file3-4 相賀赫真は王族と親しい
ひとまず、
王族との対話に店を使うのだけは勘弁してくれ、と『かなや』の一同に泣きつかれたことが大きい。
「ヒロ。支払いは取り敢えずレオーテ王国の――」
「無理だからな!?」
「傘下組織である獅子の結社に頼む。ああ、俺の分は別にしといてくれていいぜ」
「!?」
愕然としたのは
東眞が蒼白になるのも無理はない。
「あの、相賀四席?」
「後でレオーテ王国に諸々の経費と合わせて請求すればいいんじゃない? 俺に泣きついてもしょうがないと思うんだけど」
「せめて話だけでも通しておいてもらえませんか!? うちみたいな小規模の組織が本部にそんなこと言えるわけないじゃないですか!」
「うちもあちらと比べると規模は小さいけどね」
「ゲストの口利きなら可能性があるかもしれませんし! お願いですからっ!」
「ふむ。なら貸しひとつで」
「分かりました! 分かりましたよ、もう!」
東眞の鬼気迫る言葉を軽く受け流しながら、満足そうな顔をしたレオルの頭を撫でる。
車は用意してあるということだったが、赫真は自分の車で行くと主張した。
今更そういうことはしないと思うが、万が一レオルと隔離された場合、状況の解決の糸口を失うことにもなりかねない。特に、真琥が独断で彼を連れだしたとは思えない以上、王宮の誰かが後ろで糸を引いているはずだった。
『レオル。ティコを助けたらその後はどうするんだ?』
『ううん、マコは私が王になって欲しいと言った。でも、私はシヴァン陛下のような偉大な王にはなれない気がするんだ』
『そうか。まあ、その辺りは後々じっくり考えるといいさ』
『うん』
レオルの自己評価に対して、赫真は告げる言葉を持たなかった。
彼はまだ幼いのだ。彼が仮に王位継承権を持つとしても、上にはシヴァンも、フィエールもまだ元気でいる。
この年齢の少年にこのようなことを考えさせてしまう周囲に対して、赫真は憤りを感じずにはいられないのだ。
***
獅子の結社には、組織の規模としては考えられないほどの巨大なスクリーンがある。本部であるレオーテ王国の重鎮との通話に使用されるもので、こればかりはレオーテ王国から提供されているのだとか。
獅子の結社に詰めている職員たちは、今日この日、自分たちが担当であることの幸運を喜んだに違いなかった。
何しろ緊張感を湛えながらも、その顔には充実感が満ちていた。
「それで、相賀四席。王族の方ってどなたに繋いだんですか? レオーテ王国のアドレスなのは分かりますけど」
隣に立つ東眞が怪訝な顔をして聞いてくる。どうやら彼は赫真の告げたアドレスが誰につながるかを知らないようだ。
「一番、ややこしくならない方」
赫真はリラックスした様子で通信がつながるのを待っていた。発信者の名前を自分にするように指示をしたから、おそらく拒否されることはないだろうと思っていた。
そろそろ夜も更けてきており、レオルは満腹とあいまって眠そうにしている。いつ眠り込んでしまうかは分からないが、静かに寝かせておいてやりたいところだ。
『カクマ。久しぶりだ。息災にしていたか?』
『お久しぶりです、陛下。筆頭とは仲良くありませんが、おおむね元気にしていました』
通信が繋がるや、同じくリラックスした様子の――どうやら寝室だろうか――レオーテ王国国王、シヴァンの姿がスクリーンに映った。
こちらの様子を咎める節もなく、柔和な笑顔でうんうんと頷く様子に、周囲が息を呑んだのが感じ取れた。それは背後に直立する東眞も例外ではない。
『我が子、我が孫であるマコとレオルを保護してくれたこと、嬉しく思う。いつもカクマには助けられてばかりだな』
『何を仰いますか。俺と皆さんは家族ですから』
『そうだな。
『ありがとうございます。ところで、
『いや、そのようなことは聞き及んでいないな。担当者に確認を取ることにしよう。今もって王族に虎の血を混ぜたなどと世迷言を言う者が多くて困る』
『その件で、確認したいことがあるんですが』
シヴァン王が映っているスクリーンを、いつの間に目を覚ましたのかレオルが驚いたような顔で見ていた。
ちらちらとこちらを見る気配もあるが、シヴァン王から目を離すことを不敬と感じているのか、顔はスクリーンから外れる様子はない。
だがシヴァン王は気づいているだろうにレオルには触れることなく、赫真との会話を優先している。
