異世界に行ったら、僕以外女の子しかいなかった。
くろね
プロローグ
さて、突然だが。今僕はどこにいると思う?
──異世界、だ。
どうしてこんなことになったのか、まずはそこから説明しようか。
朝、セットした目覚まし時計が鳴り響く。ものの数秒で、目が覚めて起床。洗面所でうがいをして、顔を洗って食卓へ。
そこには、すでに用意された朝食が立ち並んでいた。僕はいつもの定位置に座り、箸を手にとって野菜炒めを一口。次にごはんをかきこむ。そして味噌汁へ。これまたいつものパターンだった。
ようするに何が言いたいのかというと、いつもの生活をいつも通りに過ごしていただけという話。今のところ、何も問題はない。今のところ、は。
テレビのニュース番組を見つつ、一服したら徐ろに立ち上がり家を後にする。登校時間だ。この日は丁度月曜日で、朝から憂鬱な日でもある。
なんとなくテンションが上がらない僕は、だらけた歩き方でたらたらと歩く。そこをよく見かける近所の猫が通り過ぎる。無邪気なもんだ。猫はいいね、何も考えることがなさそうで。
毎日が日曜日だもんなぁ。しかし、それはそれで退屈そうだと思った。毎日そんなにも時間があったら、そのうちにはやることがなくなるだろう。昨今の世の中でそれはないだろうと思ってしまうかもしれないが、やはり色んなことに飽きてくる気がしてならない。
そんなどうでもいいことを考えつつ、駅のホームで電車を待つ。あ、地下鉄ね。と、どうでもいいような情報を付け加えてみる。何故に。ていうか、何に? 誰に?
自問自答というか、自分語りというか。なんとなく、こういう朝の時間というか一人の時間というか。登校中って、そういうこと考えたりしないか?
妄想もするけど、それとは少し違う……説明がうまく出来ないな。あぁ、ようするに『脳内語り』って奴だ。勝手に今作ってみた。
人間、何も考えないで無心でいることって出来ないもんだよ。だから、常に何かを考えて行動している。それは今日の予定だったり、今後の予定だったり、妄想だったり、色々だ。とにかく、何か思考していないと気が済まない生き物だということだ。
特に僕はそれが顕著で、一分一秒……とまでは行かないかもしれないが、限り有る時間を無駄にしたくないと思っている。でも、そういう人間に限って自分のことは案外、ルーズだったりするもんだ。人にはうるさいのにね。
そんなことを考えていると、電車がやって来た。朝の通勤ラッシュの時間帯は、人の圧迫感で思考が麻痺する。隣相手が臭かったりすると最悪だ。汗の匂いや加齢臭も最悪だが、香水も僕は苦手でね。ようするに、鼻につく匂いは駄目ってことさ。
当てたくもないのに、ブスな女に体があたって睨まれるのも嫌なところ。ぎゅうぎゅう詰めだから軽く当たっても仕方ないのもあって、この時間帯は痴漢率も高いらしい。こんな息苦しい状況でよくそんなことに頭が行くもんだと我ながら関心……したら駄目だな。
よくやるよ、ホントに。
電車も何駅か通り過ぎると、ウチの学校と同じ生徒もちらほらと乗車してくる。たまには見知った顔もいる。この日は丁度、そんな日だった。
「よう、唯人。今日もキッツイなぁ」
「そうだな。毎日とはいえ、慣れそうもない」
「人間の偉大な適応能力とやらはどこへ行っちまったんだろうなぁ」
「生物の限界なんじゃないか?」
「違いない」
皮肉にも見える割りとどうでもいい話と返しだった。どちらも、本気でそんな話をしているわけではない。ただの冗談に近いものだ。話のネタとして、発言しているに過ぎない。
そんなことはお互いにわかっているので、特に何事もなく次の話題へと移行した。
「新刊、読んだか?」
新刊とは、小説。それも、学生向けのライトノベルを指している。昨日、とある出版社の出している大賞作品が発売したばかりだった。当然、僕も一読している。
「あぁ、読んだよ」
「どうだった? 最近流行りの異世界ファンタジー物だったよな」
「うーん、まぁよくある異世界物語かな。最初は学園物かと思ったら、最終的に勇者として異世界を救うヒーローになるって話」
「あー、よくあるパターンだわな」
「よくあるだけに王道で一般受けはするだろうけどね」
「しかし、俺は思うんだけどさ。ああいう異世界ってまず言葉の壁があるよな」
「そこは魔法でとか翻訳機的なアイテムとか、そういうご都合主義でなんとかする事が多いね」
