マリリン・ブランシャールとの休日。
次の中間試験も差し迫る中、僕は息抜きに市場に買い出しに出ていた。
何を買おうか。やはり、疲れを癒やすには食べ物が一番だろう。甘いものもいいけど、自分の好きなスナック系の菓子がいいだろうか。
ここでは、バナナを素揚げしたバナナチップスとかがよく売られている。同じようにポテトチップスも存在している為、日本にいた頃とそんなに変わらない僕のお菓子スタイルを維持出来るというわけだ。
そういえば、やろうと思えば日本のせんべいとかも、自分で作れなくはないんだよな。ここには米もあるようだし。……もしかしたら、一大ビジネスを築き上げることが出来るかもしれない。今や海外でもせんべいなどの日本のお菓子は凄い売れ行きらしいし。
この世界でも見たことのない商品っていうのは、注目されて売れると思う。
そういう世界経済に携わる仕事をするのもアリかもしれないなぁ……。
歩いているといい香りがして来た。シナモンの香りだろうか。その方向を覗いてみると、焼きたてのアップルパイが並んでいた。
ぶっちゃけ、露店販売とか店内であっても食品をむき出しにしているところってハエが集っていることがほとんどだって知ってるかい?
それに客も店員も気づいていないんだから、びっくりだよね。店員はわざとスルーしているのかと思ったぐらいだけど、注意したら慌ててハエの駆除に走ったぐらいだし。
だから僕はあまりむき出しにしている商品は買わないようにしている。包装されている商品の方がこの世界だと少ないんだけどね。特に市場なんて。
仕方ないといえば、仕方ないんだけど……やっぱそういう衛生面ってどうしても、気になるんだよなぁ。
しかし、いい匂いだ。この匂いに釣られてやってきた客をうまく買わせに持ってこようとするんだよなぁ、いい商売してるよ。ほんと。
正直、お腹もすいて来ている頃で思わず衝動買いしたくなったところをどうにかこらえて僕は買わない決意をする。実際、アップルパイをよく見ていると虫がちらほらついている。あぁ、やっぱり……そう思った僕だった。
おかげで買わないで済んだ。いつまでもこんなところにいるとキツイので、早々に立ち去る僕。
さらに市場を進むと、包装されたポテトチップスを発見する。これにするか。
僕がそれを手に取ろうとすると、ほぼ同時にもう一つの手がポテトチップスを掴もうとしていた。
「あ、すみません……」
「い、いえっ。こちらこそ、申し訳ありませんわっ」
「……」
聞いたことのある声だと思って、見たらマリリン・ブランシャールだった。またか。どうして、市場をうろついているのだろう。しかも、庶民のおやつの定番であるポテチを手に取ろうとするなんて。
「ぐ、偶然ですわね! 小尾唯人! どうして、貴方がこんなところにいらっしゃるのかしら? お、おーほっほほほ」
いや、そのセリフはそのままお返ししたいのだが……ていうか、デジャヴを感じる。前にもこんなことあったし。あれは、エリカと服を買いに行った時のことか。
いちいち他人の詮索する気はないんだけど、気にはなるのでつい聞いてしまった。
「そっちこそ、どうしてこんなところにいるんだ? ここは、お前のような貴族出のお嬢様が来るところじゃないだろ」
「そ、それはですね……ま、まあなんですか。たまには庶民の暮らしというものを感じてみようかと、そう思いまして……ほほほ」
「で、ポテチと」
「そ、そうですわ。そのぽ、ぽて? チとかいうよくわからない物が珍しかったものでっ」
「ちょっと嬢ちゃんよ。営業妨害はやめてくれないか」
と、店員に怒られるマリリン。そりゃそうだ。よくわからない物って。目の前で言われたんじゃねぇ……。
「わたくしを誰だと思っているのですか! よくお聞きなさい、わたくしの名前は──んぐぐぅ!」
「こらこら、ストップ……ちょっと、こっち来て」
「ぷはぁ! な、なんですの急に! 無礼な! わたくしの口を貴方ような汚らわしい手で抑えるなどと!」
まあ、手には雑菌がいっぱいなので、否定はしないが。そういうことじゃない。
「あのなぁ、ここが庶民の来る場所だってわかっているなら、そういった発言はやめにしないか?」
「で、ですが、あの者が……」
「それとも、貴族ともあろうお方がそのような些細なことで大事にするつもりなのかい?」
「……それは。そんなわけありませんわ」
「じゃああまり、ここでは家の名前を出さないようにね。そりゃ名前を出せば手のひら返しをするかもしれないけど、君はそれを望んでここに来たわけじゃないんだろう?」
「……そうですわ。そんなことの為にここへ来たわけではありませんわ」
そこで僕はちょっと考えて見た。わざわざこんな場所にマリリンが来る理由ってやつを。今言ったことが本当ならば、別に庶民を小馬鹿にする為に来たわけではないということ。
それに、庶民の暮らしが気になるとも言っていた……つまりあれか。自分とは異なる生活をしているものにある種の憧れじゃないけど、興味が沸いたと。
だから、一度庶民がどんな生活をしているのかこの目で見て、体験してみたかったのだろう。それが意外に楽しかったので、ついつい続けてしまっている……のかねえ?
「セールは楽しかったか?」
「えぇ。それはもう。服があのような値段で売られていることにも驚きましたが、あんな揉みくちゃにされながら、探しまわるのもおかしくて……はっ」
「……」
「……」
「い、今のは違いますわ! おのれ、誘導尋問とは卑怯な! 卑怯ですわよ、小尾唯人!」
それってもうほとんど、自分で認めているようなものじゃないか。
「う、うるさいですわね! 貴方に何がわかるというのですか!」
「別にわからないけど、隠す必要もないんじゃないのか?」
「そういうわけにも行きませんわ。わたくしには家の立場というものがあります。それに、常日頃から庶民をバカにしてきたわたくしがこのようなことをしていると知られたら……」
そういって、マリリンは俯いた。なんだかねぇ……可愛いところもあるというか。さっきも随分と楽しそうにセールのことを語りだしたし。
「そうか。前にも言ったが僕は別に気にしない。君がどんなことをしていようが、興味もないしね。それじゃ、僕は行くよ」
「お、お待ちなさい!」
「ん?」
「ちょ、調度良かったですわ。貴方にこの市場を案内する栄誉を与えて差し上げますわ。よかったですわねっ」
どうして僕が……そう言おうと思ったけど、なんか恥ずかしそうで悲しそうな顔を見ると、放っておくわけにも行かない気がした。
「仕方ないな……案内してやるよ。まずは噴水広場に行こうか。そこから時計回りで……」
僕がオーケーをすると、マリリンは楽しそうな表情に早変わり。わかりやすいというか、なんというか……。笑顔が眩しい。
「このわたくしと一緒に町を歩けることを光栄に思いなさい!」
「はいはい……」
「それと……わたくしのことを、興味がないなんて言わないで欲しいですわ」
「……え?」
「な、なんでもありませんわ! 行きますわよ!」
なんだかよくわからない僕だった。まあ、どうでもいいことか。
マリリンがあんなに楽しそうなことだし。こんな日があってもいいかと、僕は思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます