偶然の出会い

 市場は活気に満ちていた。この町……マルセポートで一番活気のある場所じゃないだろうか。民芸品や革製品などを扱う店や、スパイス、お茶を扱う店まで様々だ……中には鳥のショーを行っているところもある。


 魔法関係の商品を扱う店もあるようだ。ここで、日用品も揃えれるんじゃないか?


 市場に入ると、エリカの目つきが段々と変わって来ていた。所謂、戦闘モードに入ったって奴だ。どうして戦闘モードかって? 見りゃわかるよ。うん。


 エリカは段々と早歩きになって服を取り扱っている場所まで一直線に進みだした。途中からはもう走っていた。周りにはおばさん連中。セールってのは本当のようだった。あそこだけが物凄い人混みだった。


 その人混みをかき分けてエリカは進んでいく。揉みくちゃにされながらも、服を奪取……うん、手に取ったって言うべきだけど、奪取って言う方が近い気がするね。あれは。


 小規模な戦争だ。次から次へと、かごに詰め込んでいく女性たち。エリカはいくつか手に取ると、こっちに来て服を僕に手渡した。


「これ、先に勘定しておいて!」


「えぇっ!?」


 どうして僕が……っていうか、お金は! 聞こうとした時にはすでにエリカは元の場所に戻ってしまっていて、聞くに聞けなかった。


 後で返してくれるんだろうな……僕はシーナさんに厄介になっているから、下手にお金を使うわけにはいかないんだぞ。


 しぶしぶ僕は店員のところまでいって、服の勘定を済ませた。


「はい、次これっ!」


「まだあるのかよ!」


 どんっ、と大量の服を地面に置いてまたも消えるエリカ。何回この行為をするつもりだ……たしかに安いけど、こんなに必要ないだろ……あれか? 他の子にも分けるのだろうか? いや、でもエリカの体型じゃ他の人が着れな……そう考えた瞬間、エリカが睨みつけて来た。地獄耳……いや、地獄察知? エリカアンテナ恐るべし。


「はいはい……払っておきますよっと」


 支払いを済ませた後、僕はこの戦争を遠目に見ていたのだが……そこで、何やら見たことのある姿を見つけたのだった。


「あぁっ! ま、まだまだですわっ! きゃあっ!」


 あれは……間違いない。帽子で顔がわかりにくかったが、マリリン・ブランシャールだ。どうして、こんなところに? あいつの家って、貴族の出だよな……それも親は元老院の参事官……こんなセールに来る必要はないはずだが。


 すると、目が合った。


「……」


 しばらくの間、マリリンはその場を一歩も動かなかった。しかし、みるみるうちに驚きの表情へと変わり……。


「あ、貴方は小尾唯人! ど、どどどどうしてここにっ!」


「それはこっちのセリフだが……」


「わ、わたくしはですね……その。べ、別にいいではありませんか!」


 逆ギレされた。


「まぁ、別にいいけどさ。お前がどんなことしていようが、興味もないし」


「……」


「なんだ?」


「いえ……意外な言葉が返って来たものですから」


 意外? 叩かれるとでも思っていたのだろうか。まあ、たしかに貴族のお嬢さんがこんなところで買い物していると知れたら、笑い者にされるのがオチか。


 僕は別に気にしないけど。金持ちが金使うとは限らないし。金持ちの方がケチっていうのは、現代じゃよくあることだったしな。そうじゃないと金なんて貯まらないし。馬鹿みたいに使っている奴は成金だろう。本当の金持ちじゃない。金持ちっていうのは、合理的で計画性を持って使う。わかりやすい金持ちアピールなんてしないってことだ。


「一つ、頼みがありますわ。小尾唯人」


「なんだ?」


「今日……ここで見たことは他言無用で願いたいのですわ」


「そんなことか。別に構わないさ。元々言うつもりもなかったし」


「そ、そうですか。それはよか……こほん。感謝致しますわ。この礼はまたどこかで必ず致しますわ」


「そんなことはどうでもいいが……ここにエリカも来ているから、さっさと帰った方がいいぞ」


「え、エリカさんがいらしているのですかっ!?」


 驚愕の表情をするマリリン。そんなに驚くことか? っていうか、そんなことより……。


「お、おい。そんな大声で言ったら……」


 マリリンの声に気づいたのかどうかはわからないが、嫌なタイミングでエリカの奴は帰って来た。


「お待たせ~。いやぁ、買った買った。当分、服はいらないわねー。なによ、ぼーっとしちゃって、これぐらいで音を上げていたらこの後……んん?」


 そこでようやく、エリカは気づいたようだった。マリリン・ブランシャールの存在に。笑顔が一変して鬼のよう……もとい、変な顔になった。


「げっ」


「ひっ」


 マリリンは素っ頓狂な声をあげた。緊張のボルテージがMAXに到達したのだろう。頭の中は真っ白に違いない。それでも、冷静であろうとする……おかげで変なことになっていそうだ。


「あ、あら……エリカさんではありませんか。このような場所で出会うとは、思いませんでしたわ。おーほほほ……ごほごほっ」


 あ、むせてる。相当テンパってるなー、これは。


「それはこっちのセリフよ……どうして、あんたがここにいんのよ」


「わたくしがどこに居ようが貴方には関係のないことですわ!」


「……あー、そうですか。はいはい。行くわよ、唯人」


 エリカはマリリンを軽くあしらってその場を立ち去ろうとする。


「お待ちなさい!」


「……なによ」


「貴方に用はありませんわ。そこの『男』に用がありますのよ」


「なんですかね」


「先ほどの件……肝に銘じておきなさい!」


 そういって、マリリンは足早に立ち去っていった。かごにある大量の服が見え隠れして、シュールだった。エリカはどうやら、そのことには気づいていないようだった。


 視線もマリリンの方を見ないように、わざとずらしていた。


 やっぱり、この二人。あまり仲がよくないようだな……。


「お前と、マリリンって何かあったのか?」


 つい、聞いてしまった。


「別に。なにもないわよ」


 本当だろうか。エリカがそう言うのなら、そうかもしれないが。まあ、あったとしても話したくないってことだろう。無理に聞くことでもないし。二人の関係について、詮索する気もない。気にはなるが。


「それより、あんたの方こそ何かあったわけ?」


 今度はエリカからの質問攻撃だった。さて、先ほどの件を言うわけにはいかないし。


「大したことじゃない。それより、次はどこへ行くんだ?」


「……次は日用品よ」


 エリカは僕の嘘を見抜いているかもしれない。怪訝な顔をしたが、それ以上のことは突っ込んで来なかった。先ほど、自分が答えなかったのもあってなのかどうかはわからないが。

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