解え≪コタエ≫
「パライソ・トニックでございます」
二杯目として注文したのは柑橘系のカクテル。悩んでいた僕に「おかわりはいかがでしょうか」とマスターは気を利かせてくれた。僕は「さっぱりした物を」と注文し、「かしこまりました」とマスターがすぐに作ってくれたカクテルだ。
先ほどのテキーラ・サンライズよりも少し細いグラスに氷を敷き詰め、ライチの風味が強い〝PARAISO〟と果実系の〝リキュール〟に氷を追加した〝シェイカー〟と呼ばれる調理器具でシェイク。僕がバーテンダーと聞いて真っ先に想像するあのシャカシャカ振るあれだ。シェイクした物をグラスに注ぎ、さらにソーダにレモン・ライム・オレンジなどの柑橘系フルーツの果皮のエキスや糖分などを配合して作られる〝トニックウオーター〟をグラスに注いだ。〝バー・スプーン〟で一回転くるっと混ぜ、レモンを装飾。完成だ。
「いただきます」
おお、ライムが効く! なんとエキゾチックな刺激だろう。ソーダが若干苦めなのだが、ライムとの相性が抜群で気にならない。度数も低めで、このお酒も比較的甘めの部類に入るだろう。
「お、おいしい。さっぱりとライムが染み渡ります」
「恐縮です」
ライムのカクテルでさっぱりと頭を切り替え、僕は本題へと話題を戻す。
「えっと、その暗号ですけど……アルファベットが二十六文字だということはわかりました。でも、それでどうやって解けばいいのか、どこから解き始めていいのかさえ分からなくて」
「なるほど。それではもう少し考えを私が進めましょう。この暗号は非常に規則的で最もシンプルなパターンだと、先ほどお伝えしました。初めの英文、『Will you change the fate and M.S.?』というのは暗号文のことです。その下に記された数字は鍵。暗号文を解く時に使用する鍵です。暗号文の意味はこの際無視して構いません。鍵を使って暗号文を解き明かすことが今すべきことです」
「数字を使えば、この英文が解け、答えが出てくる。そういうことですか?」
「その通りでございます」
「アルファベットの文字数……数字の文字数……えっと、数字が四十二文字、暗号文のアルファベットの文字数は二十五文字」
「暗号文と鍵は連動しております。対応する数字が必ず存在します。しかし、それにしては鍵の文字数が平文の文字数を大幅に超えている。つまり、二桁の数字と一桁の数字が存在することが推測できるわけです」
「え、えっと、数字を分ける? 二十五文字になるようにこの長い数字を分ければいいのでしょうか」
マスターは頷く。どうやら間違っていないようだ。少し高揚し始めた僕はさらに考える。
「全部が二桁だとすると、数字は二十一文字になる。英文二十五文字だから四文字足りない。一桁の数字は全部で四文字ということに——」
「いえ、その推測は誤りですね。二桁の文字を一つ解体する毎に二つの一桁の数字が生まれます。四つ二桁の数字を解体すると、八つの一桁の数字と一七個の二桁の数字が生まれるのです。これが使用するべき鍵です」
でも、でも。僕は思いついた素直な疑問を口にした。
「でも、どこで区切ればいいのか。無限にありそうじゃないですか」
マスターは子供に算数を教えるように僕の質問に答えた。
「一番端から考えるからいけないのです。数字の列をよく見てください。おかしな数字が一つだけ紛れています」
おかしな数字? 変な数字? 数字じゃない? 数字であって数字でない数字? 数字って言ったら1、2、3、4……9まであるから……。
「あっ、もしかして」
1の前の数字が一つだけあるではないか。明らかに一つだけど真ん中で孤独を気取っている数字が。
「素晴らしい、ご名答でございます」
12231332212232262624/20/3115212252111326256
ゼロが一つだけ紛れている。もし、一桁の数字にゼロが使われているのであれば、あと七つゼロが存在するはずだ。だが見たところゼロは真ん中の一つだけ。よってこのゼロは隣の数字と合わせて二桁の数字となるゼロだ。
「もう一つだけヒントを差し上げます。この暗号は数字の分だけアルファベットを進めることによって新たなアルファベットを得られる、名を〝シーザー暗号〟と言います。〝カエサル暗号〟とも呼ばれますが、〝シフト暗号〟と呼んだほうが想像しやすいでしょう。この暗号が単純だというのは数字が二六文字——つまりアルファベットの最大個数と同値だということです。私の見立てでは、〝26〟以上の数字はこの鍵の中にはございません。ここまで来れば、後はご自身の力で解読できるはずです」
マスターのアドバイスを頼りに得られた鍵。それは次のような物になった。
key:12/23/13/3/22/12/23/2/26/26/24//20//3/1/15/2/12/25/2/11/13/26/25/6
この鍵は基本的に二桁の数字を作っていけばいいはずだ。26を超えないように作り続けてどうしても合わないとき。その数字が一桁の数字となる。さらに、この鍵は区切る方向が右から始めるのか左から始めるのかで、数字が異なってしまう。つまり二パターン検証する必要があった。検証の結果、右側から順番に区切って行った鍵がkeyであることが分かった。左から区切っていった鍵では意味が通らないのだ。鍵を得た後はただ単純作業を行うだけだ。『Will you change the fate and M.S.?』のアルファベットにkeyをそれぞれ当てはめてシフトして行く。具体的に例を挙げる。頭文字の〝W〟の場合なら、鍵の先頭の数字〝12〟を使用する。12個シフトして〝I〟というアルファベットが得られるわけだ。これを順に当てはめて新たな文字を得て並べていく。
このようにして暗号は解読された。
平文:Will you change the fate and M.S.?
key:12/23/13/3/22/12/23/2/26/26/24//20//3/1/15/2/12/25/2/11/13/26/25/6
答え:If you are happy with me, gladly.
「意訳いたしますと、『私で良ければ、喜んで』といったところでしょうか」
甘いカクテルのアルコールさえ染められなかった僕の頬は、もう真っ赤だった。
***
三日後。
【Bar・Omikuron】のカウンター席に突っ伏していた僕は気づいた。
僕はどうやら死んだようだと。
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