三月十一日 十一時零九分 ハジメ

「あんたがリュウさんだな」


 俺は紺色のジャケットにベージュのパンツをはいた人物を見つけると、隣に座り顔も見ずに話しかけた。新聞記事と共にメールを送ってきたリュウという男に俺は会えないかという返信をダメもとで送った。するとすぐに返信が来て、待ち合わせ場所や都合のよい時間帯を聞いてきたのだ。俺が呼び出し、待ち合わせに指定したのは大通り公園一丁目のベンチ。相手はここら辺の土地勘はあるだろうけれども、それでも少し配慮して分かりやすさだけでこの場所を選んだ。屋内にしなかったのは、相手に環境を作らせないため。屋外の方が、不特定多数の目に触れて、少しはフェアに話ができると踏んでのことだった。



 大呂織公園の一丁目というのはテレビ塔の真下にある場所で、観光客が見上げながら写真を撮ったり、仲間内でカメラをとっかえひっかえして写真を撮ったりしている。そのほとんどが、増えすぎた外国人観光客だ。


「はい、ハジメさん。初めまして。私は探偵のリュウと申します。漢字で書くと〝柳〟と書きます」


 俺がリュウと名乗る人物に初めて持った印象は新卒の学生。彼は学生にしては大人びているが、大人としては少し幼い顔立ちをしていた。探偵と名乗っていても、新人若しくは探偵と名乗っているだけの何者かである、と考えていた。


「あのメールは俺以外には誰に送ったんだ」

「隼人さんと夕暮れさんです」

「なんでそんなことをした。エレクトラやバーのマスターとかとは知り合いじゃないのか。どうして俺ら三人なんだ」


「それは――」



 リュウは一度口元を緩めてから続けた。



「――大事な依頼人だからですよ。情報共有は新たな情報になるかもしれません。第三者に公開することはございませんが、当事者にお伝えするのは当然かと。いや、こうして直接お会いしてお伝えできればよかったんですが、何分私も多忙な身でして。突然のメールで失礼しました」



 リュウはそう言うと軽く、だけれどもそれは深く頭を下げた。


「それで、何用でしょうか」



「ああ……」



 俺は少し考える。聞きたいことの半分ぐらいはもう聞いてしまったので、言葉をまとめてから口を開いた。



「……俺はエレクトラ――エレクトラさんやバーのマスターには相談したんだが、あんたには相談していない。エレクトラさんではなく、なんでリュウさんからメールが来たのか。それと、事件との関連っていったい何なんだ? あれは先輩から送られてきた暗号だろ。何にも関係ないじゃないか」


 これに対してリュウはまた、半分だけ答えた。


「メールの本文で申し上げた通り、エレクトラさんとは事務所が同じなので私も協力させていただく運びとなりました。これからよろしくお願いします。二つ目についてですが、こちらは現在調査中です」


 リュウは腕時計を見て立ちあがった。俺は不完全燃焼だった。



「私は仕事がありますので、これで失礼します。マスターによろしくお伝えください」





 ***





 午後の講義はまったく集中できなかった。先生がパワーポイントを切り変えたときに少し板書を取るのがやっとで、燻った感情が濁ったままだった。机の上にはレジュメと共に過去に起こった事件のプリントアウトした新聞記事のスクラップが混ざっていた。各紙で一応報じられてはいたものの、なぜかあまり大きくは報道されていなかった。すすきのの殺人事件であれば、関心は道民ならずとも全国ニュースにもなりそうなものだが、さっぱり報道されていなかった。



 十四時前に講義が終わってから俺は外に出た。雪は未だ粘り強く残っているし、今年は三月の半ばでもまだ寒さは厳しい。俺は肩を竦ませながら市電通りへと飛び出し、市電に乗車。中央図書館前で降車して中に入った。すぐに一年前の事件が書かれた新聞や雑誌を検索。蔵書のある書架から手当たり次第に参考になりそうな資料をコピーして集めた。しかし、どの記事にも同じことしか書いておらず、新しい情報と言えば死因が鋭利な刃物で頸動脈を切られたことによるショック死であることぐらい。俺は図書館の白い天井を見上げたが、なにもわからなかった。あの暗号の答えも、この事件との関連性も何一つ。リュウという男は何を知っているんだ。先輩はどうしてこんな妙な真似をしたんだ。



 俺は紙類をまとめて持参した透明なファイルに入れ、図書館を出た。俺一人の力では限界があると感じ、今日〝オミクロン〟に集まる前に一度部室に集まりたいと思った。あの二人のことだろうからあまり深くは考えてはいないだろうが、このあまりにも不自然で不可思議な状況をどう思っているのか三人だけで話したかった。学校に戻るために市電乗り場へと戻る最中、隼人から電話が掛かってきた。何か分かったのだろうか。


「もしもし? ああ、俺だよ。うん、大丈夫。どうした? 何か分かった? ……ああ、それなら俺のところにも来た……まあ、俺ら全員が依頼者みたいなものだから夕暮れのところにもきっと届いてる。それより、暗号については何か分かったかい? ……そうか、分かった。今から部室来れる? バーに行く前に、少し話しときたくてさ。……うん、じゃあ後で」



 隼人から電話が掛かってくるとは思ってはいなかったが、少なくとも似たような疑問を抱いていることは分かった。夕暮にも電話しなくちゃな。


「……あ、もしもし夕暮? あのさ――」


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