第三話 「平行する終わらない物語≪アナザー・エンドレス・ストーリー≫」
白道は二十八に割れ 予定調和は ディストピアか ユートピアか 壱
六月。紫陽花よりもライラックを愛でたくなるこの季節になった久朗津は公園のベンチでそわそわしていた。目の前の噴水がしゃがんだり、背伸びしたりを繰り返していたのを時々視界に入れながらも、ほとんどはスマートフォンの画面が点いたり消えたりするのを見ていた。現時刻は十時三十分。芽虹との待ち合わせ時間の三十分前で一人そわそわしていた。ややすると少し隣におばあさんが座った。別に何をするでもなくただどこかを見ていたので、久朗津とやっていることは大して変わらないな、とか思っていた。
車の走行音がした。
バイクのエンジン音がした。
風の音はしないが、それに吹かれた葉がささやく音は聞こえた。
クルック―、と鳴く足元のハトが気にならなくなった頃、芽虹の姿が見えた。てけてけ、という効果音を付ければ適切に思えたその歩き方に久朗津はベンチから腰をようやく上げた。今日の服装を見て久朗津は思わず微笑んだ。まさに雑誌のジェイツーの表紙を飾ってそうな鮮やかなピンクの少し捲った長袖と淡いピンクのロングスカートを今日のコーディネートとして選択したようだった。久朗津からしてみればそれはどうしても少し大人の女性を気にし始め、ファッション雑誌を複数見比べること且つ、自分らしさとの相性について吟味を繰り返した結果出来上がったように思えた。
「今日はロングスカートなんだね」
「うん。どうかな、似合ってる?」
「うん、よく似合っているよ」
久朗津は後ろでおばあさんがニコニコと久朗津と芽虹を見ていたことには気が付かず、そのまま自然と手を握り合って歩き出した。久朗津と芽虹は少し早いけれども昼食にすることにした。まあ、久朗津にしてみれば朝食を抜いてきたのでブランチの方が適切かもしれない。ブレックファスト・ランチ。どうでもいいけど、造語ってみょうに的確に感じるから久朗津は好きだな、と思った。
ブランチはすすきのまで歩いて、いつものイタリアンファミレスにした。安さに惹かれて普段から利用しているのだが、芽虹は初めて来たらしくメニュー表を広げて足をぶらぶらさせていた。久朗津は値段ではなく、人伝に聞いたこの店のこだわりをそれとなく並べた。学生は常に自分の財布事情が稀薄であることにため息を漏らしつつも、表向きでは何とか困っていないように装いたくなるのだ。今回の場合は、ただ注意を逸らしただけになるのだが。
久朗津はタラコのパスタを注文し、芽虹はグラタンを注文した。きっとすぐにどこかへこれから遊びに行くのだから、と思いドリンクバーは付けないつもりだったが芽虹が普通に注文していたので久朗津も注文した。水だけで済ませようなどという一毛不抜なことはさせてもらえなかった。芽虹がオレンジを取ってきてから久朗津はコーヒーを取ってきた。無論、ミルクなしの砂糖二つである。
「きょうは、どうしようか」
「あのねクロ、きょうはここに行きたい」
芽虹が見せてくれたスマホの画面にはとある科学館で行われるプラネタリウムが書かれていた。なんでも今日はカップルで行くと無料で観覧できるのだそう。なるほど、無料ならいいかもしれない。それに、久朗津は星が嫌いではなかった。自分は五月生まれなので誕生星座はおうし座である。おうし座は一等星のアルデバランを始め、プレアデス星団、ヒアデス星団、かに星雲などの有名な天体を抱えている。おうし座って何? って言う人にも最低限プレアデス星団である昴の名をあげれば大抵の人は「ああ」と感嘆するものである。某車会社のおかげかもしれないし、漫画やアニメや小説などにも登場することも多々あるからその知名度によるものかもしれない。いずれにしても、そのちょっとした知名度のおかげで、久朗津はちょっとした時に空いてしまうような話の途切れた沈黙、というのを幾ばくか回避できたことがある。無論、いつも、いつでも、いつまでも会話のネタが存在し、常にきゃっきゃわいわいと賑わすことができるわけでもない。それが身近であればあるほど会話は弾まなくなる傾向が久朗津にはある。それはネタが尽きるから他ないのだが、どうしたものかと思い続けていたのだが、つい先日芽虹にそれを看破されてしまったことを久朗津はふと思い出した。
「どうしたの、なんか浮かない顔だね」
「ああ、いや。芽虹は楽しいのかなって思ってさ。僕って、その、口下手だからさ」
「なに? どうしたの?」
「ああ、えっと、その、あのな」
どうしても考えてしまうんだよ。考えるだけ無駄で、そんなことはきっと芽虹だって望んでさえいないのだろうけど、久朗津は考えてしまう。自分なんかで良いのだろうかと、芽虹はそれで幸せなのだろうかとさえ考えてしまうのだ。久朗津には芽虹のために今以上に何かしてあげられないのだろうか、望むのはなんだろうか自分が変わるべき場所があるのではないのだろうかと自責してしまうのだ。たとえそれが蒟蒻問答であると自覚していてもだ。すると芽虹は久朗津が待っていた言葉を掛けてくれるのだ。
「今度は何バカなことを考えているの」
久朗津は以前と同じ言葉に、思わずどきりとしてしまった。
「あ、いやなんでもない。そろそろ行こうか」
「うんっ」
久朗津たちは店を後にした。もちろん支払いは全て僕持ちである。格好をつけられるのはこの程度のことでしかできないからな。どれだけ芽虹が支払うと言っても、久朗津は一円も受け取らなかった。男女の付き合いにおいて経済的負担に関する問題は常に付き纏い、また男が自動貨幣取り出し機だと揶揄されることも時にはあるということは分かっているのだが、恋愛感情と自己誇大欲求と、経済的観点を一緒くたにして話すのは無理がある。なんでも損得だけで考えるのは良くないのだと、このごろ考えるようになったのだ。
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