再開
学校にて。ここ最近、ある女の子からの目線が気になってしょうがない。この前のおどおどした女の子だ。特にこちらに話しかけることもなく、こちらを見ている。
なんなんだろう……。僕、何かしたっけ? 見に覚えはないはずだが……。
「じー……」
「……」
「じー……」
僕は少女の方へ目線を移す。すると、慌てたように視線をそらす少女。その繰り返し。さすがにうざったい。僕は立ち上がって少女の下へと歩き出す。少女はさらに慌てて、僕のことを見ながら、うろたえていた。
「あのっ、あんっ、えっと……」
「さっきから、なんなんだ? 君は。僕に何か用でもあるのか?」
「えっと……それは、そのっ……うう」
まるで僕がイジメているかのようだ。やめてくれ。
僕は少女の近くの空いている席に座り、少女を見つめる。
「で。何?」
「……うう。あの、私。その……あなたが……似てると思って」
「似てる? 何に?」
「その……おじいちゃんに」
なんだそりゃ。君のおじいちゃんに似ているからなんだというんだ。バカバカしい……ん、まて。今、なんて言った? おじいちゃん……? 僕の聞き間違えだろうか。
「今、なんて言った? おじいちゃんだって? 君、もしかして……『男』を知っているのか?」
少女はこくりと頷いた。なんてことだ。この世界に男は僕以外にいないのではなかったのか!
「だ、誰なんだ! そいつは!」
僕は思わず、怒鳴りつけてしまった。少女は怯えたように涙ぐむ。その大声で周りの視線も集まってしまった。
「あ、ごめん……詳しく教えてくれないか? 後で」
「うん……わかった」
「えっと……君の名前は?」
「……クスハ。クスハ・ミルロード」
「オッケー、クスハね。僕は……知っているかもしれないけど、小尾唯人。よろしく」
「よろしく……」
まさか僕以外に男がいたなんて……一体、誰なんだろう。どの世界の人間なんだ? たしかに、僕以外に異世界から来た人間がいてもおかしくはないと思っていたけど……さすがに僕の世界の住人じゃないよなあ? そんな偶然……あるわけないし。
しかし、おじいちゃんね……僕より先にこの世界に来たのだと思うけど、男という概念が周りに浸透していなかったところを見ると、それについては触れて来なかったってことか。もしかすると、隠れて住んでいるのかもしれないな……とにかく、貴重な話が聞けることは間違いないだろう。
クスハがやけに僕のことを気にしていた理由がようやくわかったよ。そりゃ、自分の知っている『男』以外の男がいたら、誰だってびっくりする。
この世界では本来、存在しないのだから。
□ ■ □
僕とクスハは、放課後二人っきりで例のおじいさんのところへ行くことになった。
そこは、町外れの山小屋だった。やはり、隠れて住んでいるのか。まあ、ひっそりと暮らすしかないよな普通……言葉も通じない世界に突然飛ばされて性別の概念もないんだ。
下手に動きまわったらどうなるかわからないし。
そう考えると僕って、相当ラッキーだったんだなとつくづく思うよ。
今じゃほとんどハーレムのような生活っぷりだし。女の子といちゃつく毎日だし。
ちょっとの展開の差で、自分の人生が大きく左右される……嫌な話だね。
そんなことを考えていると、部屋の中へ案内された。殺風景な部屋だ。ベッドと本棚がある程度。そのベッドに横たわっている老人がいた。
病気なのだろうか? 起き上がろうともしない。まあ、医療とかも現代とはわけが違うだろうし、この歳まで生きていること自体、結構なものなのかもしれないが。
「誰だ……? クスハ、ここには人を連れてくるなとあれほど……」
そう言いかけたが、老人は僕の姿を見て、驚愕の表情を見せた。
「お、お前は……」
「あの、えっと……僕はそこの魔法学園に通っている小尾唯人と言います。貴方は……」
「やはり……唯人なのか」
「え?」
僕のことを知っている? それに、日本語……。先ほどまでこの世界の言語を使っていたから、それに合わせたのだけど……まさか、僕の世界のそれも日本人なのか!?
