男のいない世界

 ある日の朝、僕はいつものように起床し、シーナさんの手伝いをしていた。掃除、洗濯、炊事、買い物、山菜採りなど。日常生活に必要なことが中心。ここに来て、親の有り難みがわかるというか。これからは自分で出来ることは自分でやらなくちゃなと思った。


 そんな僕が部屋の掃除をしていると、


「おーい、タダヒトー! あそぼうよー!」


「後でね」


「えー」


 今日は学校が休日で子どもたちは退屈しのぎに色んなことをして遊んでいた。その遊びに僕もよく付き合わされるというわけだ。僕は魔法が使えないので、魔法を使った遊びはしないことにしている。その結果、日本によくある伝統的な遊びを教えることになり、すると子どもたちはそれに夢中になってしまい、以来、それに付き合わされることになったわけだ。


 他にも新しい遊びはないかと、よく聞かれる。とはいうものの、そうそう浮かんでくるわけもなく。日本の遊びについてはあらかた教えてしまった。おかげで新しい遊びも考えないと行けなくなっていた。困った話だ。


「ちょっと、唯人! こっち、手伝いなさいよ!」


「あぁ、今行く」


「ふんっ」


 声をかけて来たのは、当初僕がここに居座るのを拒否していた赤い髪のツインテールな女の子──エリカ・ヴィアルインだった。ああ見えて、僕と同じ高校生らしい。元気がいいというか、おてんばというか。気の強い女の子だ。


「あら、唯人さん? 手伝ってくれるの? 助かるわ」


 ある意味、僕の命の恩人に近い人。この人がいなければ、僕は今頃この世界でどうなっていたのかわからない。名前はシーナ・クラフト。僕はシーナさんと呼んでいる。歳は二十一歳。ここの寮長をしているらしい。僕の予想は大体当たっていたようで、ここは近くにある魔法学園の学生寮とのこと。


 結構大きな学生寮で、中・高校生をここで受け入れている。魔法学園は中高一貫らしい。それでいて、割りとオープンというか。部屋に閉じこもっている子もいるけど、お互いの部屋を行き来する女の子は多く、ホールで中高一緒になって遊んでいることも多い。


 周りに女の子しかいないのは、決して女子校だからというわけではなく……なんと、この世界。男がいないらしい。じゃあどうやって子供を作っているのかというと、出産適齢期というものがあって、マナの木の下で子供を生むらしい。つまり、交尾は必要ないってことね。


 マナの木というのは、精霊が宿っているらしいのだけどその姿を見たものはほとんどいないらしい。伝説の勇者とか、世界の命運を託されたものなどにだけ見えるとかなんとかいう昔話はあるようだ。マナの木自体は世界中にいくつもあるらしい。その一つ一つが繋がっているらしく、この地脈がこの世界の生物の生命活動に必要なエネルギーや魔力の元であるマナを生物に供給しているらしい。出産場所をマナの木にするのも、それが影響していると考えられる。


 つまり、ここでは男がいない。性別という概念すら存在しないのだ。しかし、彼らにはいくつか種族が存在するようで、種族別に呼び名があるらしい。僕と同じ人間……なのかどうかもわからないが、仮に人間ベースの種族としてココらへんの中心となっている種族は『ミュセル』という種族名らしい。


 出産で思い出してしまったが、シーナさんのお尻はいい安産型だったな……いや、尻が大きいから安産型かというとそうじゃないらしいけど。実際は骨盤の張りとかが関係しているとかってそうじゃなくて。何を考えているんだ、僕は。


そういいつつも、シーナさんのお尻に目が行くと……。


「あら、どうかしたの? 唯人君」


「いえ、別に」


「……あんた、もしかしてシーナさんのお尻を見ていたんじゃないでしょうね」


「まさか。僕がそんなことをするわけないだろ」


「ほんとかしら。何か目がいやらしいんだけど?」


「この目は生まれつきだ。目が悪いんだから、仕方ない。メガネをかけていても、目は細くなっていくもんだからな」


「あんたって、ああ言えばこう言うわよね」


「君に言われたくない」


「なによ! 私だっていちいちあんたなんかに言いたくないわよ! ほんとに男ってこれだから。胸とお尻の大きい女の子を見たら、すぐニヤついちゃって。大体、私だって……そりゃ、胸は……あれだけど、お尻は大きく……ないけどさ」


