エリカの部屋

 寮にて。僕はエリカの部屋の前に来ていた。どうして、鬼の住む部屋なんかに用があるのかって? そりゃ、決まっている。魔法学でわからないところを聞きに来たのだ。


 僕は少し緊張した面持ちで、ドアをノックする。エリカ相手に緊張することもないのだろうけど、やっぱり、女の子の部屋に行くというのは緊張するものだろう。


「はーい」


 エリカがドアから出てきた。普通の顔から一気に嫌そーな表情を見せるエリカ。


「なによ」


 あからさまに嫌そうな顔をするエリカに僕は少し腹がたった。僕だって、こんな用事でもなけりゃお前の部屋なんかに近づかなかったっての。そう言いたかったが、そこはぐっと堪えた。


「いや、その。悪いんだが魔法学で少しわからないところがあってな……教えてくれないか?」


「……ふぅん」


 なんだその間の抜けた声は。嫌なら別にいいんだぞ。ミュリエルのところに行くからな。どうして最初からそっちに行かなかったのかといえば、そりゃ何か小学生に教えて貰っているように見えて僕の小さなプライドに傷がつくというか……。


 女に教えて貰う時点でアレなんだけど。まあ、そこは女しかいないからしょうがないし。


 男同士で勉強ってのも、むさ苦しいのでどうかと思うけどさ。


「まあ、別にいいけど。……入れば?」


「それじゃあ失礼して……」


 エリカの部屋を始めてみた僕の感想は、意外と女の子らしい。全体的にピンク調。カーテンやベッドなどはピンク。机は真っ白。ぬいぐるみがちらほら置かれており、うさぎのクッションもある。カーペットもピンクでザ・女の子といった感じだろうか。


「なによ……じろじろ見ないでくれる?」


「あぁ、ごめん。意外に女の子してるなと思って」


「うるさい! あんたにそんなこと言われる筋合いはないわよ!」


「はいはい……」


 そういって僕はシンプルなリビングテーブルの近くに座って、本と筆記用具を置く。それを見たエリカは僕の横……テーブルの角に座って本を覗きこんだ。


「どこがわからないのよ」


「えーっとだな……」


 僕はちらっとエリカの顔を覗きこむ。近い。当たり前だ。エリカの匂いがする。うん、毎回匂いを嗅ぐ僕は匂いフェチなのだろうか……いや、勝手に臭ってくるんだよ。そうそう。そういうこと。どういうことだよ。


 そんなどうでもいいノリツッコミをしている場合じゃなかった。何かやっぱり、エリカの近くにいるとドキドキすることがあるよな。まあ、こんな性格でも顔はかわいいんだし、当然か。そこは認めよう。なんか嫌だけど。


「こんなところもわからないわけ? バカねぇ……あんた」


「仕方ないだろ。魔法学については一切習っていなかったんだ」


 そもそも、この世界での勉学についてどれも学んでいなかったけど。全部一からここまで覚えた僕って結構凄いと思うんだけどなぁ……この数ヶ月でさ。


 エリカはぶつぶつと文句を言いながらも、教えてくれる。そんなに嫌そうではないみたいだ。なんかほっとするなぁ。ああ……たぶん、ここ最近の殺伐とした雰囲気のせいだな。


 こういうのを待ち望んでいたんだよ。女の子と一緒に勉強して、休日を過ごすとか。


 理想の学生ライフじゃないか。これですよ、僕が待っていたのは。


「教えるの上手いじゃないか、エリカ」


「はぁ? 当たり前でしょ。こんなの初歩の初歩だし。小学生の計算ドリルやっているようなものよ」


 そこまで言うか。さすがの僕もむっとしてくるな。事実だけどさ。こう、男にはプライドってもんがあるんだよ。そこまで言われたくないっていうラインが。わからないのかねぇ、女って奴は。


 逆に女には女の踏み越えては行けないラインがあるんだろうけど、僕は知らないからな。お互い様なのかもしれないが。


「ねえ、あんたさ……」


「ん?」


「本当にど田舎から、来たの?」


「えっ……」


 どきっとした。いきなり何を言い出すかと思ったら。


「どうして?」


「んー……だってさ、確かに田舎者くさい感じもするし、色々と知らなさすぎだけど。その割には適応早いし、覚えるのも早いじゃない? 言葉だって……」


 エリカにしてはよく見ている。ほとんど一緒にいるしな。学校でも、寮でも顔を合わせていない日なんてないんじゃないかってぐらいに。だからだろうか。


 とはいえ、本当のことを話すわけにも行かないし。話したところで信じてくれるかどうかも怪しい。この話が広まっても困る。


「田舎の方じゃ、賢い方だったからな。そういうことだろ」


「ふーん……あんたがねえ」


「なんだよ。おかしいか?」


「別にぃ~。おかしいとは思わないわよ。実際、あんたが賢いことぐらい見てりゃわかるもの。ま、ちょっと自意識過剰なところとか、情緒不安定なところもある気がするけどね」


「……」


 なんだろう。真面目に答えられてしまった。そんなに悪い気はしない。「別にぃ~」のところはちょっとふざけた口調でにたぁと笑っていたが、そこも何だか可愛いところだった。


 まず……。もしかして、僕は……エリカに、惚れてるのか? はは、まさかね。


 大体、人を好きになったことなんてないし。その感覚もよくわからない。


 てか、そんな好きとかどうとかじゃなくて、見た目とか一緒にいてどうとか、そのぐらいの些細な感覚で付き合うんだろうなとは思うけど。だって、そんなドラマみたいな本当の愛なんて、ないでしょ。現実的に。


 けど、その部類で行くと別にエリカと付き合ったって問題ないということになってしまうわけだが……そもそも、あいつはどう思っているんだ? 僕のこと。


 わからない……好かれてる……とは思わないけど、嫌われているってほどでもないのだろうか。顔を合わせば、喧嘩ばかりしている気がするけど。


 今だってこうして、勉強を教えて貰っているわけだし。本当に嫌いだったらしないだろうこんなこと。


「……あんたって、たまに人のことじろじろ見て、ぼーっとしていることあるわよね。なにそれ、癖なの?」


「あー……いや、別にそういうわけじゃ」


「じゃあ何なのよ」


 お前が可愛くて見惚れてた。なんて、言えるわけないだろ。


「そんなことはどうでもいいだろ。それより、ここはどうするんだ?」


「……そうやって、すぐはぐらかす」


「なんだ?」


「別にっ。なんでもない!」


「いちいち、怒るなよ……」


「あんたのせいよ……あんたの。全部。あんたのせいなんだから……」


「……」


 それからの僕は、とても勉学に身が入るような状況ではなかった。エリカも、ぼーっと僕のノートを見つめているだけで、特に話すこともなく。


 気まずい雰囲気だけが続いていた。


 それに耐えられなくなった僕は、適当な理由をつけてエリカの部屋を出て行ったのだった。

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