白道は二十八に割れ 予定調和は ディストピアか ユートピアか 弐

 久朗津と芽虹がデートに選んだのは小学生の頃久朗津が通い詰めていた科学館だった。地元の小学生ならば入場料無料だったのでついつい入り浸ってしまっていた。科学ってとてもワクワクして、飽きるということもなかったので、夢中になってしまった。プラネタリウムも一度だけだが、父に連れられて見たことがある。ものすごい感動があったわけではないが、記憶にはとても残っているからきっとそれなりに衝撃的だったのだと思っている。映写機のすぐ隣の席に座ったのでマシンの唸る稼動音が良く聞こえたのだ。それはどこかエスエフ的な要素を感じられ、子供でありながら童心をくすぐられていた。宇宙って、どこまでも行けそうで興奮するが、どこまでも行きそうで不安にもなる。あげくにはそのすべてを知り尽くしてみたいなんて思っていたが、それも幼き頃の話である。



 芽虹と道中、このような幼いころの話をしていたら久朗津は芽虹にクスクスと笑われていた。確かに今なら傲慢な考えだとは思うが、笑い話にできるとても大事な記憶だった。



「あ、これだね。大人一人五百円だってさ」

「入館料か、いいよ、払うよ」

「これぐらいは、出します」

「うん、わかった。今からだと、十四時十分からのなら見れそうだね」


 どうやらプラネタリウムにはテーマがあるらしく、今回は春の星座についてだった。久朗津と芽虹はそれから少しベンチに座って、開場の時間を待っていた。プラネタリウム室の入口の前で時計をチェックしているのは学生のバイトスタッフかな。今日は平日だからだろうか、久朗津と芽虹の他には客がいないようだった。「私たちだけだね」と芽虹が言うので「そうみたいだね」と久朗津は言った。


 映画を見る前って、たとえそれが面白くなさそうな映画でも少しは期待してしまうもので、今はそれに似たような気持だった。


 プラネタリウムの内容はタイトル通りだった。春の星座や主な星を紹介しつつ、それらに纏わる神話などを紹介するものだった。春は南の空に春の代表的な星座があるそうだ。春は夜空をぐるっと見渡しても天の川はさっぱり見えず――正確には北の方向に少し見えるそうなのだが、街の明かりのせいで見えないそうだ――少し寂しい空にはなるのだが、その分明るい星だけでなく少し暗めの星も見えるのが魅力なのだそうだ。プラネタリウムでは街の明かりを消した本来の星空を見ていくようだった。


 春の夜空は最も見つけやすい北極星から始まる。一際輝いている北極星を有するおおぐま座から始まり、北斗七星の柄の部分に当たる三つの星からカーブを描くように伸ばしていくと赤色巨星の一等星である、うしかい座のアークトゥルスを見つけられ、さらに伸ばしていくとおとめ座の青白い一等星、スピカにぶつかる。この星は中国では伝説の四神獣青龍の「ツノ」と呼ばれており、漢字では角と書かれているそうだ。天文学における青龍というのはおとめ座のカッパ星、てんびん座のアルファ星、さそり座のパイ、シグマ、ミュー星、いて座のガンマ星の七つを龍の形になぞらえているという。日本では真珠星とも呼ばれているそうで、あだ名の多い愛されている星だと久朗津は思った。北斗七星、アルクトゥルス、スピカを結ぶ大きなカーブを春の大曲線と呼ぶのだと、案内の人は言い、春の星座を見つけるときの目安になり、基準とすると良いと、夜の星空を今夜にでも見てみようと言っていた。ところで六月ってもう夏の夜空になりつつあるのではないかな、と久朗津は思い、特に言及がなければ後で聞こうと思った。



 夏や冬同様に春の大三角形というのもあり、一件寂しそうに見える空だが実は個々が孤独に個性を放つ魅力的な空だということに久朗津は感心しっぱなしでドキドキだった。ふと隣を見ると天上に広がる小さな光に瞳を輝かせていた。それを見た久朗津は別の意味でドキドキしていた。


 上映後、久朗津と芽虹は館内を探索して遊んだ。プラネタリウムもある一階には熱気球が上がったり下がったりしており、二階に上がるとお馴染みの――俺にとってはお馴染みの――巨大な地球が見えた。宇宙について興味を持ったり、詳しくなった気になったりしたのはこの展示物の影響が大きい。説明文のちょっとした雑学はすでに話のネタにしていたことがあり、久朗津は芽虹に


「これ、クロが言ってたことと同じこと書いてあるー」


 と答えに詰まるようなことも言っていた。他には鏡を対にしただけなのに、そこに映る自分が無限にいるように見える反射を利用した鏡。ロボットの仕組みをロボットの視点から学べるなんてコーナーまである。久朗津はロボットのコーナーがあったことは知らなかったので、少し夢中になってしまった。芽虹はそれを子供みたいだと、笑った。



 無意識の中に、それは問いかけてきた。



 久朗津が求めていたのはこの笑顔なのだろう? 


 と神は言った。



 久朗津は否定した。



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