかけたというか、世話になったというか』
『じゃあ僕と同じなんだね、父上』
嬉しそうなレオルに、ばつの悪そうな顔で二の句を継げなくなるアレクシオス。
フィエールが何とも嬉しそうにアレクシオスの肩を叩く。
『お前も倅の前では形無しだな、アレク』
『そうだね、本当に僕には過ぎた息子だよ』
レオルの顎を撫でて――気持ちよさそうに喉を鳴らすレオルは何とも幼く見える――微笑むアレクシオスに、赫真は世間話でも振るかのように、
『だからこそ、『王になんてなって欲しくなかった』ってところか? アレク』
『ああ、その通りさ……ってカクマ、何故それを⁉』
核心に切り込んだ。
***
赫真は探偵を名乗ってはいるが、それ程推理が得意というわけではない。
アレクシオスは元来物事を深く考えない男だが、だからこそ何かを深く考えてしまった時にはその考えが読みづらい。
その彼がニュースという場に、わざわざ特殊メイクなどを利用して先祖返りの姿を晒したことがまずわけが分からなかった。
考えなしの男だからこそ、絶対にやってはいけないことを徹底して叩き込まれている。時には自分が叩き込んだこともあるので、その辺りはアレクシオスが考えもなくやったとは思っていなかった。
そんな折にやって来たのが真琥だ。アレクシオスの息子を連れてきて、しかも
わけが分からないことが続いて、そのすべてにアレクシオスが関わっていると知ったことで、何となく彼の意図が見えてきたのである。
そう。大して複雑な話ではないのだ。
『つまり、アレクは自分が不祥事を起こして、なおかつそこに真琥さんが実家の虎群会議を頼るようにすることで王室内、王国内の問題という枠組みを超えさせたわけです。端的に言えばレオル
『それは何か? つまりあれか』
シヴァン王が頭を抱えた。フィエールは逆に天を仰いで右手で顔を覆っている。
その様子にアレクシオスはおろか、ルーディオや真琥までが何事かと二人の様子を見守っている。
『お前、中途半端に喋ったろ』
『ええっ⁉ い、一体なんのことだい』
『
フィエールがアレクシオスに詰問するのを横目に、シヴァン王は苦笑いを浮かべてその後を引き継いだ。
『レオーテ王国では、先々代の時に既に先祖返りを王位につけるという条件を撤廃しているのだよ。アレク、レオルは元々王になどならないさ』
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