祝賀会は恙紫なく≪ツツガナク≫

「では、お二人の退院を祝して乾杯!」

 

 あれから約一週間。【Bar・Omikuron】は本日貸し切りで、店のプレートには『CLOSED』の文字が踊っていた。

 

 あの後のことはと言うと、実はその後、どこからリークされたのか、警察がその場に乱入。制圧された。しかし、どこに隠し持っていたのかハンドガンで僕とスピカさんめがけて生島は拳銃を放った。咄嗟に僕はスピカさんをかばったのだが、肩に被弾した。幸い、命に別状はなく、何かあったらといろんな人に説教される度に僕は委縮する一方だった。



 警察は証拠として提出されたファイルの中身、反社会的勢力とのつながりが暴露された生島巌は社会的にも、法的にも制裁を受けた。未来の僕はというと、あの地下二階での騒動以降、それから行方をくらましている。過去の僕も、輪廻の僕にもそれ以来会っていない。これは僕が自分の時間を取り戻したということなんだろうと、思っている。そう思い込むことで、今はなんとか前に進もうと思ったのだ。これが決意できるまでは入院中の一週間もかかったんだけどね。今回は、芽虹も退院したこともあり、僕ら二人をマスターが祝ってくれていた。


「マスターホントにこれよくできてるね」


 スピカさんが赤を飲みながら言う。


「うん、すごく綺麗」


 芽虹が橙を飲みながら言う。


「今回はいろどり鮮やかにレインボーショットです」


「どうやって作ったの?」


 僕が藍色の奴を飲みながら言う。


「お酒には重さがありまして、それは種類によって異なります。これはその比重の差を利用したカクテルです。まず、グレナデンシロップを入れます。これが最も比重の軽い材料になりますね。氷を挟めてカクテルレモン、オレンジジュース、ウオッカ、最後にブルーキュラソーの順に層を作っていきます。ポイントは二つです。液体よりも氷を多めに入れることと、最後のブルーキュラソーを入れた後すぐにグラスに注ぐことです。最後のキュラソーが一番糖度が高いので、注意しないときれいにできないんですよ」


 なるほど、四色がグラデーションして注いでいるうちに色が徐々に変化していくカクテル、ってことか。それにしても見事なまでに色が分かれている。楽しく飲めるお酒に僕らの会話も弾んでいた。


「ねぇ、あんたらどこまで進んだぁ?」


 スピカさんは相変わらずゲスい質問攻めばかりしてくる。


「二人とも入院していたので、特に何もしていませんよ。芽虹は個室でしたけど、お金のない僕は他の部屋で別の患者さんと一緒でしたからね。訪ねてくれる友人もいませんし、入院中は基本的には安静にしていないといけなかったので芽虹の部屋にも行ってないです」


「じゃあさ、今日、いや、今進めちゃいなよ。ほら、キスとかさ」


 何を言い出すのだ、この人は。お酒が入ると豹変するタイプか? めんどくさいなあ。


 僕は呆れてそっぽを向いたのだが、芽虹はそうでもなかったらしい。だから僕はなお一層驚いた。



「ねぇ、クロ」

「ん?」



 僕にとってのファーストキスは甘酸っぱさが存在せず、ただただ甘いだけだった。




  第一章 了

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