老人は僕の驚いた顔を見て、ゆっくりと視線を落とす。しかし、すぐに僕の方に目線を合わせて力強い眼差しを送ってきた。
「俺だ……斉藤だよ。唯人」
「さい……とう? 斉藤って……あの、斉藤か!? いや、でも……お前……本当に?」
「あぁ……お前の友人の斉藤だ。久しぶりだな……何十年ぶりだろうか……まさか、死ぬ前にお前に再び会えるなんて、な」
「おい……どこか悪いのか?」
「まあ、な……金もないし、どの道、ここの医療技術じゃどうにもならないさ」
「斉藤……お前、何があったんだ? どうして、お前がここに?」
斉藤はゆっくりと、こちらを見て話しだす。当時を思い返すかのように。
「そうだな……どこから話すべきか。あの時……お前の手を取った俺は時間差で異世界に移動しちまったんだよ。よくわからないけどな」
あの時……じゃあ、僕が斉藤の手に触れたせいか? そのせいで斉藤は……。それにしたって、どうしてそんな姿に。
「別にお前のせいじゃねえよ。気にするな。こんな姿になっちまったのは、お前とは違う時間に飛ばされたせいだな……五十年ほど前か。俺はこの地に飛ばされた。右も左もわからねえ。誰も助けてくれねえ。最初は森の食料を漁って生活していたさ。それも苦しくなって、パン屋に捨ててあったパンくずを拾うようになってな……惨めなもんさ」
とんでもない話だった。一歩間違えればそれは僕がなっていたのだろう……。今の僕の生活とはまるで真逆だった。
「その時にパン屋の娘に出会ってな……そこで一緒に暮らすようになった。それでまあ……お互いに好きになってな。俺は厨房で外に出ず、そいつが外でパンを売る。そういう生活を送っていたんだが……ある日、俺のことがバレてしまってな」
そこからは、耳をふさぎたくなるような悲惨な話だった。辛い生活を送って来たんだな……お前は。
ここにいるクスハはそのパン屋の娘が産んだ子供の子供……孫だということみたいだ。
クスハの親は、斉藤のことを毛嫌いしているようで、ここには行かないようにクスハにも強く言っているようだ。それでも、クスハは気になって時々ここに様子を見に来ているらしい。偉い子だ。
「お前はどうやら、俺と違っていい生活が出来ているみたいで安心した。俺のことは忘れろ。俺と関わっていることがわかると、お前に今度は降りかかっちまう」
「しかし……」
「いいんだ、もう。俺は十分幸せだった。あいつとの生活は、なにものにも変えられねえ。もう、いいんだ……」
斉藤はすでに達観していた。全てを諦めているかのような目。僕はそれ以上、斉藤に何も言う事は出来なかった。
「クスハ、ありがとう。この人は僕のとても大切な友人の一人だったんだ。君のおかげで、彼に会えてよかったよ」
「あっ……いえ、その……気にしないで下さい」
内気な子だ。照れたように、持っていた本で顔を隠す。
そんな様子が可愛かったので、頭を撫でてしまった。
「うわぁ!」
「クスハ!?」
「おっと、ごめん。何だか、可愛らしくてつい」
「うぅ……」
「おい、唯人! お前、クスハに手ぇ出したら、承知しねぇぞ!」
まるでテンプレかのような、ジジイっぷり。さすが斉藤だ。間違いなく、こいつは斉藤だ。
「はいはい……ジジイは黙っていような」
「誰がジジイだ! ごほっ……ごほっ」
「おじいちゃん!」
慌ててクスハが水を持ちだして、斉藤に渡す。それをごくごくと飲み干す斉藤。
「……助かったよ、クスハ。唯人、お前はもう帰れ」
「……言われなくても、そうするつもりだ。じゃあな、斉藤」
「あぁ……」
山小屋を出ると、僕はなんだか懐かしいような妙な気分に浸っていた。
しかし、まさか斉藤に会うなんて……世の中、不思議なものだ。
あんな老人になってしまうと、もはや面影なんてないな。かろうじてわかるぐらいか。ほんと、僕があそこにいなくて安心したよ。
僕は斉藤とは違う。あんな風にはならないさ。
友達といっても、所詮一過性のもの。中には一生の友人なんていうのも、あるかもしれないが、僕はそこまで友人という存在に重点をおいているわけでもない。
卒業すれば、それまでの関係だ。つまり、もはや斉藤と僕とは何の関係もない赤の他人に等しい。どうでもいいことだった。
せめて、あの時の姿のままならいざしらず、変わり果てたあいつの姿を見て、以前のように接する自信はない。
斉藤の方から拒絶してくれて助かったといえる。……いや、わかっていたからこそ、あいつは拒絶したのかもしれないな。
僕はなんとも言えない気持ちになり、寮へと戻ったのだった。
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