file3-6 相賀赫真はお転婆姫に遺伝を見る

 フィエールとユングベイルの口論が、遠く聞こえている。

 赫真かくまはもう大丈夫だと判断したところでレオルを床に下ろし、周囲の気配を探る。

 獅子の結社はそれ程大きな組織ではないが、それでもこの国のウェア獅子ライオンにとっては唯一の互助組織だ。普段からそれなりに人はいるはずなのだが、夜間だからか、それともフィエールとユングベイルの方に集まっているのか、ずいぶんと閑散としていた。

 赫真にしてみれば好都合だ。堂々と施設内を歩き出すと、レオルもそれについてくる。


「さて、ティコはどこかなっと」

『ティコはここにいるの?』

「確証はないがね」


 推理は得意じゃないんだけどな、と探偵にあるまじきことをぼやきながら考える。

 タイミングを見ても、ユングベイルがレオルの襲撃に関与していると赫真は判断している。しかし、彼の言葉を鵜呑みにするならば、彼らの派閥にとってレオルは重要人物だ。万が一にも命を落とすことがあってはならない。それではなぜ、レオルは

 フィエールに疑いの目を向けさせる為だ、というのは分かる。少なくとも真琥はそれを信じていたし、赫真が個人的にレオーテ王国の王族と親交がなければ、赫真もフィエールがレオルを危険視するという筋書きを信じてしまっていたかもしれない。


「だが、王位の問題だけならば偽の証拠を用意してしまえばいいはずだ。レオルがレオーテ王国に居ては不都合なことがあるということか」

『どうしたの、カクマ?』


 レオルが心配そうな顔で赫真の方を見てくる。

 今のレオルは、誰が頼れて誰が頼れないのかが分からなくなっているのだ。ひとまず信用できそうな自分が深刻な様子を見せては、不安にもなるか。


『誰かここに詳しい人が居ればいいんだけどってね』

『そうだね。でも、ここの人たちは怖かった』

『そうか。じゃあさっさとティコを見つけて逃げるとしよう』

『うん』


 そんなことを話している時に、ふと適任の人物の顔が浮かぶ。

 この建物に詳しく、レオーテ王国の王族に敬意を払い、更にはここに至るまでのユングベイルの行動をちゃんと把握していないだろう人物。

 そろそろレオルがいなくなっていることも把握されているだろう。赫真はその人物がいるであろう場所を探して歩き出した。


「ああ、いたいた。無事かい、東眞さん」

「相賀四席。お見苦しいところを、あいたた」


 休憩室では、先ほど卒倒した東眞あずまが横になっていた。

 赫真にしてみれば何をおおげさな、と思うところだが、レオーテ王国の王族は、人獣にとって特別な存在である。何より、人獅子である東眞にしてみればその思いは数倍だろう。

 どうやら職員たちは倒れた東眞をここに寝かせた後、そのまま戻ってしまったようだ。実に好都合である。


「見苦しいことはありませんよ。レオルの用事を済ませないといけないので、ご協力をいただきたくて」

「レオル王子の? ああ、そういえば雇われたと」

「ティコ王女、ここにいるだろ?」

「どうしてそれを」


 卒倒していた彼は、その後の騒ぎを知らないはずだ。

 静かな口調で確認すれば、東眞は痛む頭をさすりつつも真剣な表情で聞き返してきた。

 赫真は肩を竦めて答える。


「さっき、あんたは真琥マコさんがレオルを誘拐したと言った。でも、それをシヴァン陛下は知らなかった。レオーテ王国では父親であるルーディオ王子の言う通り、真琥さんとレオルは何者かに襲われたことになっている。ということは、あんた達はユングベイルの指示を受けて動いていたことになる」

「……相賀四席」

「ティコが捕まったことをルーディオが知っていれば報告したはずだ。が、フィエールはそれも知らない様子だった。となれば、こちらに入国してからティコは捕らえられた。で、ユングベイルがこの国に来ているとなれば――」

「我々がユングベイル様に逆らえると思いますか」


 東眞は暗に赫真の推論を認めた。同時に、赫真の手助けは出来ないとも。

 ふむ、と小さくうなずいて、赫真は東眞に問いかけた。


「つまり、それは王族であるところのレオルの要望よりも、ユングベイルの指示を優先するということかな、東眞さん」

「そ、それは」

「俺の目的は、あなたがたの断罪でも検挙でもなくて、レオルの依頼を達成することだ。ティコの無事を確認したら、獅子の結社がユングベイルに協力したことについては忘れても構わない」

