file3-2 相賀赫真は獅子の子と出会う
ひとまず
まず、状況を整理する。このタイミングでレオーテ王国に住む真琥が外国人の少年を連れて来たのだ。間違いなく彼はレオーテ人で、
「いやあ、悪いわね
「本当だよ。ミトラさんの姉さんじゃなかったら叩き出してる」
「ひどっ」
「大丈夫よ、姉さん。私も同じ気持ちだから」
「レオル! 妹とその旦那が虐めるのよ!」
軽く涙目になって少年に抱き着く真琥だが、その程度のことで動じるほど赫真もミトラも甘くない。
しかし、レオルと呼ばれた少年はどうやら真に受けたらしく、何やらオロオロと真琥とミトラを見比べた後、なぜか赫真を強く睨みつけてきた。
理不尽である。
『カクマ。きみはひどいやつだ』
非常に綺麗なレオーテ語でこちらを詰ってくるレオル。赫真は小さく溜息をつくと、ちらりとツヨシの方を見た。
キラキラした目でこちらを見ている。手元にはメモの用意。準備は万端ということか。本当は追い出すべきなのだろうが、本人は既に関わる気のようだ。描もいることだし、身の危険はないと思うが。
もう一度、今度はこれ見よがしに大きく溜息をついて、赫真は泣き真似を終えていた真琥に話を促した。
「で、今回はどんな厄介ごとを持ってきたのさ」
***
真琥・エンディーネは父親である大虎殿に、ある意味で最もよく似た女性だった。
父親でさえも手を焼く程に行動力に富み、それを成し遂げるだけの才能まで生まれ持っていた。虎群会議も、父親の大虎殿でさえ、態度はどうあれ彼女が次の虎群会議筆頭になるだろうと内心で思っていた筈だ。
しかし彼女はそんなことは気にも留めず、一人の人虎として、人獣の楽園と呼ばれたレオーテ王国を終の棲家にしようと心に決めた。
そして、十六歳の時に渡欧。虎群会議の筆頭の娘であることを一言も公表せずにレオーテ王国のカフェで働き始める。
十七歳になった頃、学友とカフェを訪れたレオーテ王国の王族の一人に見初められ、熱心な求愛を受けて結婚。素性を明かした時に、レオーテ王国の王族と虎群会議の席次持ちの誰もが愕然としたのは想像に難くないだろう。
娘も生まれており、良くも悪くも虎群会議における大虎殿の声望を上げる結果になったのは確かだ。
彼女が帰国したのは結婚以来初めてのはずだから、十六年ぶりくらいになるか。
齢三十四。女性として輝いている彼女は、その才覚に負けないほどの厄介ごとを持ち帰ってきたのだった。
***
「お、王子様っ!?」
素っ頓狂な声を上げたのは、横で聞いていた
真琥の嫁ぎ先とタイミングを考えれば、予想できたことではあった。
「レオーテ王国の、ん……レオルです。シヴァンの孫」
「言葉、上手ですね」
「ありがと。ティコ。えと、教えて、くれた」
ティコは真琥の娘だ。継承権は与えられていないがれっきとした姫様である。
赫真はレオーテ語が分かると聞いていたのだろうが、ミトラ以下の三人には伝わらないと分かったようで、レオルはたどたどしいながらこちらの分かる言葉を使ってくれている。
赫真はひとまずこの時点で、
「それで? 何でまた、王子様を連れて国外脱出なんて馬鹿なことを」
「レオーテ王国には、王族に先祖返りが生まれたらそれを次の王にするって伝統があるのはご存知?」
「いや、知らない。似たようなことをしでかそうとしている馬鹿なジジイには心当たりがあるが」
「その辺りはそっちで勝手に決着つけてくれると嬉しいわ。それと、現王太子のフィエールのことは?」
「そっちは知っているけど。シヴァン陛下の長男だろ?」
「彼は徹底的なオカルト嫌いでね。知ってた?
