人兎怪盗 宇佐見安吾
file4-1 相賀赫真と怪盗の噂
秘密裏に王家の厄介ごとを解決したのだから当然なのかもしれないが、口座に入った金額の桁が予想より二つ違った。
通帳を厳重に懐にしまう。事情は
「税金とかもあるし、ミトラさんに預けておこう」
ぶるりと軽く身震いして、家路を急ぐ。
通帳に記帳しただけなので、現金を持っているわけではない。それなのに周囲の目が気になってくるのは、何となく自分が小市民気質だからなのかもしれない。
と。
「あれ、赫真兄?」
「ん?」
赫真はかけられた声に足を止めた。そのように自分を呼ぶ者は決して多くない。
具体的には、
「
「そうだよ! 久しぶりだね赫真兄」
「元気だったか」
赫真が一年だけ引き取られていた孤児院で、弟分や妹分であった者たちだ。
嶺二は
弟の嶺二については最近消息を聞いていなかったが、どうやら元気そうだ。
「元気さ! 赫真兄も元気そうで。あれ、確か
元気そうで、と言ったところで赫真の様子――具体的には着ているものの様子だろう、上から下まで視線を往復させた――に首を傾げる。
軽く失礼だが、無理もない。
「そりゃお前、ちゃんと独立したからな。今は近くで探偵事務所を開いているから、暇な時でも遊びに来いよ」
「た、探偵!? そりゃまた変わった仕事に」
「仕方ないさ、先祖返りにまともな勤め先は望めないしな」
「ああ、そういう問題があるのかぁ」
大変だね、と真面目顔で頷く嶺二に、苦笑いで返す。
「ま、お陰さんで細々と生活は出来てるよ。お前は? 稟には日ごろから世話になってるけど、最近お前の話は聞かなかったからな」
「ああ、うん。姉さんとは今別々に暮らしているし、特に連絡も取り合わないからね」
「そうなのか」
てっきり同じ互助組織に所属しているのだと思っていたが、どうやらそれも違うらしい。
あまり踏み込んだ話をするのもどうかと思うので、赫真はそこで話を切り上げることにした。
少なくとも嶺二の身なりはきちんとしているから、赫真のような収入に乱高下がある生活はしていないのだろう。
「さて、そしたら失礼するぜ」
「うん。またね赫真兄。元気で」
笑顔で手を挙げる嶺二にこちらも右手を挙げて、事務所への道を歩き出す。
弟分と別れた途端、先ほどの緊張感が再び襲い掛かってきたのは言うまでもない。
***
相賀探偵事務所は、なにも
今更なぜそのようなことを確認するかと言えば。
「そういうわけで、是非ご協力をいただきたいのです」
「怪盗ですか。それも人獣の」
「ええ。相賀先生は人獣に関わる事件を数多く解決してこられたプロフェッショナルだと伺っておりますので、ぜひお力添えをお願いしたく。今回の予告状で通算七枚目になりますが、今までに一度として検挙されていない凄腕でして」
非公式にではあるが、警察からの協力要請を受けているからだ。
赫真の目の前で吹き出る汗を拭いながら頼み事をしてきているのは、県警で今回の予告に対しての陣頭指揮を執っている野口警視だ。
人獣以外で赫真の素性を知っている、数少ない一人である。探偵としての赫真ではなく、虎群会議四席の相賀赫真として知っているからか、吹き出る汗には緊張だけではなく委縮も見て取れる。
そして、その隣で反対に嬉しそうな表情を見せているのは、赫真もよく見知った相手だった。
「詳しくは、今回の担当者からお話しさせます」
「人獣犯罪対策課の
見城
「今日は懐かしいやつとよく顔を合わせる日だな」
「え?」
「さっき、嶺二のやつとばったり」
「嶺二? 羽計嶺二ですか」
嫌そうな顔になる恵乃。犬と猫だからというわけではないのだろうが、二人は昔から随分と仲が悪い。恵乃自身は姉の稟とは親友といって良い間柄であるだけに、よくわからない関係性である。
とは言え、ここは旧交を温める場ではない。赫真は恵乃の方から野口に視線を移し、気になった点を口にする。
