獅子の顔の王
file3-1 相賀赫真はニュースに目を奪われる
今日も今日とて描が持ち込んだ食材で四人分の夕食を作る。ミトラなどは二人の時間が削られますなどと不機嫌だが、仕事の少ない相賀探偵事務所にとって食材の持ち込みは長期的に見てもありがたい。
大きな仕事など、そうそう舞い込むものではないのだ。
『次のニュースです。本日――』
テレビではニュースが流れている。ミトラが茹で上げたパスタを皿に盛って、テーブルに並べた。本日はカルボナーラである。
「出来たよ」
「ありがとう、赫真さん」
ツヨシと描は一応来客なので、ソファに座ってテレビを眺めている――ように見えたが、すでにテレビそっちのけで二人の世界に入っているようだった。
とはいえ、出された食事を無視するほどではなかったらしく、いそいそと立ち上がって席につく。
「それにしても、君たち仕事は大丈夫なのかね」
「ぼくは赫真さんの取材ってことで編集長から許可をもらってますし」
「姐御……」
思わぬ身内の裏切りに頭を抱えたくなるが、冷める前に食事を済ませることにする。
ふとテレビを消してなかったな、と視線を向けると、ちょうど世界で起きた事件のニュースが流れるところだった。
『さて、本日は誠に珍しい映像をお届け致します。わたくし、最初にこの映像を見たとき本当に驚きました』
『先ほど、レオーテ王国のアレクシオス王子が会見で見せた様子です』
『本当に驚きましたねえ、荒家さん』
レオーテ王国とは東欧の小国だ。代々王制を敷き、小さいながらも安定した政治形態で知られる。歴史上周辺国から圧力がかかったことも多く、あまり他国とは国交を開いていない国でもある。
この国の王は伝統的に
もちろん国際的にそれを鵜呑みにすることなどない、というのが一般的な常識だが、赫真たちの常識とは異なる。
赫真たちがテレビの画面で目にしたのは、立派な
「先祖返り!?」
「の、偽物だね。これは」
大仰に驚いたのはツヨシだったが、描とミトラは特に動じた様子はない。
もちろん赫真も過度に反応することなく、ツヨシの言葉を否定する。
「偽物ですか?」
「うん。そもそも午前中だから」
「ああ、そういえば」
先祖返りの変身は、翌朝の日の出まで続く。満月がうっすら見えている程度では変身しないのは今までに多くの先達が確認してきたことで、赫真も実際に確認した一人だ。
画面には『現地時間で本日午前』と表示されている。ツヨシには平静を装った対応をした赫真だったが、内心では強い焦りを感じていた。他ならともかく、レオーテ王国では懸念材料だ。
アナウンサーの話は続く。
『実はこれ、レオーテ王国の百十一年に一度の奇祭、王国の伝承にある『獅子の顔の王』を迎える祭りのための仮装とのことで、アレクシオス王子はご機嫌で特殊メイクをしたそうです』
『うっかり本物かと思うほどの出来ですね。街中で見たら驚きそうです』
『本当ですね。この祭り、十日ほど続くとのことです。それでは次は天気予報です。新居見さん――』
特に問題はなく画面が切り替わり、気象予報士が笑顔で明日の天気の説明を始める。
赫真は既にニュースなど意識から除外し、一気にパスタを胃袋に流し込む。
「赫真さん?」
「ふう、ごちそうさま。悪いけどちょっと出かけてくるよ。お二人さん、帰る時にはたぶん戻れないと思う。済まないね。ミトラさん、行ってきます」
「分かりました。センセイ、お気をつけて」
ミトラも察していたのか、神妙な面持ちで頷いてきた。
が、蚊帳の外のツヨシが慌てた様子で聞いてくる。
「ちょ、ちょっと待って赫真さん。何事?」
「レオーテ王国は、本物の人獅子の国なんだよ」
説明をミトラに任せようかと口を開きかけたところで、思い止まる。
ツヨシが専属契約をしている日向出版の社長兼編集長は、
その許可を受けて取材に来ているのならば、赫真がその問いに答えないわけにはいかなかった。
「虎群会議も相当大きな互助組織だけど。国イコール互助組織のレオーテ王国は別格でね。世界でも唯一の
「へぇ、そんな国が」
「外国との関わりも人獣だけに限っているから、ツヨシくんが知らないのも無理はない。人獣の組織が国政に深く入り込んでいる国とは一応国交もある。人獣には楽園みたいな国らしいよ」
先祖返りに至っては、ビザすら要らない。残念ながらこの国にはレオーテ王国への直行便は存在しないので、向かうとなれば飛行機を乗り継がなくてはならないのだが。
赫真はそこまで告げて、靴を履いた。
「そんなわけで、同じネコ科の人獣だから、虎群会議とレオーテ王国は結構関係がずぶずぶなんだ。間違いなく招集がかかるから、俺は本部に顔を出してくるよ」
「なぜ、アレクシオス王子はあのような」
「俺にはそれが分からない。ああいう奇祭があってもおかしくはないけど、彼らはまず報道機関を入れることなんてないからね」
深刻な表情をするのはミトラだ。ようやく事の重大さを察したのか、ツヨシは表情を硬くし、描も何やら考え込んでいる。
「まあ、外国の事だから。こっちがどうにかなることはないと思うけど、俺の場合は満月の晩に外出するのは絶対禁止とか言われそうだなあ。じゃ」
「そうですね、急ぎの仕事があるわけでもありませんし。センセイ、頑張ってくださいね」
三人に見送られて事務所を出る。
階下についたところで、スマートフォンが震えた。大虎殿だ。
「はい、相賀」
『赫真! お前、テレビ見たか!?』
「見たよ。レオーテ王国の件だろ?」
『そうだ! どうやらアレクシオスがやらかしたのはついさっきらしい。これから招集をかける、お前も――』
「ミトラさんに留守番を任せてる。今ちょうど下に降りたところだよ」
『分かった。急げよ!』
要件だけを告げて、電話が切られる。
それだけ大虎殿も焦っているのだろう。今回の案件は人獣社会の根底を揺るがしかねない。
小さくため息をついたところで、ふと視線を感じて赫真は顔を上げた。
目に入った人物の顔を見て、赫真は思わず目を見開いた。
「な、なんで」
「いいタイミングだったわ、赫真」
ここに居るはずのない人物が、赫真の前に立っていた。
ミトラによく似た顔立ちだが、より勝気そうな眼光と挑発的に歪む口許。
「なんでこんなところに居るんですか⁉
「ニュースを見たんでしょ? これからバカ親父の処に向かうと見たわ」
立っていたのは真琥・エンディーネ。旧姓眞岸。大虎殿の七女で、ミトラのすぐ上の姉だ。
レオーネ人の男性と結婚し、今はレオーネ王国に住んでいるはずだった。
そしてその後ろには、金髪の子供が一人、赫真に怯えるように真琥の影に隠れている。
「その口ぶりからすると、ジイさんには知られたくないわけですか」
「まあね。できればはやくこの子を落ち着かせてあげたいの。いいかしら」
しばし迷ったあと、そして赫真はしまいかけていたスマートフォンを再び操作する。
『どうしました? センセイ』
「ああ、ミトラさん」
どう考えてもツヨシと描はまだ上に居る。
赫真は真琥とこの金髪の子供が間違いなく今回の件に関与していることを確信した上で、ミトラに告げた。
「真琥さんが来ています。どうしましょうか」
『……はい?』
ミトラの反応もまた、最初の赫真と大差ないものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます