file3-5 相賀赫真は虎だが獅子の弟でもある
『何事だね、これは』
シヴァン王によく似た、しかし顔立ちは若々しい男がスクリーンの向こうで目を円くしている。
「やあ、フィエール。忙しいところを済まないな」
「カクマ! 何故そんな所に?」
「
「ああ。突然連絡があって、繋げば分かると言われてね。成程、カクマが関わっていたのか」
最初の言葉だけレオーテ語だったが、応じたのが赫真と分かるやすぐにこちらの言葉に合わせてくれたのが、レオーテ王国王太子のフィエールだ。
和やかな表情で赫真と言葉を交わす姿に、レオルが唖然としている。
『カクマ?』
『どうした、レオル』
『フィエール殿下と知り合いなの?』
『ああ』
『ふむ、晩餐会以来だな、レオル。知り合いなどというものではないぞ。義兄弟というやつだ』
『子供の頃のお遊びだがな。律儀に守ってくれている』
『当時はお前は子供だったかもしれんが、俺は成人していたぞ。今でも本気だ。そういうつれないことを言ってくれるな』
二人の言葉を聞くごとに、形容しがたい表情になっていくレオル。混乱している様子だ。
助けを求めに来た相手が、自分を狙っているらしい人物と義兄弟とか言われればわけも分からなくなるだろう。
レオルの様子に怪訝そうな顔をするフィエール。事情を知っているのはおそらく赫真だけであるので、説明することにする。
「フィエール。どうやらレオルにとってお前さんは自分の命を狙う黒幕であるようだ」
「なんだって? 俺が? なんで」
「アレクシオスはどうやら、『フィエール王子は
「アレクシオスは、その……なんだ。レオルの前で言うことではないが、言葉の意味するところを深く考えようとしない奴だからな」
シヴァン王に続き、フィエールもこの通りである。
理解できないまでも父親を同じように言われたと察したらしいレオルは、さすがに今度は反発こそしなかったが、目に見えて落ち込んでしまった。
父親を馬鹿と言われればそれは落ち込む。言い過ぎたと思ったか、しっかりと伝えるべきと思ったか、フィエールはレオルに向かって語りかけた。
『レオルよ。私は常日頃、このように言っている』
『はい』
『世に人獣などという種族はない。世にある人は皆、人なのである、と』
『人獣などという種族はない?』
『そうだ。確かに我々は人獣と呼ばれる存在だ。カクマやお前のように、先祖返りによって獣の姿を取り戻すものもあるだろう。人獣の因子を持たぬ者を人猿と蔑むものもあるだろう。しかし我々のほとんどは、もはや人獣の姿を取ることもできず、少しばかり体が発達していることを除けば人と変わりない』
『人と、変わりない』
『そうだ。レオーテ王国のような国や、
優しい目でレオルを見て、優しく伝えるフィエール。
レオルは困ったような顔でフィエールを見て、そして視線を赫真に向けてきた。どう反応すれば良いのか分からない。そう言いたげな表情だ。
『カクマ。人獣は特別ではないの?』
『どうだろうな。でもな、レオル。俺は自分を特別だと思ったことはないよ』
頭に優しく手を置いて、赫真もまた伝える。
『俺の両親は、満月の夜に猫のような顔に変わった俺を恐れた。俺は実の両親から愛されることなく、人獣の子供を預かる専門の孤児院に預けられたんだよ』
赫真にとっての家族は、孤児院でそう長くない期間を共に過ごした兄弟たちと、自分を引き取ってくれた義父母と義兄弟、そして虎群会議の仲間たちだ。
赫真の育った孤児院は、人獣の素養が確認された子供が預けられる場所だった。先祖返りは赫真だけだったが、それでも彼らの中で赫真は決して『特別』ではなかったのだ。
『レオーテ王国に生まれ育ったお前には分からないかもしれないが、この国には自分が人獣の血を引いていることなんて知らないって人も多い。俺は偶然先祖返りとして生まれ、実の親に化け物として扱われたからな。そんな特別なら、特別じゃなくていいと俺は思う』
『先祖返りは、特別じゃない?』
レオルがそう呟く。フィエールが笑顔で頷き、赫真はレオルの頭を撫でた。
と。
『そんなことはない! 『
飛び出してきたのは、一目でレオーテ人と分かる、金髪の男だった。彫りの深い顔だち、獅子の
スクリーンの向こうで、フィエールが驚いたような様子を見せた後、理解したのか渋面を浮かべた。
『リヒャルド・ユングベイル! そうか、貴様が!』
『そう、新たな王の御前に罷り越しました!』
ユングベイルとは先ほど聞いた名だ。真琥を追い詰めたのもこの男か。
じろりと睨むと、ユングベイルは嘲るような顔で居丈高に言い放った。
「ご苦労だったな、
「断る」
「なに? 貴様が貧相な探偵業などをしていることは既に調べてある。百年遊んで暮らせるほどの謝礼を支払ってやると言っているのだ。さっさとレオル様を置いて消えろ!」
「今の俺の雇い主はレオルだ、あんたじゃない。まだ俺はこいつから受けた仕事をひとつも終わらせていなくてな。あんたこそ王子様が手ずから依頼した内容を聞きもせずに金を掴ませて追い払おうってか。どちらが不敬なんだか」
「ぐっ……!」
ユングベイルが言葉に詰まったところで、フィエールがこちらに声をかけてきた。
「そういえば、レオルからの依頼というのは何なんだ? カクマ」
「俺のところに来るまでの間に、ティコが追手に捕まったんだそうだ。助けてくれとさ」
「ティコが!? ユングベイル、どういうことか」
「存じませんな。崇高な獅子の純血に薄汚い虎の血が混じった
「ティコは間違いなく人獅子だ。ほかの人獣との子を薄汚いなどと、時代錯誤なことを」
「そのようなことだから、王家は堕落したというのです。あまつさえ人獣の誇りを捨て、
種族の純血を尊び、他との混血を厭う派閥はいつの時代も一定数はいるものだ。
レオーテ王国は特にその風潮が強いとは聞いていたが、それにしてもこれは。
もちろん、ユングベイルの言葉に科学的な裏付けは一切ない。人獅子と人虎の間に
ともあれ。
「ま、人の信条は人それぞれ。その辺りに口出しするつもりはないんだが」
言い争うユングベイルとフィエールを、そして二人の様子に気を取られている周囲を後目に、赫真はレオルにそっと顔を寄せた。
『さてレオル。お仕事を済ませるとしようか』
『……え?』
状況に置いて行かれてしまっているレオルは、驚いたように赫真を見てきた。話の焦点はレオルのことであるはずなのに、ユングベイルもその一派も完全にフィエールに自分の考えをぶつけることに気が向いていて、レオルのことなど眼中にないらしい。
『ティコを助けに行く、っていうのが俺の請け負ったお仕事だったと思うんだけどな、依頼人さん?』
『うん!』
差し出した手を掴み、強い視線を向けてくるレオルを抱え、肩車する。
ちらりとスクリーンを見れば、フィエールと目が合う。赫真の動きを予測していたのか、赫真にだけ分かる程度に口許を緩めて見せた彼に頷いて、赫真は静かにその場を後にする。
『行くぜ、レオル。しっかり掴まっているように』
『分かった!』
『この懐古主義者ども! そのような迷信を妄信し、幼子を担ぎ上げようなどとは恥を知れ!』
注意を引くべく、一際厳しい顔で吼えるフィエールの声を背に受けながら。
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