「ん、受けるのは別に構わないんですが。俺みたいな外部の者が関わると、嫌がる方も出てくるのではないですか?」
「そ、そうですね。普段ならそうかもしれませんが、相賀先生であれば話は別です。何しろ先生にご協力を求めると言った途端、獣対課の者は全員が同行を申し出たくらいです」
「最終的には顔見知りということで私が同行者に選ばれました」
「ああ、野口さん以外は皆さん人獣でしたっけね」
何やら恵乃がドヤ顔をするが、それには触れずに話を続ける。人獣犯罪対策課には、ほとんどの場合人獣が配属される。警察組織とは別にそれぞれの互助組織にも所属しているから、赫真の風評は耳にしているということか。
どうやら、受けないわけにはいかない案件であるようだ。
赫真個人としては当局に貸しも借りもないのであるが、虎群会議としてみるとそれなりに貸しも借りも溜まっている。たまには回収しておいてもバチは当たらないだろうと諦めて、話を進めることにする。
「狙われている品は何です?」
「予告状には、『遠藤社長がもっとも盗まれたくないもの』となっております。恐らくこちらの絵であるだろう、というのが社長の見立てですが」
と、恵乃がテーブルに写真を置く。
映っているのは、何やら高級そうな絵が一枚。芸術には詳しくない赫真であったが、どこかで見たことがあるような気がする。
「あー、えーと。何て絵でしたっけ、これ」
「さあ? 私も芸術には疎くて。美術の教科書か何かに載ってたような」
恵乃も似たようなもののようで、同じように首を傾げている。
名家の娘だけあって、ミトラが詳しいはずだなと振り返ると、ミトラはまだ茶菓子の用意をしているところだった。声をかけようとしたところで、
「ニーセの『鳥の楽園』ですね。本物なら億単位の価値ある逸品です」
口を挟んできたのは野口だ。
おぉ、と反応する。値段を聞いてみると、何やら素晴らしい絵のように見えてくるから不思議だ。俗っぽいとも言う。
「テルワイト・ニーセ。
そして、補足してくれたのがミトラだ。
茶菓子を置きながら写真を眺め、気まずそうな表情をする。
「実家にも二枚、ニーセの絵画はありますけど。そのうちの一枚がこの『鳥の楽園』なんですよね」
「え」
絶句する二人。
その一方で、赫真はぽんと手を叩いた。
「ああ、だからか。見覚えがあるはずだ」
「じゃ、じゃあこの絵って」
「贋作じゃないですかね? ニーセは本物の人鳩で、晩年はレオーテ王国に身を寄せたので」
「奥様のご実家にあるのが偽物という可能性は」
「どうでしょう?」
明言しないミトラだったが、『鳥の楽園』はレオーテ王国から友好の証として寄贈された絵だと聞いた覚えがある。
赫真がミトラを見ると、小さく首を横に振ったので、その辺りは軽くぼかしておくことにする。
「その辺りについては、わざわざ確認して社長の顔に泥を塗ることもないんじゃないですか? 贋作と言っても高価な買い物だったでしょうし」
「そ、そうですよね。向こうも本物だと思って本当に狙っているのかもしれませんし」
「ですね、それ以外にも狙っているものがある前提で動いた方がいいと思います」
頷きあう三人。
と、ミトラがふと思い出したように声を上げた。
「そう言えば、その怪盗ってなんて名乗っているんですか?」
「ああ、失礼しました奥様。ええとですね」
野口が慌てた様子でテーブルの上のファイルをめくり出す。
目当てのページを開くと、予告状をアップで捉えた写真が挟まっていた。
「名義は『怪盗ジャッカロープ』。
隣の写真には、予告状に同封されていたという、角の生えたウサギのシルエットがスタンプされたカード。
相手の気合の入り方を見るに、二流探偵を自認する、相賀探偵事務所の仕事ではないような気もするが。
請け負った以上、失敗するわけにはいかない。赫真は建物の間取りなどを真剣に頭に叩き込むのだった。
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