キリー・ラミランジュール

 休日。ミュリエル・キャンデロロは牛乳をがぶ飲みしていた。どうして、あんなことをしているのかはミュリエルの抱えているコンプレックスに原因があるだろう。


 コンプレックスといっても、色々あるのだけど、僕らが使う場合は大体が劣等コンプレックスであることがほとんどだ。


 さて、そのコンプレックスが何なのかといえば、一つしかない。小学生に間違われるあの体型のことだ。


 それをどうにかして解消する為に、ああやって牛乳をがぶ飲みしているというわけだ。


 しかし、あんなことをしても意味がない……とまでは言わないにしろ、腹を壊すだけなのでやめるべきだと僕はミュリエルに言ったのだが……。


「やだー! 大きくなるのー!」


 うん、かわいいね。ロリコンだね。違う違う。ミュリエルは至って大真面目なつもりなのだろうけど、僕的には子供が背伸びしたい年頃的なアレに見えてしまうわけだ。


 身体的特徴を大幅に変えることは現代でも出来ていないことの一つだしなぁ……。特に身長と胸は。


 勿論、外科的手術を除いてね。なので、何をしてもほぼ無駄に終わることを僕はしっている……それを伝えるのはあまりにも残酷かもしれないが、このままでミュリエルは駄目な方向へと突き進んでしまう可能性もあるし、ここは強く言っておくべきだと思う。


 それを端的に伝えると、ミュリエルは泣き出してしまった。うーん、可哀想だけどこれが現実ってことをわかって貰うしか……。


「揉めば膨らむとよく言うじゃないですか」


「えっ?」


「ほらぁ、胸は揉むとでかくなるってよくいうじゃないですかー。揉んで貰ったらどうです? 色んな所を。にひひひっ」


 余計なことを口走ったのは、同じ寮に住むキリー・ラミランジュール。新聞屋の活動もしており、情報屋でもある彼女。ついでに一つ上の先輩だ。黒い髪のショートカットがよく似合っている。なんていうか、レベル高いよねこの学園の女の子達って。


 って、それはどうでもいいよ。


 以前はぽっと出の僕のことを嗅ぎまわっていたが、何も情報が出てこず、諦めたようだ。


 その彼女……キリーさんの余計な一言により、ミュリエルが真剣な表情でこちらを見た。


「揉んで! タダヒト!」


「えぇっ!」


「ほら、どうしたんですか。唯人さぁん。揉んであげたらどうですかぁ?」


 くひひっと笑っているキリー。楽しんでやがる……。


「いや、まずいだろっていうか……揉んでも効果なんてないからな?」


 そういうと、ミュリエルはまたもうるうるしてしまう。そんな目で僕を見ないでくれ!


「お・と・こ・に揉まれるとさらに効果があるとか、ないとか!」


 マジで弄ばれている。ひどい。いい加減にしてほしかったが、怒ってミュリエルがさらに泣き出しても困るし。


「タダヒトはミュリエルのこと、きらいなの?」


「そんなわけないだろ。好きだよ、ミュリエルのことは」


「じゃあ揉んで!」


「だから……」


「男なら、揉め! もみ倒すのじゃー!」


 さらに煽ってくるキリー。


「このっ……そもそも小学生相手に揉めるわけないだろ! 胸なんか!」


「私、別に胸とは言ってませんけど?」


「へっ……?」


 しかも、今頃気づいた。爆弾発言をしたことに。胸もそうだけど……それ以外に。一番言ってはいけないセリフを。口走ってしまったのだった。


 そう、『小学生』というフレーズを。


 それを聞いたミュリエルは当然泣き出す。ああっ!


「うっ……ううっ……ひぐっ……ミュリ、エルはぁ……小学生、じゃ、ない……もんっ」


「そ、そうだよなぁ。違う違う。今のは間違えたというか、その……ごめん!」


「うわぁああああああああああんっ!」


「あーあ、泣かしてしまいましたね」


 けろっとした顔でこう言うのだ、この女は。なんて奴。


「おや、私のせいだと?」


「他に誰がいる!」


「これはひどいですねー。私はミュリエルさんの為を思って、アドバイスをしてあげたというのに。むしろ、失言をしたのは唯人さんの方では?」


 間違っていないから対処に困る。たちが悪いのだ、こういうタイプは。


 僕がキリーを睨みつけても、彼女は動じない。なんとも思っていないのだ。


 どうしたものか……。


「よし、じゃあ揉もうじゃないか」


「おぉ!」


 そういって、カメラを用意するキリー。


「行くぞ!」


 そういって、僕は。キリーの胸を思いっきり掴んだのだった。


「え?」


 突然の出来事に何が起こったのかわからないキリーだったが、自分の胸が揉まれていることにすぐに気づいた。


「ちょ、えぇっ!? な、何をしているんですか! 唯人さん!」


「揉めと言ったのはキリーさんでしょ」


「いや、たしかに言いましたけど! 私のことじゃないですってば!」


「ミュリエルに試す前に本当に効果があるのか、キリーさんで検証しないとね」


 にやりと笑う僕。半分はキリーの発言のせいなので、怒るに怒れないだろう。まあ、僕の世界で同じことをやったら、確実にジ・エンドしてしまいますけど、色んな意味で。


「ちょっと……いい加減に……や、め……んっ……あぁっ!」


「おや、随分と声が変わって来ましたね。効果が出て来たのかな? んん?」


 先ほどのお返しと言わんばかりだった。キリーさんはいちいちああやって人を煽ってきたり、小馬鹿にしてくるからなー。たまには良い薬だろ。


 しかし、でかい。かなりの大きさである。ほどよい弾力があって、ふにふにとした柔らかさを備えているこの胸! 100点!


