エリカ・ヴィアルインの場合。

 私は現在、体操中である。どうして体操をしているのかというと、それが日課というのもあるけど、このもやもやとした気持ちを払拭させたいから。


 大体全てあいつのせいよ。どうして、私がこんな気持ちにならないといけないわけ。


 この間からどうも様子がおかしいし、なにやってんのよ、ほんと。


 あいつらしくもない……いつもみたいに真面目な顔面引っさげて、偉そうに冷静ぶってりゃいいのよ。


 それはそれで、ムカつくけど。


 あいつがおかしいと私まで調子悪くなるじゃない……はぁ……。



 ──どうして、あんな奴のこと……好きになっちゃったんだろう。



 最初はただの厄介者でしかなかった。その後は邪魔臭いうっとしいやつ。


 顔を合わせる度に喧嘩ばかりして……それがいつからか、嫌じゃなくなって。


 いつの間にか、意識してた。


 最近じゃ、あいつのことばかり脳裏をよぎって、他のことが身につかない。


 なにやってんのよ、私。あんな奴、好きになったって、しょうがないじゃない。


 そう思っても、どうにもならなかった。


「あいつ、何やってんだろ……」


 魔法試験の時のあいつの騒ぎっぷりとへっぴり腰を見たら、百年の恋も一瞬で冷めそうなもんだけど、意外にも私はそこまで冷え込まなかった。


 どっちかというと、あぁ……あいつでもこんな風に取り乱すんだなって。ちょっと安心したぐらい。何かあいつって同学年の割に達観しているところがあるっていうか、見透かされているというか。ちょっとわけわかんないところが多すぎるのよね。


 だから、ああやって感情を表に出してくれた方が私としては、安心したというか。こいつも人間なんだなって……。私がしっかりしないとなーなんて思ったりとか。


 って、何考えてるのよ! ああ、もう! 結局またあいつのこと考えてるじゃない!


 切り替えなさい、私。頭をリフレッシュさせるの。真っ白にして、汗を流せばスッキリするわ。


 体操を再開させる。考えながら、体操していたのだけど……そっちに集中するって意味で。


「いっちにー、さんしっ……ごー、ろく……しち、はちっ……」


 よし、いい感じ。この調子で気分をリフレッシュさせていこう。


 そうやって段々とあいつのことを考えないようにして行った時だった。


 ドアがノックされたのは。


 思わず、どきっとした。私は平静を装って返事をする。


「はーい」


「エリカ、ちょっといいか?」


「えっ……」


 な、なななななんであいつがここに来ているのよ!


 急すぎるでしょ! 何の準備もしていないわよ! ああ、散らかってる! 片付けないと! いや、その前に服! 汗かいてるし! しかも、こんなださいスポーツウェアでどうすんのよ! もう!


 頭の中がパンクしていた。いきなりの襲撃で大パニック。


 そういえば、この前も勉強教えてくれって来ていたっけ。なんで、そう何回も来るのよ!


「いないのか?」


「い、いるわよ! ちょっと待ってなさい! いい! 絶対に入って来ないでよ!」


「あ、あぁ……」


 と、とにかくまず片付けないと! 散らかしっぱなしの服を片付ける。よく見ると、パンツも出しっぱなしだった。危ない。マジで。


 いや、体操した後に着替えるつもりで置いていただけで、私ががさつってわけじゃないんだから! って、誰に言い訳してるのよ、私!


 慌てて、片付けを済ませる。


「い、いいわよ」


 そこまで言ってから気づいた。服! 服着替えてないじゃない! なにやっているのよ、私!


「ちょっとまっ──」


 しかし、もう遅かった。ドアを開けてあいつは入ってくる。いつもの仏頂面だった。ほんと、無愛想な奴よね。


 まあ、あいつが笑顔で入ってくる方が気持ちわるいんだけど。


「ちょっと、いいか?」


「な、なによ?」


 そう言いながら、軽く鼻で息をする私。臭ってない……わよね?


 汗の匂いを気にする私をよそに、あいつは話を進める。


「実は、体術を教えて欲しいんだ。後は、効果的な筋力トレーニング法とか」


 ああ、そういうこと。魔法学の次は体術ね……まあ、この間の件であいつも恥ずかしいところを見られたわけだし、いつまでもあのままでいたくないってのはわかるけど。


 私だってそんなに暇じゃないんだけど。やりたいこともあるし、いくらこいつのことを好きだからって自分の時間も欲しいじゃない?