「へえ。まあ、そういうこともあるかもしれないな」
先祖返りでもない限り、人獣と言ったところでそれを信じる根拠は見た目には存在しない。
人獣と人間の間には身体能力の壁があるのは確かだが、レオーテ王国はその国民の大半が人獣で、数少ない人間も『素養が目覚めなかった人獣同士の子供』ばかりだ。他国との国交もほとんどないレオーテ王国の王族にしてみれば、自国の国民が身体的に優れていることを理解していなくても無理はないかもしれない。
「この前の満月の晩よ。王族が集まる会食の席で、フィエールは生まれて初めて『自分たちが本当に人獅子の子孫である』ことを理解したわ」
「成程。今回の件は王位継承騒ぎか」
「正解。このレオルが次代の
『そうか、君はアレクシオスの子か』
『父上を、ご存知なのか? カクマ』
人獣など伝説に過ぎず、自分の王家がその権威づけの理由に人獣の子孫であると称している。真琥の言葉を信じるならば、フィエール王子はそう考えていたことになる。つまり、獅子の顔の王の伝説などはただのギミックに過ぎず、自分の立場は安泰であるとも。
しかしそれが覆された。真琥の言う通りであれば、今頃自分の居場所さえ奪われるような錯覚を覚えているのかもしれない。
『アレクシオスもフィエール王太子も、シヴァン陛下も知っているよ』
『そうなのか! 私は陛下にお会いしたのはこの前が初めてで、お言葉を賜ったのも一度だけなんだ。カクマが会った陛下とはどんな方だった!?』
『そりゃあもう、偉大な人でな。っと、その話は後でにしよう』
と、赫真はレオルから真琥の方に顔を向けた。
事情は分かった。しかし、それと赫真に頼るのは別の話である。
「それでだ、真琥さん。あんたは俺に何をさせたい?」
「この子が命を狙われないようにしてほしいの。既に国許で三回は襲われているわ」
「ならばジジイのところが最適解であることは分かっている筈だろ? 虎群会議が後ろ盾になるなら、レオーテ王国のシヴァン陛下が敵対でもしないかぎり、レオルの身柄は安全だ」
「それは」
ミトラも頷く。真琥は赫真とミトラとを見て、何やら言いよどんでいる。
どうやら、こちらがあずかり知らない事情があるらしい。
「まったく。ミトラさん、準備を」
「そうですね。まったくもう、一つ貸しですよ姉さん」
「えっ」
赫真はミトラに目配せすると、次いでツヨシと描の方に声をかけた。
「ツヨシくん。今の話を虎群会議でメンバーを待っているジジイに伝えに行ってくれないか。大熊さん、悪いが車の手配とツヨシくんの護衛を頼みたい」
「ジジイ、ですか?」
「構いませんけど。護衛?」
「うん、ジジイ。大虎殿って言った方が分かりやすいかな。護衛については、どうも真琥さんが後を尾けられたみたい。俺の部屋から出ただけで襲われるとは思わないけど、相手の目的が分からないから念のため」
「分かりました。ツヨシさん、行きましょう」
「え、ちょっと赫真さん⁉ 大虎殿って言ったら、虎群会議の筆頭でしょ、あの威厳の塊みたいなっ!」
抗議の声をあげるツヨシだが、事態の深刻さを理解した描に手を引かれて事務所の外へ連れ出される。
と、真琥が困り顔で言ってくる。
「赫真、親父に助けを求めるのは」
「ジジイに状況を説明する、依頼を受けるにはそれが条件だ。何かあったら虎群会議だけの問題じゃ済まないんだぜ、分かってる?」
真琥の対応は不自然なのだ。
この国に帰ってきたなら、古巣である虎群会議を頼るべきだ。そうすれば赫真もその一員として力を貸すわけだから、むしろその方が都合が良いだろう。
父親と折り合いが悪い。真琥はそれだけの理由で大局を見失うような女性ではなかったはずだ。
「それは、そうね。分かってるわ」
「ではなぜです、姉さん? 姉さんがしていることは、レオル王子にとって不利になる行動なのは分かっているはず」
「私の知る限り、こういう時に誰より頼りになるのは赫真だからよ。他意はないわ」
「だとしても!」
真琥は何かを隠している。それが分かるからか、ミトラの
それでも頑なに話そうとしない真琥の様子を見ていたレオルが、赫真の服の裾を引いた。
『聞いて、カクマ』
『どうした?』
『ティコは、僕の身代わりになって捕まっているんだ。たぶん、マコの父上の所にも監視が行ってる。だから――』
「レオルッ!」
真琥が悲痛な叫びを上げる。
その様子に嘘ではないことを理解した赫真は、ぼりぼりと髪を掻いた。
そういうことならば、真琥の態度が不自然なのもよく分かる。姫様であることを除いても、ティコは将来の義理の姪だ。放ってはおけない。
「ジジイのことだ、自分じゃなくて俺の方に来たと知れば、大体の事情は察するだろう。隠し事はなしだ、包み隠さず話してもらうぜ」
ツヨシたちが出て行ったにもかかわらず、表の気配が動く様子はない。
ならば今すぐ襲撃があるわけではなさそうだ。赫真は自分の椅子を引っ張り出して腰を下ろし、二人を静かに見据えた。
『特に、レオルが一体どうしたいのか。まずはそこからだ』
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