『どうした? カクマよ』
『ティコ――ルーディオと真琥さんの娘は、人獅子だったのでしょうか?』
『うむ? 我が従弟の孫娘、ティコは確かに人獅子であると聞くが、それがどうかしたのか?』
『いえ。それならばよいのです。真琥さんがレオルを連れ出した理由を考えていまして』
『ふうむ。確かにそれは気にかかるな。ルーディオからはマコとティコとレオルと一緒の時に狙われたと聞いているが』
『それならばまず頼るべきは陛下であり、さもなくばうちの筆頭であるはずですので』
『うむ。そちらに伝わっている話といい、誰ぞが妙なことを考えているようだ。マコには心当たりはないのだろうか』
『ええ。何しろ真琥さんはフィエールが怪しいなどと言い出す始末で』
と、赫真が困り顔で告げれば、シヴァン王はきょとんとした後、堪えきれないように突然笑い出した。
『ふは、ふはははは! フィエールが、あの堅物が黒幕だと? マコも面白いことを思いつくものだな!』
『ええ、本当に。真琥さんとフィエールには面識がないのでしょうか。少なくとも知っていればそんなことを言い出すとは思わないのですが』
『そうだな、面識はほぼなかろう。ルーディオはアレクシオスと同じく、直系ではないからな。本人ならともかく、その配偶者と過度な面識があるとなると何かと問題も生じる』
『畏れながら、陛下』
口を挟んできたのはレオルだ。
その顔は真剣かつ深い怒りを湛えたもので、彼が真琥のことで怒っているのは明白だった。
それが面白かったのだろう、シヴァン王は会話を遮られた不敬を咎めることもせず、悪戯な笑みを浮かべてレオルを見た。
『どうした、アレクシオスの息子レオル』
『私はマコを信頼しています。その言葉を信じています。フィエール殿下は常々『人獣などというものは存在しない』と言っているということは、マコからも父アレクシオスからも聞いています』
『ああ、そのことか。マコもアレクシオスから聞いたのであろう』
『それが何か』
『アレクシオスは、あれだ。息子のそなたに言うことでもないが、物事の意味を深く考えることをせん』
深くため息をつくシヴァン王。
目の前で父を馬鹿だと言い切られたレオルの顔に一層の険しさが浮かぶが、これ以上の言葉は出せなかったようだ。
『今回も愚かな真似をしたと思ったものだが、そうか。アレクシオスの奴が踊らされているのかもしれんな。ふむ、そこの。何と言ったか』
『え、あ、は! あ、東眞、亮二と』
『アアズマ? まあいい。そなたらにマコとレオルのことを伝えたは誰か』
『ゆ、ユングベイルさまでございます』
『聞き取りにくいな。ふむ、ユングベイルといえばリヒャルドか。成程、やはり少し調べておくとしよう。レオル』
『……はい』
拗ねた様子で答えるレオルに、シヴァン王はやはり楽しそうに微笑むのだった。
父たる王、祖父たる王として、未熟な獅子を導くことに喜びを感じるのがこの王だ。自らに反発する幼いレオルを頼もしいとすら思っているのかもしれない。
『聞いた言葉で人を判断するものではない。フィエールと繋いでやる。お前の目と耳とで、フィエールを測ると良い。なに、フィエールはカクマと
『は?』
『では頼むぞカクマ。そなたもこれだけ関わったのだから、一度遊びにおいで』
『分かりました、陛下。必ず』
片目をつぶって告げるシヴァン王に、苦笑いしながら頷いてみせると、唐突にスクリーンが暗転した。
せっかちな王だ。
困った顔で笑いを漏らすと、後ろで緊張から解き放たれた東眞が勢いよく掴みかかってきた。
「そ、そそそ相賀四席⁉」
「なにさ騒がしい」
「我が子って! 陛下から我が子って⁉」
「あの方、あらゆる人獣を自分の子供って仰いますよ。ああ、うちの筆頭は別だったかな」
「どれだけ親しいんですかあんた! 直々に遊びにおいでって、通信でご尊顔を拝するだけでも身に余る光栄なのに!」
「まあ、先祖返りには大体ああいう感じだし」
「先祖返りだからって――」
「東眞さん!」
突如、機材を調整していた職員から悲鳴が上がった。
「どうした⁉」
「レオーテ王国から通信です。お、お、王太子殿下から直通で!」
その言葉に、東眞が卒倒したのは赫真のせいではない。
多分。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます