いつでも優しいキミに

 僕は彼女のためならば何でもしてあげられると思っていたのだが、それは思い上がりに過ぎなかった。結局のところ僕ができることなんてのは限られているのは、僕が一番知っていたことではなかったのだろうか。僕が彼女に殻をこじ開けられる前に、籠り続けることを決意したのは、自らの間違って背負い込んだものの正体を理解していたからではなかっただろうか。人間というのは非常に愚かなもので、僕がこれから卒業して、全てをようやく手放そうって時になって理解することができるのだから。言葉にできない、できなかった何かを理解してしまうのだから、本当に愚かだ。



 思い上がるのもいい加減にしとくべきだったのだ。



 過度な期待は想像を絶する裏切りを芽吹かせる。例えそれが乾燥で割れ切った赤土だとしても、それは根深く根を張り、悍ましい花を爛々と咲かせる。人間が恋をするために生まれてきたのだとしても、誰かを思う心が力になったとしても、己の限界が無限になるわけではない。恋をしたから自分は無敵だなんてのは、盲目もいいところだ。



 朽ち果てろ、この恋愛脳。



 約束通りに僕らが会うためには、星降る夜の下でまた僕らが出会うためには、ただ生き残るだけでよかったのだ。勝つ必要なんてない。相手を否定し、主張を正当化する必要はなかったのだ。ただただ、悪に屈服することも必要だったのだ。それでも僕がその悪に立ち向かってしまったのは、まだ青春を信じていたからに過ぎないのは、言うまでもない。


 

 ***



「葵、三浦君とはどうなの? キスとかした?」


「葵、葵。三浦のどこがいいの? やっぱ、あれか、やさしいところとかか?」


「そんなんじゃないよ。…………ホント、そんなんじゃない」


 僕は葵と交際している。これは、中学の時からなので、知っている人は多く、そのうちの一人が高校になって同じkクラスになったので、僕と葵の関係はすぐに発覚し、白日の下に晒されることになった。

 中学の時に僕がひっそりと、それでもしっかりと思いを伝えていたのは僕と葵との秘密である。同じ高校に通いたいがために僕が一日十一時間勉強をして、むりやり成績を上げたのは僕だけの秘密である。

 高校生になってから僕も男子に揶揄されることは幾度もあったが、女子の女子に対する粘着性に比べれば、大したこともなかったので僕は適当に風に流していた。僕はそんな笑い飛ばしあう友人たちが好きだったし、それが楽しかったのを僕は体全体で表現していた。青春とは何かと聞かれれば、外側から見た僕だと答えただろう。


 それでも、それを良しとしない人物はどこにでもいる。かつての僕がそうであったように、今日の僕もそうなのだ。



「おい、三浦。てめえ、今俺のこと笑っただろう? ああ゛? そうだろ、どうなんだ?」


「止めろよ、村田。どうした、お前急に。三浦はそんな奴じゃないだろ」


「はっ、どうだかな。俺には一体何考えてんだか分からないやつに見えるぜ」


「秋、もういいよ。ありがとう。きっと、なにか誤解させた僕が悪いのだから。村田くん、ごめんよ。悪気はなかったんだ。許してくれ」


「ふんっ」


「おい、三浦。……・でもよお、お前が良くてもさ、んだろうな。なんであいつよく突っかかってくるんだろうな」



 僕がこのように悪目立ちするのは、僕が僕であるからである、と考えている。いや、アイデンテティのような話ではなく、一見すれば冴えないばかりか、情けない部類に入るような僕がクラス一可愛い、学年でも指折りだと噂される女の子と付き合い、さらには校内での成績を欲しいままにしているように見えるのは、きっと村田君でなくても疎むやつは出てくるのだろう。それがいったいどれだけの努力の上に乗っけられたものかなんてのはどうでもいいのだ。それでも、秋のようにぼくを心から笑ってくれる人間ばかりならば、僕が苦労することはないんだけどな。どうして理解してくれないんだろうか、とか僕が思うのは贅沢なのだろうか。



「村田のいうことなんか気にしなくていいぜ。あいつ、自己中だからさ」


「そうだね、あまり気にしすぎないようにするよ。あと、僕も気を付けるようにするよ」


 秋は関心を少しだけオーバーラーんして諦めを含みながら言った。


「ホント、お前って人がいいよな」


「臆病なだけだよ」



 臆病なだけ。これはどうやら僕の口癖らしい。他人に指摘されて初めて僕はこれが癖なのだと実感したのだが、どうにも言い訳がましく聞こえてしまって自分では恥ずかしく思い始めていた。意識してからは、できたら言いたくないと自分に苦言を呈していたにもかかわらず、この悪い癖はなかなか改善しなかった。僕はこの言葉を言った後に、いつも強い罪悪感に駆られるのだ。


 そんなことを言っておきながら、僕はできる限り、他人のことを理解しているつもりではあった。なぜならば、それは自分が以前もっとも階級において最底辺の部類で虐げられていたから弱者の気持ちは分かるのだと思い込んでいたことにある。気遣いはできる方であり、時折そのせいで親しくなりつつあるクラスのメンバーにさえ驚かれることすららあった。僕は当然だと思ってやっていることが、意外と好印象を与えていたことで僕は逆に驚いた。そのせいだろう。僕はきっと、いつの間にか調子に乗っていたのだ。昔ならば考えられないようなアクセサリーをいつの間にかたくさんつけだし、それを見せびらかすようになったのだ。

 それに加えて「臆病なだけ」だ、というこの自分を卑下し続ける口癖。

 口は災禍わざわいの元とはよく言ったもので、自らの身を破滅させたのは僕のこの悪い口癖のせいであると、卒業を間近に控えた僕ならわかる。今更わかってもしようがないのに、僕は本当に愚かだ。



 事件はとある暑い夏の日に起きた。花火大会の後だった気がする。



 それはとあるプールの授業の日だった。その日は蒸し暑さが本領を破棄している日だったので、すぐにでもプールに入りたいと思った日だった。秋ともそんな話をしていた気がした。

 着替えも早々に、シャワーを浴びてからタオルをかけてプールサイドにそそくさと僕は座った。どうにか涼しさを感じられないものかと、僕はもどかしくプールを見つめていた。秋もいつものことだ、とメガホン片手に叫びだす勢いで僕の隣に座った。それから、僕と秋は昨晩放送されたミステリードラマについて語り合った。タネがどうであったとか、展開が意外すぎて戦慄したとか、やっぱ面白いとか、終いにはカメラワークの良さについてかじったばかりの果物を吐き出しながら追及したりもした。


 先生が来るとすぐにストレッチをし、水泳熟練度に応じてグループ分けとなった。僕は一番下から二番目である。正直、泳ぎは苦手である。二十五メートル泳ぐので精いっぱいであった。 なんとか、泳ぎ切った僕は照れくさいほどに疲れて息を上げていた。すると、村田君が僕に手を差し出した。彼は勘違いするな、次に泳ぐのが遅くなったら困るとだけだと言っていた。彼も、泳ぎはあまり得意ではないのにな、と思ったので僕は心だけだが、温まった気がした。泳ぎ終えた後に彼は隣のレーンから上がってきた葵と少し話していた。何か恥ずかしそうに見えたが、口元を緩めたのを見て面白い冗談でも言ったのかと思った。あとで聞いてみるか。

 僕は、彼は時々自己中心的になることはあっても、根は良いやつなのだと感じ始めていた。


 事件が起きたのはその授業の後であった。僕は秋の言葉でふとタオルを袋に入れ忘れていたことに教室で気づいた。まだ時間があったので僕はプールの更衣室へ戻ったのだ。するとそこにはまだ、誰かいたようで、僕は声を掛けた。声を掛けながら中に無警戒で、誰がいるのかとむしろ軽快に入っていった。



「おーい、君も忘れ物かい? もう、急がないと授業がはじま――」


 始まるよ、と言おうとしたのだが、それは目の前の光景に吸い込まれていた。僕がずかずかと入っていった更衣室には二人いた。一人は村田君が全裸で一人。もう一人はその村田君が、またがるようにして仰向けにされていた人が一人。その仰向けの人はその豊かな乳房から女性であることが分かり、普通なら全身を覆っているはずのスクール水着が、上半身だけはだけた状態になっていたことも瞬時に頭に叩き込まれた。下半身の方は、水着はそのままだったが、明らかにずらして村田君がその上半身で見えないように隠していた。




 強姦されていたのは葵だった。




「おい、村田……なに、やって……るんだ……」


「いや、違うんだ。違うんだ、これはな、違うんだ。これはこいつから俺の方に――いってえ!?」


「恥を知れ! てめえ、何をやってるんだかわかってんのか。葵に何をしてるのかわかってんのか? そこまで最低な人間だとは思わなかったぞ! 同じ男として恥だ! 死んで詫びろ! このくそ――」


 僕は誰かに手を掴まれた。そして僕は振り向いた。いつか見るまでは死ねないなと思った葵のヌードを目にしながら、僕は振り向いた。


「ごめん。私から誘ったの。彼は悪くないよ」



 もしも、なんてのは考えたくもないが、きっと教室で授業開始までの時間がなくて、また後でってことにすれば僕はこのような真実を知ることはなかったのだろう。何も知らずにのうのうと僕は幸せなふりをさせられて、それが幸せだと思い込みながら生きていったのだろう。だが、僕は知ってしまった。見てしまった。村田がどうこうというよりも、葵のココロを僕はまざまざと見せつけられてしまったのだ。


 僕は結局村田と葵のことを先生に告げ口した。見たこと全てを言った。聞いたことは言わなかった。すぐに大半の授業が自習になり、それから二人はこっそりと呼び出された。ざわめいた教室の中で悟りの境地を開いた気分で居た僕は、結構壊れていた。秋があれほど僕を見て慄いたことは一度もなかったので、よっぽどだったのだろう。たぶんその時の僕はこの世に存在しない表情を張り付けていたのだと思う。


 葵はそれからしばらく学校には来なくなった。村田も然りである。当然、二人とも停学処分を受け、その全容はややオブラートに包まれての公表だったが、誰の目にも何が起きたのかは明らかだった。しばらくはこの騒動で全てが持ちきりだった。僕はこの学校の生徒というだけであれこれ言われてしまったすべての人々に謝って回った。僕が頭を下げる理由が他人には思い浮かばなかったらしく、僕に対して皆は良くしてくれた。それが僕には怖くて、臆病な僕はひたすらに謝り続けた。


 

 僕は多くの人から正義にされた。



 悪いのは、村田だ。お前は悪くない。どんなことがあろうと、行為に及んだ村田が悪いのだ、君は正しいことをしたのだ。悪くない。報道機関が性の乱れた実態とか、教育がどうとか、責任がどうだとか騒いではいたのだが、僕はその言葉の数々さえも僕を叱責しているように聞こえた。きっと、これは僕もこうなれるとだろうと、見聞きした憧れに近づきすぎた結果なのだ。



 これが、真実だ。思い上がりもいい加減にしろ、臆病だっただけの貴様は何も知らずに逃げていただけなのだ。



 僕が先生に事件のことを言わなければ、きっと何も問題にはならなかっただろう。村田君も、葵も僕に口止めするようなことはしてこなかったので、やはり根は良い人物なのだ。僕の見立てに狂いはなかった。僕が口にしなければ、彼らはそのうちその真相を明かしてくれるだろうし、きちんと謝ってもくれたはずなのだ。それでも口にしたのは、それこそ自棄になってしまったのでも、僕が葵のことを愛していたが故でもない。きっと、正義のような何かを下したくて、振り回したくて僕は告げ口をした。きっと、その通りだと、今までおもっていたが、よく考えればそれは言い訳であって、理由づけに過ぎないわけで、本当は自分のためにしたことなのだ。区切りをつけることでしか先に進めない臆病な僕のためにしたこと。自分自身でつけたこの区切りをもって、また僕は前に進みだすことを決めたのだから、この事件のことが僕が卒業する時まで離れたことは一時たりともない。目標を定めるときはいつでも、その時の決意を思い出すのが儀式であろう。初心忘れるべからずってな。



 ***



 卒業式の日は珍しく桜が咲いていた。咲いていたどころか、散ってさえいたので、今年はとんでもなく早いことが誰の目にも明らかであった。きっと、今、この時目にしている光景は数十年にわたって語り継がれるのであろう。そして、全身でその散り逝く桜を受け止めている彼女が僕の目の前にいたということもまた、僕の中ではきっと受け継がれていくのだろう。


「久しぶりだね。元気にしてた?」


「うん。僕は元気にやっていたよ。君は元気だったかい」


「ええ。自分としっかり向き合えたもの。気分よくやってきたわ」


「そうか。それはよかった」


 僕はそれ以上何も言わず、彼女はそれ以上の何かを求めてきた。


「あんまり、聞かないんだね。あの時の事。詳しく知りたくはないの?」


 僕は自分の意思で唇を歪めながらその質問に答える。とても誠実に答える。


「えっと、そうだな。確かに君の口から聞くのもまた一つの道だったとは思う。だけど、僕は違う方法でけじめをつけたんだ。僕が想像したことと、君に聞いたときに君の口から出る言葉は多少ニュアンスが違えど、大方の枠は外していないと思うよ。だから、僕はこれ以上聞かないし、聞かれても言わない」


「それは忘れるってこと? 私のこと忘れちゃうの?」


「違うよ。もちろん、それは違う。僕は君が好きだ。葵のことが好きだ。でもそれは、僕が君に対する一方的な想いでしかない。僕は君が僕のことを好きだと言ったとき、どれほど僕のことが好きなのか知らないんだ。好きだってことは知っていても、その程度を僕は知らない。事件の時、君は一体どんな感情を持っていて、それは理論的な行動だったのか。それともそれに反した心の行動だったのか。僕には今になってもわからない。きっと。それは一言『こうです』って説明されたんじゃ理解できるものではないんだと思う。僕が葵と長くいた日にちを持ってしても、それでも分からない。でも、やっぱりわかってあげたいし、知りたいんだ。だから、だからさ、」


 僕と葵の周囲には少しの人だかりができていた。そりゃあ、学校全体を世間の興味に満ちた視線の中へ放り投げた張本人なのだから、その行く末を知りたいと思った世間一般人がいてもおかしくはない。だったら、僕は僕の意志とこれからの生き様を見せつけてやろうと逆上しそうなほど、感情的だった。



「だから、できることならやり直したい。もう一度僕が生きる人生と付き合って欲しい」


 葵は少し時間を掛けた。僕らの間で流れてきた時間を、これから流れるであろう時間を葵はじっくりと舌鼓を打った。そして、その感想をこう述べた。


「そっか、そうなんだね、三浦くん。いや、純。それは、とっても純らしいね。でもね――」



「そっか、分かった。その言葉の意味は、僕でもしっかりと分かった」 


 ああ、君はいつだって優しい。その優しさは周囲に撒いていた優しさとは性質の異なるものだ。僕だけに向けられた、古今東西、未来永劫存在しないものだ。僕が君に対していつも優しいのに対して、葵も僕に対してはいつも優しい。あくまでも、いつまでも優しいキミに僕は感謝を述べるしかなかった。他に言葉など、小説家でもない限り浮かんできそうもなかった。





「 ありがとう 」




 ただそれだけである。




 ***



 僕が学んだこと。そして、今現在生きている自分の一つの指針になっていることがる。学んだこととして、人と付き合うって言うのはそんなにも単純じゃないってこと。それは理屈っぽさを含んだ不幸の薬なのだ。お互いの事をできるだけ知ることができるよう晒けだす勇気と、相手を受け止め理解する勇気が必要だから不幸なのだ。徹底的にとことん付き合って知り合って、その果てに付き合いきれるかどうかってのが大事なわけで、ずっとそばにいてだの君のすべてが好きだのデートが楽しいだの今が一番幸せだとかはただただ溺れているだけにすぎないのだ。あれがほしいから買って、私だけを愛してと一方的に自分の感情を押し付けるのはわがままであって相互理解には到底至らず、自分が受け入れられたいだけの愚者でしかない。相手に求めつつも自ら相手を受け止め、阿吽の呼吸を取得できそうならば、その恋愛はきっと成功だろう。