「しかし、レオル王子はユングベイル様の保護下に」

「そのユングベイルがレオルを利用することを目論んでいても、かね」

「何ですって?」

「信じるかどうかは東眞さんに任せるよ。最悪、ティコの居場所を教えてくれればそれでいい」


 東眞が何やら考え込む。

 赫真の言葉をどこまで信じていいのか悩んでいるようだったが、何やら決断したらしく、赫真に真剣な目で問うてきた。


「相賀四席はシヴァン陛下とも親しくしておられる様子。レオーテ王国の害になるようなことはしないと、約束していただけますか?」

「約束しましょ」

「分かりました」


 東眞は軽くふらつきながら立ち上がった。

 内線電話に手を伸ばし、どこかに連絡がつくのを待つ。


「ああ、私だ。東眞だ。ティコ様に急遽、別の場所にお移りいただかなくてはならなくなった。裏口に車を回してティコ様をお連れするんだ。ああ、そうだ。ユングベイル様もそう考えておられる」


 伝えるだけ伝えて内線を切ると、続けて懐から電話を取り出してどこかへかける。


「私です、東眞です。ええ、今報告を受けまして。虎群会議の相賀四席。ええその人虎です。目的はティコ様ですから、今、ティコ様を別の場所にと指示を。はい。レオル様とご一緒なのですね。ではティコ様を地下にお移ししたと情報を流してみては? はい、それではそのように」


 電話を切った東眞は、苦笑いを浮かべながら窓の方を示した。


「というわけです。私は相賀四席とお会いしていないし、お二人はいつの間にか窓から表に出ていたということで」

「ありがとう、東眞さん。事態がどう転がっても、獅子の結社には影響がないようにしておくよ」

「はい、頼みます。裏口は窓から出て左周りに進んでください」


 レオルを背負って、窓に足をかける。

 一応左右を見回すが、人の気配はない。赫真がそっと表に出ると、窓が静かに閉められた。


***


 裏口を目指すにも、あまり目立つような真似はできない。レオルの手を引きながら、窓に沿って身を屈めて歩く。


『窓より上に頭を出すなよ、レオル』

『うん』


 時折屋内から怒声が聞こえてくる。おおむね二人が見つからないというような言葉なので、まだ表に逃げたとは思われていないようだ。

 裏口が見えてきた辺りで、何やら悲鳴のような声が聞こえてきた。

 レオルと二人、頷きあって走り出す。


「うりゃあっ!」


 裏口に駆け付けた二人の目に映ったのは、小柄な人影が飛び上がって巨漢の側頭部を蹴り払い、見事に打ち倒したところだった。

 優雅な動きで地面に降り立つと、こちらに鋭い声を投げてきた。


「仲間⁉」

『ティコ!』

「レオル⁉」


 反応したのはレオルだ。近づいてきた人影が、ようやく少女の姿にまではっきり見えるようになった。

 成程、真琥の娘だと納得する。勝気そうな目つきと引き結ばれた唇は、初めて会った頃の真琥の顔立ちにそっくりだ。


『あんたがレオルを⁉ 悪いけど返してもらうわよ!』

『違うよティコ、彼は――』


 レオルの制止も間に合わず、鋭く踏み込んできて、振り上げられた右足。躊躇も遠慮もなく急所を狙ってくるティコの足を、軽々と避けてから。


「性格まで真琥さんそっくりか。お前も苦労するぞ、レオル」

「え? きゃあ!」


 赫真はティコの背後に回ってその腰を抱え、レオルを手招きした。


「ちょっとあんた、何すんのよ⁉ 離しなさいっ!」

『違うよティコ、この人は敵じゃない』


 心得たもので、レオルは赫真の邪魔にならないように腕に掴まると、ひょいと肩車の姿勢に飛び乗ってきた。子供とは言え人獅子といったところか。

 赫真はティコの説得をレオルに任せて走り出した。車まではそれ程の距離はないが、ティコが暴れた音は屋内に伝わっていると見ていい。悠長に話をしている暇はなかった。


『レオル、どうしたのよ? こいつに捕まったんじゃないの?』

『この人はカクマ。マコと一緒に助けを求めた人だよ。ティコを助けたいって、僕が依頼したんだ』


 どことなく得意げに告げるレオル。ティコの前では、これまでのような気取った様子ではなく、年相応の子供らしさを見せるようだ。

 ティコは驚いたようで、抱えられたままこちらを見上げてきた。


「じゃ、じゃあアンタが母様の言ってた、赫真叔父さん⁉」

「おじ……ああ、そうか。君は俺をそう呼んで構わないんだな」


 まだ入籍していないとか、その辺りの細かいことを言っても仕方ない。おじさん呼ばわりに少なからずショックを受けた赫真だったが、諦めてひとつ溜息をついたのだった。

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