 ちなみに、性別の概念を知らなかったエリカがこんなことを言っているのは、僕が教えたからだ。ここにいる中高生は僕の教えによって、性別という概念を覚えたということ。ただ、こちらの世界の言語での言い方がない為、そこだけ日本語でどうにもおかしく感じる。仕方がないことだけど。


 もちろん、男女にあってないものなどの説明もシーナさんにしてある……それをわかりやすく中高生のみんなにシーナさんが教えたってことだ。その過程で、シーナさん達の人体構造が僕らの世界と同じなのかどうかも聞く必要があったので、聞いたりもした。


 べ、別にやましい気持ちなんていうものはない。聞いたところによれば、恐らく一緒の模様……別の種族についてはわからないが、ミュセルに関しては僕ら人間の女の子と大差ないようだ。


「なんだって? 後半部分が小声で聞こえないぞ。胸や尻がなんだって?」


「う、うるさい! この馬鹿!」


「な、なんなんだお前は……」


 まったく、わけがわからない。いちいち何かにつけてつっかかってくる奴だ。女の気持ちなんて元々わかるわけもないが、エリカの場合はもっとそれに拍車をかけている。


「デリカシーがないのよ!」


「デリカシーも何も、僕は何もしていないんだが」


 まあ、シーナさんのお尻を見ていたのは事実だが、そこは黙っておく。そんなことをもし口走れば、エリカの怒りは頂点に達するだろう。すでに頂点かもしれないが。それどころか、ここにも居られなくなりそうだ。何より、シーナさんに蔑んだ目で見られるのが嫌だ。……それはそれで、少し見てみたい気もするが。いやいや、駄目だ。


「あるの!」


「だからあるならもっと具体的に説明してくれないか」


「うるさい!」


「はいはい。そこまでにしておきましょう」


一向に平行線の僕らの会話をシーナさんが断ち切る。


「いいですか。エリカさんはもっと唯人君に気を使ってほしいのよね?」


「え、ええ。そうです。気配りが足りないのよ、こいつは」


「唯人君はもっと具体的に説明してほしいと」


「はい。いまいち要領を得ないことが多くて困っています」


「うーん、困ったわね……」


 そんな笑顔で言われましても。どこが困っているのかさっぱりわからないですよ、シーナさん。どんな時でも、この人は笑顔だ。怒った顔や悲しい顔なんて見たこともなかった。子供を叱る時も笑顔で諭すように話す。まるで太陽のよう。当然、子供には大人気で街の人からの信頼も厚い。言葉の通じない僕にも、笑顔で振る舞ってくれた。


「じゃあ、こうしましょう」


 ぽんっと手をグーで叩くシーナさん。


「唯人君は明日から学校へ行きましょう」


「「え?」」


 これには二人で驚いた。見事にハモってしまうぐらいに。突然、何を言い出すのかと思えば、学校だって? いやいや、無理でしょう。出生届とか、色々どうするの。


 今更だけど僕がここにいること自体、法律的に大丈夫なのだろうか。日常生活に支障のでないレベルには話せるようになったし、ある程度は字も書けるし、わかるようになったけど。そういうところは全然調べていなかったな……。


「なんとかするわね」


「なんとかって……本気なんですか!? こいつを学園に? ありえない……」


 絶句しているエリカ。そんなに嫌なのか。まあたしかに女の子しかいない学園に男が一人で突入するなんて、普通にありえないことだし、僕だって正直嫌だ。トイレや着替えとかの問題もそうだし、生理的にもどうなんだって話。でも、こっちの世界でも商業高校とかだと女子ばかりで男子の数がほとんどいないらしいし、それと似たようなものか。でもなぁ……。


「言葉も今じゃすっかり話せるようになったし、そろそろ頃合いだと思っていたのよ。女の子しかいない学園で学校生活を過ごすようになれば、女の子に対する気遣いも自然に覚えると思うわ」


「で、でも……」


「エリカさんの話を抜きにしても、行かせるつもりだったの」


「うう……」


 こうしてひょんな事から、まさかの展開になってしまったのであった。

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