「だよなぁ。でもそれって、現実的に可能なのか? あ、現実じゃないのに現実的な話をするなっていうのはなしな」
そう。この手の物語というか、ラノベでもゲームでもなんでも現実的に捉えて会話することは結構あるし、この手の人間も結構いる。夢がないとか、ラノベだからとかアニメだからとか。そういうので帳消しにするのも面白くないので、割りと真剣に話し合ったりすることが多い。友人同士の会話の交流にもなるし。
というわけで、会話の続きをしよう。
「現実的には無理じゃない? 自分の脳内情報を読み取るだけでなく、翻訳までするなんて。よほど科学が進歩してない限りは。大体、あの手の異世界は中世辺りをモチーフにした世界観なことが多いし」
「そりゃそうだよな。そんなことが出来たら、逆に怖すぎて街を歩けねーよ」
「言語翻訳だけにしても、異世界の言葉をお互いに把握出来るわけないしね。前例があって、その時やって来た人種がたまたま主人公と同じだったという偶然なら可能にはなるけど」
「そんな偶然、普通はないよな」
「ないだろうねぇ。というわけで、普通なら現地の言葉を自力で覚えるしかないわけだ」
「そりゃキツイわ。俺だったら生きていけないな。お前なら大丈夫そうじゃね」
「僕だって無理だと思うけどね……」
「そうか? だってお前、英語ペラペラだろ? 他にもドイツ語やフランス語も出来るんじゃなかったか?」
「英語はともかく、その二つはペラペラとまでは行かないな。ある程度は話せるけど」
「いやいや、十分すげーから。その歳で三ヶ国語……日本語入れて四か? そんなに話せる奴見たことねーよ」
「外人の知り合いがいてね。そいつと話すのに英語を覚えたら、そいつが他にも違う国の人間を連れて来るもんだから、それで覚えて行っただけのことさ。まさに、習うより慣れろというか。会話している内にある程度は勝手に理解していくもんだよ」
「そんなもんかねぇ……俺には到底真似出来ない気がするけど」
実際、裸一貫でアメリカとかに渡って、財を成した人とかを見ればわかるかもしれないが、意外となんとかなるものらしい。まさに先ほどの会話にあった人間の適応能力って奴だろうか。人間、必死になればやってやれないことはないってことかな。
「でも、それは日本語もある程度理解出来る存在がいることが前提というか。丸っきりお互いに言語が不明だとしたらそれを理解していくのはかなり難しいだろうし、時間もかかるだろうね。でも、大昔の人はそれに近いというかそれと同じ状況だったはずだから、出来なくはないんだろうな」
「考えてみりゃそうだな。いやー、昔の人ってマジすげーわ。昔に生まれなくてよかったぜ。ホント」
「今の暮らしを考えるとそう思うだろうけど、今を知らないなら昔に生まれても困りはしないと思うけどね」
「まあそうだけどさ。でも、昔は人権問題とか色々あったしな」
「それは今でもあるけど……たしかにね。今はまだ恵まれているからね」
「でもさ──」
そう、告げようとした瞬間だった。僕の足に違和感を覚えたのは。何か、そう。ずぶずぶとめり込んでいくかのような感覚。泥沼にハマったような、あんな感じだろうか。ハマったことがないけど。
「お、おい! 唯人、お前……!」
「え?」
さすがにもうこれはおかしいと気づいていた。僕は足元を見ると何やら赤い……どっちかというと紫がかっているというか。ピンクっぽいというか。そんなことはどうでもいい! そんな色をした魔法陣のようなものが展開されており、そこにどんどんと僕の体がめり込んでいた。
「な、なんだ……これ!」
「唯人! 掴まれ!」
「あ、あぁ!」
僕は慌てて、友人──斉藤の手を取ろうとするが──何故か、僕の手は空を切った。
「えぇ? な、んで……」
正確に言うと、僕は確かに手を取ろうとした。そこまではいい。しかしその後、僕の手は斉藤の手をすり抜けたのだった。何故? どうして? わけがわからない。
そうしている間にも、僕の体はどんどん沈んで行き──体が半分まで埋まったところで一気に落下した。
「う、うわぁあああああああああああああああッ!」
「た、唯人ぉおおおおおおおおおお!」
そして、気が付いた時には──僕は異世界にいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます