マリリン・ブランシャール

 やっと静かになった……。そう思って、起き上がると。


 そこには、僕のことをじっと見つめている少女がいた。耳が尖っている。エルフィって種族の子のようだ。こぢんまりしていて、可愛らしい。背が低くて小柄なのに、胸はそれなりにあって、そのギャップにそそるものがあるっておいおい。


「えっと……何か用?」


「へっ? あ、あぁと……えっと、えっと……」


 突然、声をかけられて驚いたのか、慌てて言葉を作ろうとするがうまくいかない様子。僕はそんな彼女をただ見つめていた。


「えっと、その……すみません! 気になって……」


「あぁ。まあ、珍しいだろうからね。別にいいよ」


「そ、そうじゃなくて……そのっ」


「?」


 いまいち、要領を得ない子だ。何かあるならハッキリ言って欲しい。曖昧な表現ばかり並べられると正直、困るしイラッとくる。


 そんな僕の呆れた様子が伝わったのか、


「す、すみません!」


 そういって、彼女はそそくさとその場を立ち去った。なんだったんだろう……名前すら聞けなかった。とはいえ、違う意味でインパクトはあったので顔は覚えたが。


 そうしてようやく僕の周りに誰もいなくなった頃、次なる刺客が現れたのだった。


「……はぁ。なんで、あんたなんかと一緒のクラスなのよ」


 そう、次なる刺客とはエリカ・ヴィアルインのことだった。本当に嫌そうな顔でこちらを睨みつけてくる。人にガン付けるのはやめて欲しい。というか、睨みつけてくるのがデフォな女の子ってどうよ?


「何? また変なこと考えていたわけ?」


「いや、別に」


「ほんとかしら……?」


 怪訝な顔をするエリカ。こいつが笑っているところを見たことがない。……いや、あるか。あるけど、少なくとも僕の前ではない。こうなって来ると逆に何だか笑わせたくなってくるような衝動に駆られなくもないが、恐らくやるだけ無駄というか。逆効果だろうからやらない。大体、エリカに限らず人を笑わせる技量なんて持ちあわせていないし、僕のキャラでもない。馬鹿みたいにアホ面をする気もないし。ギャグもちょっと。


 かといって、ド直球で言うと。


『笑えよ、エリカ』


『はぁ?』


 と、こうなるに決まっている。この『笑えよ』って部分はどっちかというとネタも混じっていたりするのだが、それはこの際、どうでもいい。


「ちょっと、じろじろ見ないでよ」


「……見る所がないだろ」


 僕はそう言われて全体をぐるりと見渡したが、見る所なんて欠片もなかった。胸はないし、スタイルは普通。背も低くもないし高くもない。至って普通。胸以外。


「う、うるさいっ! なに言ってんのよ、バカッ!」


 そういって、頭を叩かれた。平手だけど、頭を叩くのはやめろ。そう、僕はエリカに言った。


 するとエリカは意外にも、


「あ、ご、ごめん」


 すぐに謝った。そうやってすぐに謝罪されるとこれ以上何も言うことは出来ないし、怒ることも出来ない。仕方がないので僕は頭を擦りながら、忘れることにした。


「ったく、それよりそろそろ授業始まるんじゃないのか? 席に戻ったらどうだ」


「あんたに言われなくったって、そうするわよ!」


 いちいち声がでかい女だ。ああいう女とは一緒になりたくないな。デリカシーがないのは一体どっちなんだろうな。二言目にはうるさいだのなんだのって。手は出るし。だからといって、さっきみたいにハッキリしない子もどうかと思うが……なんていうのかなぁ。中間というか、丁度いいぐらいの子はいないのかねぇ。


 さっきのドルーダの子はどうだろう。男勝りな感じだけど、話しやすくはあるのかな。やっぱ一番はシーナさんのような人かな……包容力があって、大人で怒らなくて。頭もいい。うん、言うことなしだな。まさに知的美人と言える。でも、なんだか母親に近いような感覚で恋愛対象にはならない気がするけど……もしくは何かいけない関係とかそういうのならって何を考えている、僕は。周りが女の子だらけでおかしくなって来ているのかもしれない。だって、男が一人もいないんだし。思春期の男の子にこれは拷問じゃないのかね。


 と、僕はため息を漏らす。ようするにこの状況はかなり息苦しいということだ。そのうちには慣れるのかもしれないが、相当なストレスを感じているのはたしかだろう。


 こんな生活がいつまで続くのだろうか。高校生活だけだと後二年だが、大学も大差ないだろうし。っていうか、この世界で暮らすこと前提で考えてどうする。とはいえ、元の世界に帰れる気がしない。シーナさんに聞いてみたが、異世界のゲートを開くような魔法や召喚などを行える者は見たことがないらしい。仮にあったとしても、王宮魔導師や賢者クラスの大物でもない限り行えるものではないらしい。大昔の伝説的な話でマナの木……つまり、世界が異世界から勇者を召喚したなどといった話ならあるようだが……。単なる御伽話だろう。仮にそんなことがあったとして、僕が勇者である可能性は低すぎる。ここに来て何か不思議な力に目覚めたわけでもなく、僕の身体に特に変化はない、はず。


 シーナさんが暇な時に大空図書館で調べてくれるようなことを言っていたけど、どうなることか。僕も時間がある時はそこで色々調べているけど進展はなし。それはついでで、当面の目的はこの世界での勉学かな。まずはこの世界について詳しく知る必要があるだろうし、言語もまだ完璧ってわけじゃない。字ももっと勉強しなければいけないし。それこそ、アニメやゲームのような展開があるとは限らないし、元の世界に帰れなくてもここで生きていけるだけの知識などは必要だろう。


