不穏な空気

 寮に戻ってくると複数の女の子が一斉に僕に抱きついてきた。大体は中学生の子だけど。何だろう、年下に好かれるのだろうか。いや、子供に好かれやすいとか? つっても1~3才ぐらいしか変わらないんだけど。寮の子には性別の概念について説明はしたけど、そんなのよくわかっているわけないし、女の子同士がじゃれ合うみたいな感覚なんだろうなぁ。


 しかし、すっかりこの生活にも慣れて来たものだ。寮のみんなとも仲良くやれているし。これはこれで悪くないと思い始めていた。とはいえ、元の世界に帰れるのならば帰りたいものだが。


「タダヒトー、ポコペンやろー!」


「はいはい。その前にシーナさんのところに行ってくるよ」


「えー」


 そういって、その場を去ろうとすると。シーナさんが扉の向こうから現れた。


「あら、私のことならいいのよ。遊んでらっしゃい。ふふ……それにしても、人気者ね。唯人君」


「いやぁ、みんな遊びを教えて欲しいってだけですよ。一番詳しいのが僕ですから」


「それも、唯人君の一つの持ち味じゃないかしら? そうやってすぐに輪の中に入れる子とそうでない子っているものよ」


「そうですか? まぁ、たしかにそうかもしれませんね。それより、シーナさん」


「何かしら?」


「……いえ、なんでもないです」


「そう? 困ったことがあったら、何でも言ってね。この生活に慣れて来たとはいえ、まだまだわからないことってあるだろうから」


「はい」


「ねー、タダヒトぉ~。はやく~!」


「はいはい。今行くから」


「ふふっ……」


 中学生の女の子達に引っ張られながら、僕は。


 聞けなかった。あの時、学園長室で一体何を話していたんですか? なんて。あのシーナさんに限って僕を売り飛ばすなんてことはしないと思うけど……それも相手次第か。そもそも、シーナさんから直接伝えたわけではなく、誰かが僕のことを嗅ぎつけてってことも……ダメだ、考えるな。考えたところでわかるはずもない。


 大体、いつまでも僕のことを隠し通せるわけもないんだ。だから、シーナさんは僕を学校に編入させたに違いない。少なくとも学校に通っているとわかれば、周りの大人も気にしないと考えたのだろう。


 その結果、学校側から僕のことを調べられて事情を聞かれたのだとしても、それはシーナさんのせいではないだろう。


 甘かったのかもしれない。この数ヶ月。何もない日常が続いていたせいで。この世界でも何とかやっていけるだろうと、安心しきっていたのかも。かといって、神経を研ぎ澄ましていてもストレスでやられてしまうだけだった。結局、なるようにしかならないということだろう。だから、今は考えるな。今を楽しめ。


 そう言い聞かせたものの、この日の僕はどこか上の空で子供達ともうまく遊べていなかった。


「また、タダヒトが鬼ぃ~」


「なんか、今日のタダヒト弱いね~」


「ねー」


「ごめんごめん。ぼーっとしちゃってさ。次は本気で行くよ」


「「わーっ!」」


 みんなが一斉に走りだす。僕は数を数えて、隠れた女の子達を探しに行った。


 しかし、今日の僕はやはり考え事をしてしまい、探すことに集中できないでいた。中々、隠れている女の子を見つける事ができない。


「おっかしいなぁ……こんな見つからないなんて」


 まるで魔法でも使って隠れているんじゃないかってぐらい、見つからない。魔法を使うのは禁止していたはずだけど……さて。これは、さすがに本格的に気合を入れないとまずいかな。ここ最近でみんなの隠れるレベルがアップしているのかもしれない。


「なにやっているのよ、ばか」


「エリカ……」


「あんたがそんな辛気臭い顔していると、子供達が不安になるでしょ。やめなさいよ」


「あ、あぁ……そうだね。ごめん」


「ほんと、ばか」


 いつもなら軽く怒りだしているところだろう。けど、とてもそんな気分にはなれなかった。エリカも、そんな僕を察してか怒った感じとは少し違う……心配、しているのだろうか? あの、エリカが? 僕を?


 なんだかな……考えたところで仕方がないのはわかっているけど、人間ってそんな簡単に切り替えられないもんだよ。だから、一度感じてしまった不安は拭えそうもなかった。


 結局、僕はこの日、気分が沈んだまま一日を過ごすこととなった。

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