 って、好きとか考えたら駄目だって……意識しちゃうじゃない。あいつにバレたらどうするのよ。


 そう思って、あいつの顔を覗く……特に変化なし。なんとも思ってないんでしょうね、あんたは。


 なんだか、バカバカしくなってきた。けど、ノーって言えないんでしょうね。私って。


「いいわよ、別に。それじゃ、道場へ行きましょ。その前に筋トレした方がいいかしら。ジムね」


「道場……それにジムって。寮にそんなのあったのか」


「あるわよ。それじゃ、行きましょって……あんた、体操着持って来なさいよ。……いいわ、めんどくさいからあんたの部屋まで行くわよ」


「ああ」


 ほら、オッケーしちゃった。バカな私。なにやってんだろ。


 同性愛とかしていた連中を今までバカにしていたけど、今だとそれもわかっちゃう気がするかも……なんていうか、惚れた弱みって奴かしら。


 まあ、私だって言いたいことは言うし、嫌なものは嫌だけどね。


 性別っていうのが、私にはまだよくわからないんだけど……そういえば、あいつの住んでいるど田舎ってどこかしら? そんな風に人間の体の構造が違っている人が住んでいる場所なんて、あったかしら……。


 聞いてもどうせ教えてくれないんでしょうけど。肝心なことは全然教えてくれないんだから。私って……嫌われているのかな。それだったら、わざわざ勉強とか体術教えてくれなんて言わないか。少なくとも、嫌いってわけじゃない……よね。


 人の気持ちなんて気にしたことなかったのに。こんなに相手の気持ちが気になるなんて。おかしな話ね……。


「ちょっと待っててくれ」


「はいはい」


 いつの間にか、あいつの部屋まで来ていた。何故か知らないけど、こいつは中学生連中にやけに人気で、いつも何人か女の子と一緒にいるし。うざ……。


 どうしてそこに私がいないのよ。……って、そういうことじゃないでしょ。不健全よ。あんなの。あんな風にひっ付き合っちゃってさ。


 私はそんなことしたいとはあまり思わない。ただ、単に楽しくやれればいいなって……それだけなんだけど。


 どうも、あいつの前に立つとイライラしてくるというか。むきになっちゃうのよねー。


 あいつのことを好きっていう気持ちも、正直よくわからない。本当に好きなのかどうかなんて。ただ、意識してるのはたしかだけど。


 恋なんてそんなものなのかしら。本とかでよくあるのとは全然違うから、わからないわね。大体、同性愛のしかないし。まあ、種族間での恋みたいなのが多いみたいだけど。


 他種族との禁断の愛みたいな。私もそれと、似たようなものか。でも、なんか違うけど。


 気になるのはたしかだし、そんなのはどうだっていいか。


 とはいえ、告白なんて出来るわけもなく。したいともあまり思わない。


 ただ漠然としていて、このままの関係でいればいいかなって……いや、もう少し距離が縮まって欲しいとは思うけど。なんかギスギスしてるし。


「待たせたな。行こうか」


 こいつって私にだけこういう態度を取るわよね……なんでかしら。あー、後、マリリンの奴にもこんな感じだったかしら? シーナさんには、礼儀正しい癖に。


 嫌になっちゃう。


 あいつにとっちゃ、私のことなんてどうでもいい奴の一人なんでしょうね。きっと。


 ■ □ ■


 ジムについた私達はさっそく、トレーニングを開始する。


「まずは体操ね。体を軽くほぐしてから、腕立て伏せ。ダンベルとか使って筋トレかしら?」


「わかった」


 あいつを見ているだけなのも、つまらないので私も参加する。さっき体操してたけど、途中だったし。


 はーっ。なんか、緊張するわね……そりゃそうか。こんなの今までなかったし。この間の勉強もそうだけど、最近あいつとの距離が縮まって来たのかな。


 前よりなんか近い感じがする。ようやくあいつも素直になってきたのかしら?


 私も素直になりなさいよって話だけど……無理ね。つい口調が強くなっちゃうもの。


 黙々と運動する唯人。私も特に言うこともないので、黙って運動。


 話すだけが会話じゃないっていうか、黙っていてもお互いに分かり合えることってあるよね。そういう関係になれるといいのだけど。


 体操が終わって、腕立て。ダンベル持ち。走り込み。なわとび。


 様々なトレーニングが終わると、あいつはもうへとへとの様子だった。


「はぁ……はっ」


「だらしないわね。つっても、あんたは全然トレーニングとかして来なかったんだし、こんなものかしらね」


「うるさい……なっ。こっちだって……はぁっ。精一杯やっているんだ、これでもっ」


「はいはい……そうね。この様子じゃ、道場に行くのは無理そうね。しばらくは体力つけないと。その後、稽古に入りましょ」


「あぁ……わかった」


 ま、あいつにしては頑張った方かしら。音を上げずに最後までやり切ったことに関しては褒めてあげてもいいわね。言わないけど。


 そっと、心の中だけで言っておいてあげる。ふふっ。


 私の中で、唯人の好感度がまた一つ上がった。そんな一日だった。

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