file3-7 相賀赫真は依頼を完遂する

 追ってくる車を気にしつつ、裏道も利用して目的地を目指す。


「やれやれ、しつこいったらないな」


 それ程スピードを出しているわけでもない。夜中とはいえ、目立つカーチェイスなどをしてしまえば当局に目をつけられてしまう。

 獅子の結社はレオーテ王国の傘下とは言えこの国の組織であるし、公的に組織としての詳細を説明できない。検挙されるとややこしいことになるのは彼らも一緒なので、追う側も追われる側も法定速度を守って走るという、何だかよく分からない光景が繰り広げられることになった。


「叔父さんって先祖返りなんでしょ? そしたらあいつらなんて軽くノックアウトできちゃうんじゃないの?」


 無邪気に言ってくるのは後部座席のティコだ。

 ノックアウトの辺りでぶんぶんと腕を振り回して騒ぐので、危なっかしいったらない。


「できなくもないけど、そういうのは最後の手段だ。お互いに血を見なくて済むならそれが一番だよ」

「えぇ!? ノックアウトしちゃえば早いじゃない」

「獣だって縄張り絡みと自分の命に関わること以外には牙も爪も使わないだろ? 暴力で解決するのはそれ以外に手がなくなってから。そういうものさ」


 赫真かくまの言葉に、非常につまらなさそうな顔をするティコ。何とも血の気の多いところといい、赫真としては真琥まこや昔の自分を見ているようで微笑ましいやら胸が痛いやら。

 交差点の信号が黄色に灯る。色が変わっても止まるわけにはいかないので、少しだけアクセルを踏んで加速し、ギリギリのタイミングで抜けてしまう。

 追いかけてきた車たちは対向車によってブレーキをかけざるを得ず、ひとまず時間が稼げたと言えるだろう。

 やはりユングベイルの独断のようだ。もしこれが王族の指示なら、彼らは少しくらいの無茶なら平気で行う。後追いで政府に圧力がかかるのが分かっているからだ。


「叔父さんって、牙の抜けた虎なのね。期待してたのに損しちゃった」

「んー?」


 幼いティコの言葉に、笑みを漏らす。子供らしい感性だ。


「そうだなぁ。牙や爪で解決するのは実にシンプルで分かりやすい」

「そうよ! あいつらが悪いんだから、実力で黙らせちゃえばいいのよ」

「悪ければ倒しちゃえばいい、か。そしたら、悪い奴の家族はこっちを恨むだろうなあ」

「え、あいつらの、家族?」

「悪い奴だって家族はいるさ。子供や奥さん、あるいは旦那に両親。どういう仕事をしているか知っていても知らなくても、大事な家族が傷つけられたと聞けばそれは怒る。怒るし、恨む。憎まれることもあるだろうな。そして、そういう想いは中々消えない」

「でも……だって」

「そういうのが積み重なると、もうどちらかを全員排除しなくちゃならなくなる」

「それじゃ駄目なの?」

「いけなくはないさ。人間ってのはそういうもんだ。でもな」


 思い出すのは、子供の頃の約束。

 若い自分、幼いミトラ。赤みがかった体毛を見て、怯えもせずに彼女が放った一言。

 突き刺さったその言葉は、今でも相賀赫真のルールとして心に在る。


「俺たち先祖返りは、他の人獣よりもその辺りが有利に生まれついている。そうなるともう、俺たちが牙や爪を使うってのは『対等な争い』じゃなくて『弱いもの虐め』になっちまうってことさ」

「弱いもの虐め」

「俺は弱いもの虐めはしたくないなあ」


 振り返りもせずにへらりと笑みを浮かべるが、ティコも、隣で聞いていたレオルも真剣な目でこちらを見ていた。

 少し小難しい話なので、レオルなどは赫真の言葉を――こちらの言葉でしゃべっていたのだからなおさら――理解しきれない筈なのだが。

 程なく、喜色を浮かべたティコがうんうんと頷いた。何やら感じ入ったものがあったようだ。


「そっか、分かったわ叔父様!」

「おう」

人獣ウェアビーストたるもの、誇り高く在れってことね! 流石はミトラ叔母様の旦那様だわ!」

「ああ、うん? そ、そうだなあ、そう思っておいてくれればいいんじゃないかな」


 少々意図した方向とは違うような気もするが、ティコの王族としての心得と考えるなら悪い解釈ではないかもしれない。いつの間にか叔父さんから叔父様にランクアップしている。

