大富豪

 授業が終わると、僕はエリカの下に向かった。何故か? マリリン・ブランシャールについて詳しく聞く為だ。誰も好き好んで会いに行ったりはしない。


「なぁ、ちょっといいか?」


「何よ? てか、あまり気安く話しかけないで欲しいのだけど。ただでさえ、同じ寮にいるってことで注目浴びているんだから。変な誤解されたら困るでしょ」


「お前だって、さっき話しかけて来ただろ」


「あ、あれは……愚痴よ。愚痴っ! 文句の一つでも言わないとやってられないもの」


 どういう理屈だよ、そりゃ。随分と毛嫌いされたものだ。まあ、最初の第一印象が悪かったんだろう。言葉が理解出来なかったせいもあるが。いや、でもなぁ。どうだろう。他の子だってそれは同じだが、後から仲良く出来たわけだし。単にこいつの性格の問題か。その割には話すことはしてくれるが。本当に嫌だったら、話すことすらしてくれない気もするんだが。常に顔を合わせているわけだし、その辺は弁えているのかね。どうでもいいことか。さっさと要件を済ませよう。


「マリリン・ブランシャールについて聞きたいんだが」


「はぁ? 何、あいつに気でもあんの?」


「……どうしてそうなる。さっきのやり取りを見ていなかったのか? マリリン自身というよりは、ブランシャールの家柄についてだ」


「あぁ、そういうこと。あの女が言っていた通り、地元の名家よ。彼女の親は元老院の参事官をやっているの。下手なことは言わない方が身の為ね」


「え……参事官?」


 参ったな……予想以上に大物だったようだ。この国における元老院がどんなシステムなのか、どのぐらいの権力を有しているかは知らないが……媚ぐらい売っておかないと危なそうだ。


 しかし、やっぱりあの手の女とは気が合いそうもないと思っていたが、案の定エリカはそうだったようだ。とはいえ今の発言を見るとなるべく相手にしない方向で持って行っているのだろうか。下手なことが言えないなら距離を置くしかないものな。


「しかし、ブランシャール家の事も知らないなんてあんたってホント、ど田舎から来たのね」


 エリカは僕が異世界から来た人間だとは知らない。この学園の生徒もそれは同様だ。周りには遠方からやって来た田舎人ということになっている。これならば言葉の不自由さや知識のなさはどうにか誤魔化せるというわけだ。


「タダヒトー」


 しばらくは勉強漬けになりそうだなぁ……。この世界のことより前にこの地域について知らないと。でもそれって本とかには書いてないことがほとんどなんだよなぁ。人づてに聞く以外にないっていうか。僕のいた世界みたいに何でも情報が揃っているわけじゃないし。ネットで一発検索というわけにも行かない。


「タダヒトー!」


「うわっ!」


 突然、ミュリエルの顔が目の前に飛び出して来た。と思ったら、引っ込んだ。また出て来た……つまり、ジャンプして僕と顔を合わせようとしているようだ。なんて健気な……なんかこう、母性愛的な何かが目覚める感じ。思わず抱きしめたくなったが、そんなことをしたら周りの視線がとんでもないことになるだろうと予測出来たので、なんとか思いとどまった。しかし、本当にかわいい子だ。子供的な意味で。恋愛感情に変わることはない、はず。うん、たぶん。


「タダヒトー、あそぼーよーっ」


「遊ぶって……ここは学校だぞ? 寮じゃないんだから。出来ることなんて限られているぞ」


「トランプ!」


「トランプか。まあ、いいけど。持ってきたのか?」


「うんっ!」


「エリカもやるか?」


 会話を途中で遮断されたせいか、エリカは少し不機嫌そうな顔をしていた。しかし、ミュリエル相手では怒る事も出来ず、笑みを浮かべてトランプに混ざった。鬼の顔にも笑みってか。笑えねェ……。


 最初は三人でババ抜きをしていたが、それを見ていた周りの女の子達が混ざりたいと言い出し、いつのまにか十数人ぐらいになっていた。


 そんな人数でババ抜きをするのもどうかと思い、大富豪にチェンジ。白熱した戦いが繰り広げられることに。意外と夢中になれるものだ。向こうでもこんな大人数でやったことなかったしな。


 何戦かした頃……突然、誰かがこう言い始めた。


『ねぇ、大富豪になった人が誰かに一つ命令出来るとかどう?』


「あ、それいいね! やろやろっ!」


「さんせーいっ!」


 そういって、僕のことを一斉に見てくる辺り、何をしようとしているのか一目瞭然だった。しかし、僕に何を命令する気だ? パシリか? ジュース買って来い的な?


 それとも、まさかのモテ気でも来たのだろうか。いやいや、そもそも性別の概念すらなかったような所だぞ……恋愛対象になんてそうそうなっているはずがない、よな? しかも、登校初日だし。ありえないだろう。


 ……ない、と、思う。恐らく、僕をおもちゃにして遊ぶつもりだろう。そうはさせない。しかし、多勢に無勢とはこのことを言う。あっちは十数人。誰が勝っても僕に何かしらの命令をしてくる。対して僕は一人。確率から言ってもほぼ逃れられない。まあ、エリカやミュリエル辺りは大丈夫だろうけど……いや、大丈夫なのか? 何を言われるのかわかったものじゃないぞ。エリカは日頃の鬱憤をここぞとばかりにぶつけて来そうだし、ミュリエルは子供の純粋な願いでとんでもないことを言い出しかねない。逆に怖い……駄目だ。負けられないぞ、これは。

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