 もう一つ。それは言葉を絶対視してはいけない。その言葉がすべてでそれだけが正しいわけではない。でも間違っているわけでもない。重要なのはその言葉が何を示しているか、何を意味しているのかである。言葉なんてものはすぐに嘘をつく。本質を見極めることこそが大事なのである。ついつい素直に受け止めたくなってしまうが、それはそれとして、真意を見極めることもまた、必要なのである。



 これらを踏まえての僕の指針というか、ポリシーとしては、もうあんな恋はできないだろうってこと。あれ以来僕はまた感情を出さないようになってしまったから、また機会が来ても、蝶が突然僕の周りを飛び回っても。もう、たぶん無理だ。




 もう大学生になった。あの時の日々も、今となってはテレビ映してゲラゲラと笑えそうな笑い話である。きっとその時には同時に涙も出るだろうが、それは笑いすぎているだけのこと。僕が、終わることなどないのだと強く思い込んでいれば誰かにせいにしなくてもどうにかやっていけるのだと気づいたのは大学生になって二年も経ったごく最近のことである。やり直してもいいのだ。今度は一人ぼっちでも、僕が大人だろうが、子供だろうが関係ない。見た目がどうなっても、中身が変わっても変わらなくても関係ない。

 

 あれ以来僕は異性に交際を申し込んだことはない。もちろん、今日まで地下鉄や街を歩く時はイヤホンをフル装備な僕の人望では当然なかった。秋になればコートの襟を立ててみたり、冬にはマフラーを口元にやって、少し前までは見せていた自分を隠すようになった。春や夏になって、素肌を晒さねばならない時期には僕はより一層、何か後ろめたいオーラで覆い隠すことで補っていた。

 

 このような、あこがれた混沌の世界にいてもなお、僕は涙で何かをごまかしたり、意味もなく抱き合ったりしている。これらの行為は生まれるためにあるだけである。僕が過去に犯した過ちを、若さゆえに配慮が足りていなかったにもかかわらず、それが最善で全てだと思っていた自分を戒めて、苦しめるため。ただそれだけの行為である。これから先、僕のような人間が社会での存在を許されるためには、あと二年ほどの熟成が必要だ。学べることを学びつくしたとき、漸く僕はそれ以外のことを学べる立場に立てるのだと、自分勝手に思い上がって、臆病に生きていくのである。



 ▽***▽***▽***▽



「これで、おしまい?」


「ああ、うん。三部作で完結。世の中都合よく羽ばたけないから、こじつけて生きていこうってこと……です……。えっと、それも誰かのせいにしない方法で、ってことだけど……やっぱ分かりづらかった?」


「いや、寧ろ分かりやすかった。〝葵〟ってのは私の名前の〝蒼〟の漢字違いだし、純ってのは純一の略称だろうから、想像しやすくて分かりやすかった。普段何を考えているのかも、結構分かったし」


 僕は慌てて修正する。


「ああ、この思いの全てが僕の考えって訳ではないっていうか――」


「でも、まったくないわけじゃないでしょ?」


「……はい。そうです」


「じゃあ、新作楽しみにしてるね」


「え? まだ書くの?」


「しょうがないじゃない。寝る前の話が尽きたら困るでしょ?」


 それ、僕は困らないんだけどな。むしろ、これ以上何か新しいの書けっていう方が僕は困る。たった一人の読者のために書くのは非常につらい。さらに、彼女が気まぐれでも起こせば、僕の書いたものはれ誰にも読まれず、ただダークマターの一部になり果てるだけである。それでは、あまりにも僕の苦労が報われず、徒労となりすぎる。


「安心しなさい。私が、必ず読んであげるから。それに、この葵とは違って、私は純一とエッチもするわ。その辺は杞憂で済むから大丈夫!」


 え? あっ、そうですか。



 ……じゃあ、少し頑張りますかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神と二十八が輪廻る元探偵のバーテンダー 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