 と、ようやく虎群会議の建物が見えてきた。周囲を見れば追手の姿はない。待ち伏せされている様子もない。


「さあて、長い一日だったな。あそこに入ればもう安全だ、しっかり休むといい」


 既に日付も変わっている。二人とも幼いとは言え人獣なので夜には強いようだが、いい加減に寝る時間だ。

 あちらでも赫真の車を見つけたようで、駐車場のシャッターが開いていく。流れるように車を滑り込ませれば、すぐさまシャッターが閉ざされた。

 所定の位置に車を停めて、エンジンを切る。


『ありがとう、カクマ』

『これで依頼は達成だな、お疲れさん。よし、後のことは明日だ。まずはしっかり寝ること、いいか?』

『うん』


 安心して笑みを浮かべるレオルに、大人らしく忠告する。

 シートベルトを外しながら、二人の寝る場所のことを考えていると。


「ティコや!」


 相好をだらしなく崩した大虎殿が、何やら感動に打ち震えてこちらに両腕を広げる様子が目に入ったのだった。


「ねえ、叔父様。あれ、どなた?」

「驚かないで聞いてくれ。あれが君のお祖父さんだ」

「ううん……驚きはしないけれど、なんだかイメージと違うわ」

「だろうなぁ」


 特に大虎殿の様子にケチをつける気もない赫真であったが、『駆けて行って抱き着いてやると喜ぶぞ』とまでは流石に言えなかった。

 というか恐らく、それを本当に実行したら文字通り昇天しかねない。


***


「母様! って」


 正座を見るのは初めてか、真琥マコとミトラが居る部屋に飛び込んだティコは目を白黒させて母親を見た。


「ティコ。良かったわ、無事で」


 慈愛の微笑みを浮かべた真琥だったが、立ち上がる様子はない。

 どことなく震えているように見えるのは、多分感極まったからだけではない。


「真琥さん、どれだけその姿勢でいたのさ」

「赫真。あんた、ミトラと一緒だと苦労するわよ。こいつ、あんたが出て行って五分で我慢の限界とか言い出したんだから」

「ああ、そんなに酷かったんだ」

「そうよ! 気が付いたら簀巻すまきにされてここに運ばれたのよ」

「随分我慢したね。お疲れ様、ミトラさん」

「はい、センセイ」

「ちょっと!? あんた甘やかし過ぎひぃっ!」


 赫真にしてみれば、自分が出て行った後に真琥が余程手が付けられないほど騒ぎ立てたのだろうと推測したものだが、真琥の方はそのようには解釈しなかったようだ。

 更に大声を上げようとしたところで、密かに忍び寄ったミトラが足の裏をつん、と足先でつついて止める。

 さすがにレオルは眠そうであまり注意を払っていないが、ティコは世界の終わりが来たかのような顔で母を見ている。


「か、母様」

「お、覚えておきなさいティコ。これが、母の国に伝わる最悪の刑罰、凄坐せいざけいよ!」

「せ、セイザ……!」

「嘘を教えない、嘘を」


 額に青筋を浮かべてぐりぐりしているミトラを引きはがすと、ようやく真琥はぷるぷると震えながら立ち上がった。

 慈愛に満ちた笑顔で両腕を広げる。似たような姿をさっき見たような気もするが、今までの流れはなかったことにする気らしい。


「無事で良かったわ、ティコ」

「母様ぁっ!」

「ひぐっ!?」


 感極まって飛びついたティコの足が、痺れている真琥の足を直撃したらしい。震えて涙目になりながらも、娘と一緒に倒れなかったのだけは評価しても良かったかもしれない。


「ちっ! 赫真、ご苦労じゃったな」

「自分がしてもらえなかったからって親子の感動の再会に舌打ちすんじゃねえよクソジジイ」


 後から上がってきた大虎殿に半眼でそう返す。

 なんとも大人げない老人である。が、本人も本気ではなかったのか言い返してはこず、赫真に優しく声をかけた。


「とりあえず、今日はもう泊まっていけ」

「いいのか? 別に帰るのも手間じゃないが」

「おう。どちらにしろ明日の朝いちで呼ぶことになるからな」

「……なんだって?」


 どうやら、これでお役御免とはいかないらしい。

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