「キリー先輩、なかなかいい胸していますね」


「ふざけ……んっ……も、もうやめて……」


 ちょっと、うるっとした顔になってきた。これはこれでかわいいから困る。こんなキリーさん見たことないや。それと同時に悪いことした気になってきた……そろそろやめるか。


 そう思った僕は、手を離す。すぐにキリーさんは両手をクロスさせて腕に手を付けて胸を隠すポーズをした。あ、心の中で呼び捨てしたりさん付けしたり、先輩になったりはなんとなくです。気分です。なんか、定まらないんだよねこの人。たぶん一応先輩だからさん付けするか、先輩で呼んだ方がいいんだろうなーと思いつつも、鬱陶しいことのが多いので、呼び捨てにしたくなることもあるっていうか。そういうのあるでしょ?


「やってくれましたね……唯人さん」


「これに懲りたら、人をからかうのをやめることですね」


「百万ルビー頂きます」


「イヤデス」


「そんな即死系魔法みたいな言い方しても、駄目ですよ! 払って貰いますからね! うら若き乙女の胸を揉みしだいた罪は重いんです!」


「乙女ぇ? どこがですか?」


「どっからどう見ても、乙女でしょうが!」


「あー、はいはい。そうですねー」


「憲兵に言いつけますよ! 領主様に裁いて貰っちゃいますからね!」


「それは困るので、やめてください」


 憲兵……基本的には軍関係の秩序を維持する組織なのだが、民間人のそれも兼ねており、国家憲兵などと呼ばれている。ようするに、警察ね。


 憲兵がひっ捕らえ、裁くのは領主、ないし国王。もしくは爵位持ち。


 つまり、領土を持っている者や爵位持ちには逆らえない図式が成り立っているわけだ。日本の警察とは違って、やりたい放題というわけさ。誰も助けてはくれない。


 憲兵は先ほども言ったように、軍関係の秩序を最優先とする為、民間人の始末まですることはそうそうない。あるにはあるが。見回りも一応している。


 一般人用の警察は自警団や青年団が受け持つ。こっちはいい加減だ。相当いい加減。勝手にでっち上げて捕まえたり、大した証拠もないのに、こじつけたり、見せしめに家を焼き払ったりと見るにみかねない。


 ここは都市部なので、そこまでのことはしないが、農村地帯にもなると平然と今のようなことが行われているらしい。


 これまた当然だが、権力者には弱い。どっちの方が権力があるかで決まってしまうゲームのようなものだ。どっちも平民なら、そいつらの気分次第ってね。


 いい加減なものだ。そんなのに目をつけられたら、おしまい。僕には身分を証明するものがまったくないからね。怪しい上に平民扱いだ。まあ、平民なのは間違ってないけどさ。


 となれば、一発アウト。いくらシーナさんとはいえ、そこまで庇いきれるものでもないだろうし。


「わかったわかった。謝るから許してくれ」


 冗談だとは思うけど、マジで通報されたら、かなわない。ここは素直に謝っておこう。


「嫌です! 100万ルビー払うまで、許しませんからね!」


 この……下手に出ればつけあがって……。


「キリー、効果あった?」


 そんな嫌な雰囲気を断ち切ったのは、ミュリエルだった。


「え? な、ないですけど……」


「ないんだ……」


 しょんぼりしてしまう、ミュリエル。かわいいなぁ、ミュリエルは。僕は頭をなでなでして、ミュリエルを引き寄せた。


「んぅ……」


「僕は別に今のままでも十分だと思うけどな、ミュリエルは」


「でも……」


「どうしてそんなに大きくなりたいんだい?」


「だって、みんな子供扱いするから……」


「それはミュリエルがかわいいからだよ。だから、ついみんな弄りたくなるっていうか。照れ隠しのようなものだよ」


「ほんとに?」


「うん」


「……そう」


 ミュリエルは納得したのかどうかわからないが、それ以上何かを言うこともなかった。そして、そのまま僕とキリーを置いて、立ち去ってしまった。


「えーと……」


「……」


 取り残された僕とキリーさん。気まずい雰囲気が漂っていた。


 そんな沈黙を破ったのはやっぱり、キリーさんの方からだった。


「唯人さんにファーストもみもみを奪われました! 胸の! もうお嫁に行けません!」


 そもそも結婚って習慣ないでしょうが。


「この国にはそういった習慣はありませんが、唯人さんのいたところにはあるんですよね?」


「え? ま、まあね……」


 つい、そう答えてしまった。


「じゃあ責任とって下さいよ! ほらほらぁ~。せ・き・に・ん・とって・養って♪」


「そんな甘ったるい声出しても駄目です」


 ちょっとOKしそうになったのは気のせいです。はい。ていうか、養ってって。金使い荒らそうだよなぁ、この人。


「処女喪失してしまいました! ひどいっ!」


「しません。胸揉んだだけでするわけないでしょうが。やめてください、嘘ばかりつくのは」


「てへっ♪」


「イラッ☆」


「ちっ、これ以上唯人さんを弄ってもつまらないですね。帰ります」


 舌打ちしなかったか、今。


「あ、そうそう。百万ルビーは冗談ではなく、本当に頂きに参りますのでそのつもりで。払わないなら、身ぐるみ剥がしてでも、回収しますよっ♪」


「……マジで?」


「マジです」


 それだけ言い残して立ち去ったキリーさん。いやあ、今までセーフだったからといって、今回もセーフとは限らないんですね……痛感しました。


 ほんと、女の子の胸を揉む際は注意しないと駄目だね。そう思った僕なのでした。おいおい。

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