 などと現状についての再確認をしていると、教師が教室に入ってきて授業が始まった。


 当然、教師も女の人だ。初めての授業。ついていけるかどうか不安だ。というか、無理だろう。仮にも高校の授業だ。専門的な単語も多そうだし。聞けば、魔法の授業もあるらしいじゃないか。魔法がポピュラーな国だからそりゃ仕方ないけど……。


 案の定、さっぱりわからなかった。先生の質問に何て答えたらいいのかもわからない。そう僕が佇んでいると、甲高い声が聞こえてきた。


「あら、こんな簡単な問いも答えられないなんて。『男』という生き物は存外、だらしないのですわね! 聞いた所によると魔法も使えないそうじゃないですか!」


 金髪に縦ロール。絵に描いたようなお嬢様キャラだなと関心していたが、この手の女は非常にめんどくさいのもたしかだ。エリカの奴とよく似ている。同種だろう。当然、男というのが性別ではなく種族的な概念として捉えているに違いない。


 そんなことを考えていると、またもやエリカアンテナ(勝手に命名・創造)が働いたようで、こっちを睨みつけてくるエリカ。お前はどっかの妖怪か。


 こっちも負けじとメガネをくいっと上に軽く押し上げて挑発してやった。エリカの奴はそれを見て、そっぽを向いてしまった。それはいい。問題なのは、それを見たのがエリカだけではなかったということだ。


 僕の挑発(お前にはしていないのだが)を見た金髪縦ロール女は当然のように怒りだした。


「ま、まあ。随分と余裕な表情をしていますわね。貴方、ご自身の無能さ加減を理解していらっしゃらないのかしら?」


「いや、している。この世界に来たばかりの僕がここでの授業内容に追いつこうと思ったら、並大抵のことではないだろうね」


「はい? 世界? と、とにかくっ。ご自身の無知さ加減についてはご理解していらっしゃるようで安心しましたわ。正直、貴方に合わせて授業をされても困りますので。早く追いつきなさるか、さっさとご退場願いたいですわね」


 危ない危ない。うっかり、僕が異世界人であることを示唆するような発言をしてしまったじゃないか。でも、男とか日本人であることを言ってしまっている時点でどうかと思うけど。まあ、超遠い遠方からやって来た異人としか見ていないようだけど。ちなみに、シーナさんにだけは僕が異世界からやって来た存在であることを告げている。あの人はあっさり信じてくれたけど、他の人がそうとは限らないし、仮に信じたとしてどう扱われるかわかったものじゃない。シーナさんに話したのは、やはり自分のことを何も言わずに置いてくれるシーナさんの優しさを感じたから、この人にだけは本当のことを話しておこうと思っただけだ。実際、それを聞いたシーナさんは他の人にそれを話すこともなく、元の世界に帰る方法を一緒に探してくれてもいる。僕はこの恩を忘れることはないだろう。とても恩返しは出来そうもないが。そんなのは彼女は求めてないだろうけど。それよりも今はこの女の相手をしなければならない。


「ああ、そうするつもりだ。ところで……」


「何か?」


 両腕を組んで威厳ある体勢〈のつもりなのだろうか〉で僕を見る女。


「いや、お前の名前。なんだっけ?」


「~~~~~~~~~~っ!」


 この発言に、金髪縦ロールがビーンっとなるぐらいに激怒したようだった。半分わざと言ってやったが、純粋に名前が気になったのもたしかだ。


「この、わ・た・く・し・の名前を存じ上げていないですって! ……いいですわ、その耳をかっぽじってよーくお聞きなさい! 私の名は、マリリン・ブランシャールですわ! そう、もうお分かりかと思いますが、かの有名なブランシャール一族の末裔なのですわ! おーっほっほほ!」


 自分でかの有名なとか言ってしまう辺りどうかと思うがそれぐらいに自信があるということは、ここら辺では名のある名家ということだろう。恐らく爵位持ち。となれば、この学園でもそれなりの発言力があるということか。あからさまに敵対すると面倒なことになりそうなのはたしかだ。そもそも僕はこの世界の人間ではないし、シーナさんに迷惑がかかるようなことをしてはいけない。彼女がこの学園に僕を編入する際にどのような手を使ったかは定かではないが、裏から手を回した以外に方法はないだろう。詳しく調べられでもしたら厄介だ。ここは彼女の心象を悪くさせない方がいいだろう。権力で僕を学園から追放することも可能かもしれないしな。その際に僕のことが明るみに出るかもしれない。


「そうだったのか。いや、僕は遠方の田舎からここに来たばかりでね。そんな有名なところのお嬢様だったなんて知らなくて。ここは寛大な心で水に流してくれないだろうか」


 すると、僕の言葉に満足気な表情をするマリリン。


「あら、そう。そういうこと。道理で。いいですわ、今回は許して差し上げます。私は寛大ですからね、おーっほっほほ!」


 わかりやすい奴だ。おかげで助かったが。金持ちで名家でしかも悪知恵の働く奴だと厄介だったが、扱いやすい奴で助かった。長いものには巻かれろじゃないが、この学園生活を何事も無く過ごすには、地元の権力者には下手に逆らわないことだろう。後でそのブランシャール家とやらについて詳しく調べておいた方がいいな。


 満足したマリリンはすぐに席についた。それを見た教師が軽く咳払いをして、何事もなかったかのように授業を再開した。その前に僕にも席につくように促して。

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