現在が全てで 過去は不要か さすれば未来は何処に 壱
八月。蝉の鳴き声は久朗津の集中力を低下させ、その湯上がった空気は新陳代謝を活性化させた。久朗津はちょうど図書館から外へ出たところだったので、より一層夏を感じていた。久朗津はこの暑さ以外にも悩みがあった。それはどうやら、後をつけられているということだった。初めは自意識過剰になりすぎているのだと思っていたのだが、自分の意志とは別のところで自分が行動している事態に直面して以来、信じざるを得なくなった。北海道が異国ではなく日本だと実感できるのは毎年毎年律儀に夏がやってくるのもその一つだと久朗津は思っていた。日本の夏がより残酷に感じられるのは、また半年前には対極的な寒さが訪れる冬のせいである。年中寒い、又は暑いのであれば体が慣れて対応できるものであろうがこの落差のせいでより一層暑さを感じてしまう。できることなら冷房がやや過剰に効きすぎた図書館に籠っていたい、ただ文字列を追い続けるだけの時間を過ごしたいのだが、不本意な出来事というのは意志に反した行動をさせるものだ。
「一体、どうなってるんだよ……」
世の中には自分にそっくりな人が三人は居るものだと言われることはあるが、それはドッペルゲンガーの話だろう。ドッペルゲンガーは自分以外の人間とは話はしないものだ。本人に関係のある場所へ意志とは相反して現れるという点では一致しているが、今回は目撃証言が多すぎる。似たような用語でバイロケーションというのもあるが、こちらは自分の意思で行える能力のことなので違う。そんな能力が自分にあるのならば、もっと自己利益に叶うような手段で活用している。自分が困るような方法には使わない。自分にそっくりな人物がバイロケーションを行っている可能性もあるが、そこまでして久朗津を困らせたい要因は何なのか。真実が何にせよ相手の思惑がさっぱり読み取れなかった。
ピロリンっ。
またメールだ。きっと今回もまた久朗津ではない久朗津が不本意なことを犯した事後報告であろう。
〉久朗津様 新事象のご報告
〉四人目の久朗津様が殺害されました。また、今回も事件の発生は初となる模様であり、過去の事件は無かったことにされております。
〉場所は南七条西十三丁目。札幌高等裁判所前の建物の陰にて発見された模様。以後事件の経過はニュースにて報道される模様。
〉また事件が変わり次第報告いたします。 スボシ・スピカ
もうこれで四度目になるのか。久朗津はスマホでニュースのやっているチャンネルを探して合わせ、テレビはバラエティしかやっていなかったのでラジオをいくつかチューニングして耳を傾けた。漸くニュースが耳に流れ始めると、告げたのは犯人が九石芽虹であり、指名手配されたということだった。
「また、同じか」
久朗津知士は殺される。九石芽虹はその殺害犯となる。これがもう四度目だ。しかし、久朗津は見ての通りピンピンと生きているし、電話を掛ければ芽虹は普段通りの元気で明るくて、それから少しこしょばい声が聞こえてくる。だからどうにも現実離れした事件に思えてしまい、以前どこかのカクテルバーで知り合った探偵と名乗る人に電話をかけて調査を依頼したのだ。結果はこの通り現実に起こっているというもの。現実に起こっているのにどうにも現実とは思えないサイエンスフィクション的事象。久朗津はドッペルゲンガー以外に考えられなかった。
久朗津は突然振り返った。
また、誰かに見られているような気がしたのだ。しかし、後方にはベビーカーを押している日傘を差した主婦が歩いてくるだけだった。久朗津のことを視界に入れていたことには間違いないだろうが、当然それが違和感の正体ではない。おかしなことに巻き込まれて気が立っているのだろうと、何度言い聞かせてもどうしても拭いきれなかった。外にいても、家の中にいても同じだったので久朗津は今度はこの奇妙な事件についてもう少し考えを深めてみることにして、歩きだした。
久朗津が死んだ――死んだことになっているのは――のは今日だった。図書館に蔵されている新聞には少なくともそのような事件は一切書かれていないので、このおかしな状況になったのは今日からだと言って間違いはない。殺人は地域の治安を脅かすような犯罪なので、取り上げるほどの価値もない事件ということはないだろう。一月前まで遡ったが、そのような殺人事件はなかった。また、遺体の遺棄現場が常に異なっている。一件目は札幌市の北区の廃ビル、二件目は南区の山中。三件目は豊平区の川中で、先ほどの四件目が中央区の裁判所向かいの建物。久朗津は己との関連性を考えた。北区には親戚がいる。南区は以前通っていた高校がある。豊平区は現在通っている大学があり、中央区は自分の住むアパートがある。まったく無関係というわけではないが、その場所に関しては行ったことない場所もあるので必ずしも関連性があるとも言えない。さらに重要な情報だと思えるのがいずれの犯人も芽虹だということだ。よって久朗津は渦中の人物であるはずの芽虹に会うことにした。電話にはすぐ出たし、会いたいと告げると今は暇しているから大丈夫だ、すぐに会えるよと返答した。芽虹はこの状況に気付いていないのだろうか。ならば、教えてあげないといけないと思った。これは久朗津の妄想ではないのだから。それは残念なことに、探偵という第三者によって証明済みなのである。
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